47:エリザベス女王杯 その後のあれこれ?
「べレディーの様子はどうだ?」
「そうですね、やはりレース後の疲労で食欲がまだ回復しませんから、今までの感じですと2ヶ月は間を空けたいですね」
馬見調教師は、調教助手の蠣崎に尋ねる。
「そうか、流石に大南辺さんも有馬記念に出走させたいと言い出さなかったからほっとしているよ。以前ほどコズミも酷くはないが、それでも秋華賞からのエリザベス女王杯で疲労は溜まっているからな。無理して故障でもしたら目も当てられん」
「世間が最強3歳牝馬決定戦をとか煽ってくれてますからね。まだ油断できませんよ」
「やたらに取材も来るからな。ベレディーの回復具合を見に来ているんだろうが、ここで無理をさせるメリットなど此方にはない」
タンポポチャとの仲が良い様子なども加え、ここ最近は競馬以外のテレビなどでもタンポポチャとミナミベレディーを中心とした番組が作られ放送された。競馬協会が許可というか競馬の発展の為にと馬主の大南辺に依頼し、大南辺は仕方なく、その妻は喜んで受諾した。もちろんタンポポチャサイドも同様だ。
近年の景気低迷に競馬業界も不景気の波に飲まれており、かつての競馬人気を取り戻すためにはスターとなる馬がぜひ欲しい所だったのだ。
「ベレディーとタンポポチャは偉い迷惑だろうがな」
「北川牧場も大変らしいですよ、なんかやたらと見学者が突然来るらしくて。あそこ人が少ないですからね。それに桜花ちゃんが受験前で気が立ってて、峰尾さんの胃に多大なダメージを与えているって奥さんが言ってました」
「ああ、北川さんか。まあ奥さんが何とかするだろう」
「言いながら思いっきり笑ってましたからねぇ」
「ベレディーせんべいとか売りに出しそうで怖いな」
「やり手そうですからねぇ、あそこの奥さん」
思わず二人で顔を見合わせて苦笑を浮かべる。もっとも、この美浦トレセンなどはしっかり警備がされている為に問題ないが、個人の零細牧場では笑い話ではない。馬は非常に繊細な生き物でありちょっとした事で驚き、怪我や故障をしかねないのだ。
「大南辺さんにも一応伝えておこうか。あそこの奥さんも税金対策だ何だとこないだ話していたからな。何かのヒントになるかもしれないからな」
こうやって馬見調教師が明るい表情で話せているのもエリザベス女王杯でまさかのGⅠ2勝目を収め、ミナミベレディーのみならず馬見厩舎としても先行きに明るい光が差し込んでいるからだった。
「それにしても預託馬も増えましたし、これで馬房数も増えますよね?」
昨年の馬見の美浦での馬房数は15、ある意味最少と言ってよい。通常は20を基準として上下するが、近年は成績が振るわず預けられる馬の頭数も減っているために15まで馬房数が減っていた。ちなみに、規定では馬房数の2.4倍までの馬を預かることができるが、近年は26頭と数を減らしていたところべレディーの活躍ですでに32頭と6頭も預託依頼が増えていた。
「馬房数もだが、厩務員の数も増やさないとだな。一応だが今年で清水騎手が引退するそうでな、来年からはうちで働いてもらえる事になった」
清水騎手は馬見厩舎で比較的多く騎乗依頼をしていた中堅騎手だ。ただ、40歳を区切りとして引退を決意し、39歳の今年は幾つかの厩舎に就職活動を行っていた。そして、現在預託数も増え人手が足りなくなってきていた馬見厩舎に再就職が決まったのだった。
「清水騎手うちに決まったんですか! 良かったですね。流石に人手が足りなくなってきていましたし、清水騎手なら人柄も良く知っています」
「ああ、ベレディーもだがストラスデビルもデイリー杯2歳ステークスで惜しくも3着だった。オーナーの意向でこのまま朝日杯に出走することになる。適正距離は1600で問題ないし、何とか勝ち負けまで行ってくれればな」
先日ベレディーと一緒に京都へと向かった2歳牡馬のストラスデビルは1着に1馬身差の3着に終わったが、最後は充分な粘りを見せてくれた。展開しだいでは良いところまで行ってくれるのではと馬見厩舎の面々も非常に期待していた。
「ここ最近うちの馬達は調子良いですよね。5歳馬のニャンコクツシタが久しぶりの勝利で、ようやくオープン馬に仲間入りです。オーナーの足立さんも喜んでました」
勢いというのはこういうものかと思うくらいに馬見厩舎に所属している馬は、今年一年を見ると好調を維持していた。といってもオープン以上を勝ったのはベレディーと驚くことに8歳馬のスターマイアイドルだ。
スターマイアイドルは8歳ながら丈夫な馬で、馬主の意向でいまだに現役を続けていたのだが、エリザベス女王杯の翌週、東京競馬場で行われた芝1600m サラ系3歳以上 オープン キャピタルステークスでまさかの先行逃げ切り勝ちを収めた。ただ、この後に跛行が発生し、検査の結果残念ながら引退することとなった。
「スターマイアイドルも最後に一花咲かせたと言えばそれはそれで良いのですがね」
「スターマイアイドルは大人しいからな。最後に賞金も入ったし、きっとどこかの牧場でゆっくりと余生をおくるさ」
牝馬ではあるが目立った勝ち実績は、それこそ最後のオープンレースのキャピタルステークスのみ。常に掲示板に載ったり載らなかったりを繰り返していた馬だった。繁殖牝馬として考えたとしても血統もとりわけ優れている訳ではない。引退後に運がよければ何処かで乗馬として引き取られるくらいだろう。
「馬にとっては良いのか悪いのか」
「この世界はそういうもんだ。ただ、最後のレースを勝てたことで未来が開けたかもしれない。そう願うしかないな」
入ってくる馬がいれば引退して出て行く馬もいる。そして、引退後の未来が明るい馬ばかりではない。それを気にしていては調教師としてやっていけない。それでも、少しでも良い未来を与えてやる為にも少しでも勝たせてやる。厳しい調教で馬に嫌われようとも、それが馬の将来に繋がるならと思い努力している。
「なぁ、各馬房にモニターつけてレースをずっと流してたら馬が勝てるようにならんかな?」
「預託依頼が一気に激減しそうですね」
勝てる馬を育てるのは非常に難しい事だった。
◆◆◆
エリザベス女王杯が終わって、私はまた栃木県の牧場にお邪魔しています。
「ブフフン」(北海道はもう雪かなぁ)
まだギリギリ11月なので桜花ちゃんの牧場へ帰れるんじゃないかなと期待していたのですが、桜花ちゃんの受験もあるので栃木県の牧場さんに放牧されることになったのです。
「ブヒヒン!」
そんなのんびり休養モードの私の横では、先程から一頭の牝馬さんがやたらと私に構って構ってとやってくるんです。うん、まあ見知ったお馬さんと言えば見知ったお馬さんなんですが、私の1歳下の妹なんです。前に妹がお母さんのお乳を飲んでいる時に会っているんですが、あの時はお母さんに思いっきり威嚇されて交流できなかったんですよね。
「ブフフフン」(あなたのお母さんじゃないですよ? お姉さんですよ)
何となくお母さんに似ているからなのか、牧場に連れてこられた時からやたらと懐かれちゃったんです。ただ、この子もすでに2歳で2勝しているそうですが、あと1勝が出来ずどうやら派手に負けちゃって放牧に出されたそうです。
「ブヒヒーン」(頑張らないとお肉にされちゃいますよ)
一応は妹ですし、一緒に暮らしたことがなくても血のつながりを・・・・・・感じませんね。私は鈍いのでしょうか? ただ、お母さんの血統なのか首はすらっとしてますし、胴も伸びやかな美人さんです。
私ほどではないですけどね!
ただ、妹を見に来ていたおじさんが言うには、それ故にやっぱり最後の最後で追い抜かれて負けちゃうそうです。あと、良いときと悪いときの差が激しいそうですね。私と一緒に放牧することで強くならないかなぁとか言ってましたけど、そう言われちゃうと何とかしないとと思っちゃいます。これだけ懐かれちゃうと尚更です。
でも、私もきっと雨だったりすると大負けしそうですが、妹が負けたとき晴れてました? 雨だったら何ともなりませんよ?
「ブルルルン」(良いですか、直線で短くステップを刻むのです)
妹を連れて牧場内を一緒に走ります。時々、妹にステップを教えるのですが、これがまた言葉が通じないので難しいのですが、しばらく走ってて気がついたのは坂を上がる時にちょっとステップが小刻みになるのです。
「ブヒヒーン」
うん、妹が何か言ってますが、お手本にちょっと大袈裟に坂を小刻みに走って見せます。
これをここ数日何度かやっていると、私に追いつこうと妹も同じようなステップを刻むようになりました。
やはり、やって見せてですね。言葉は通じないですからね!
「ブフフフンフフン」(ではグルっと回って最後坂を上がってみましょう)
牧場の周りを一緒にグルっと回って最後に坂を上がります。この時、妹も離されまいと自然と小刻みなステップに変わりました。
「ブルルン」(うんうん、良い感じです!)
走った後は褒めてあげてキチンとグルーミングしてあげます。
首から背中にかけて丹念にハムハムしてあげるのです。妹も私に同じようにハムハムしてくれますが、私のほうが一回り大きいのでちょっと大変そうですね。
「え? ベレディーと一緒の馬ってサクラヒヨリ? 何か走り方がベレディーに似てきてる」
外から声が聞こえたので、そちらを向くと引き綱を持った鈴村さんがいました。
「キュヒヒーン」(わ~い、鈴村さんだ!)
これから鈴村さんを乗せて駆けっこかな? 引き綱を持っているという事は練習なんだと思うんだけど。ただ、鈴村さんの視線は妹に向かってます。
私がトコトコと鈴村さんへ向かうと、私について妹も一緒についてきます。
「えっと、ベレディー、こっちはサクラヒヨリよね? ベレディーに似てるね」
鈴村さんがじっと妹を見ていますが、そっかヒヨリって言うんだった。すっかり名前を忘れてて妹ちゃんって呼んでました。
「う~ん、ベレディー、ヒヨリにちょっと乗ってみても良い?」
う~ん、どうやら鈴村さんはヒヨリに乗ってみたいみたいですね。ただ、どうなんでしょうか?
「ブルルン」(ヒヨリは大丈夫?)
「ヒヒーン」
うん、相変わらず何を言っているのか判らないですね。
でも嫌がっている感じはないですね。鈴村さんが私に乗ってるのを何度か見ていますし、私が楽しんでいるのも知っていますからね。何となくヒヨリが羨ましそうに見ているのを知っています。
遊んでおいで、そんな感じでヒヨリに頭をスリスリして、私は鈴村さんに場所を譲るのでした。
なんと! なんと! 日計ヒューマンで初の1番になりました!
ブックマーク、ポイントを入れていただいた皆様、ありがとうございます><
はてさて、ここで何故に鈴村さんはヒヨリに興味を示したのでしょうか?
その答えは次回!(ぇ




