44:エリザベス女王杯 後編
タンポポチャさんの末脚を警戒する私が思い切って前に出ることを覚悟していた頃、どうやら鈴村さんも同様のことを考えていたみたいです。
「ベレディー、勝負に出るよ」
私だけに聞こえるくらいの声で、鈴村さんが私に指示を出します。
ある意味、鞭を使わない私達だからこそ出来る方法、首元を軽くトントンと叩かれました。
今まさに3コーナーの上り坂を終わって4コーナー下り坂へと入る所、この下り坂を利用して私は一気に加速します。
依然、先頭とは4馬身くらい離されています。そして、タンポポチャさんの末脚を考えると同じくらいの距離があっても安心できません。だから思い切って先頭に立つつもりで加速していきます。
「直線ではこの勢いを使って外へ膨らむからね。内側の芝は荒れてるからベレディーは外のほうが力が出る」
今日、スタートしたときにどうやら鈴村さんは芝の状態を見ていたみたいです。
私はそんな余裕は無かったので、内側の芝がどうなっているかなんて気にもしていませんでした。
そして、勢いのままに外へと膨らみ、直線へと入ります。
目の前には2頭のお馬さんが併せ馬をしているかのように今も競り合っています。ただ、その勢いはそれほど強くはありません。
先頭から1馬身後ろに例の6番さんもいますが、すでにズルズルと後退して来ています。
もっとも、6番さんは内側を走っているので私の進路に影響はありません。
「ベレディー、ミニマイスマイルは馬体を併せちゃうと粘り強いから、気をつけて」
そう鈴村さんが言いますが、前の2頭も勢いがあっただけにちょっと膨らんでいます。この為、内側はぽっかりと空いた状態で、逆に私は前を塞がれてはいませんが、ミニマイスマイルさんの横をすり抜けるコース取りになります。これ以上膨らんで離れるのは大きなロスになっちゃいますよね。
私は直線に入ったときに、ここ最近行っているように手前を変えます。そして、タンポポチャさんのリズムを頭の中に響かせて一気に前の2頭へと襲い掛かりました。
前の2頭にも鞭が入って更に加速する気配を見せますが、私はじわじわと前に近づいていきます。
不思議と加速し始めると後のほうが速度に乗ってくるんですよね。ただ、その分思いっきり疲れるのですが。
ただこの時、私より更に内側に馬の姿が見えました。それこそ、荒れていると言われる内側に空いたスペースを使って一気に加速していく馬の姿があります。6番さんお仕事してください! 追い込むお馬さんの壁にすらならなかったようです。
ふぎゃ~~~! わ、わかってたもん! 馬の影が見えたときから判ってたもん!
思わず頭の中で叫んじゃいましたよ! だって、横目で確認すると思いっきり内側で加速しているお馬さん、即ちタンポポチャさんでした。私が状態の良い芝を選んで加速しているのとまったく、これっぽっちも遜色なく、すっごい勢いで加速しています。
「うそ! いくらなんでも早仕掛けでしょ!」
鈴村さんが鞍上で叫びますが、あの、その早仕掛けって私達もしていますよ? 驚くってことは大丈夫なのですか?
思わずそんな心配が頭を過りますが、そんな事より前の馬2頭です。
まずはこの2頭を抜かないことには話になりませんよね。ただ、それが思ったほど簡単ではないのです。直線はゴールまで平坦な道で、速度が落ちにくいので粘るお馬さんにも有利?
先頭の2頭は併せ馬状態であるのと多分どっちも負けん気が強いのか必死に加速していて、私が颯爽と追い抜くつもりだったのですが真横に並んだ瞬間から粘り強く加速してくるんです。
ただ、ここにタンポポチャさんが反対側で並ぶ形で4頭のお馬さんが思いっきり並んでいます。
「ベレディー、頑張って!」
うにゅ~~脚がだるくなって来たのです。もっとも、それは隣で先行していたファニーファニーさん達2頭の方が顕著なんでしょう。漸く私は頭ひとつ分くらい前に出ます。
ただ、今まで隣の2頭が邪魔で見えなかったタンポポチャさんの姿がここで見えました。
「あと200mだよ! 頑張って!」
私は必死に疲れた脚を動かして、頭を上下に意識して振ります。蹴り足も必死に前に引き付けます。
それでも、横目で見えるタンポポチャさんとの差が次第に広がって行くように思えました。
「んん~~、トッコ頑張れ~~~!」
突然、私を応援する桜花ちゃんの声が聞こえました。まるで頭の上から聞こえるくらいの大きさで。
トッコは頑張るよ!
桜花ちゃんの声援で、思いっきりアドレナリンが溢れて零れそう? そもそもアドレナリンってなんだっけ? 力が出るんだっけ? ただ、疲れて鉛のようになってきた体に一瞬ですが確かに力が戻ったような気がします。
その最後の力を振り絞って大地を蹴りつけました。
頭を思いっきり振り下ろし、振り上げて、全ての動きを前へと進む力に変えます。
そして、もうタンポポチャさんではなく、前に全てを集中して私はゴール板を駆け抜けました。
鈴村さんの手綱が緩んだ瞬間、全ての力を出し切ってしまった私は思いっきり脱力します。
「ベレディー、お疲れ様! 最後の一伸びが凄かったよ!」
鈴村さんの声にも疲れがみえますね。最後の直線でずっと私のリズムに合わせて頭の上げ下げを手伝ってくれていました。おそらく私の体と同じように、鈴村さんの腕も鉛のように重くなっているんじゃないでしょうか?
「ベレディー、大丈夫?」
鈴村さんは私の様子が気になって下馬してくれました。
「キュフン」(疲れたの)
素直に鈴村さんに甘えます。頭を鈴村さんの胸にスリスリします。すると、鈴村さんが私の頭をなでてくれました。
「今日も頑張ったね。桜花ちゃんに言われてた必勝法のまさかの効果に吃驚したわ」
「ブフン?」(何のこと?)
鈴村さんが何を言っているのかが判らなくて、思わず首を傾げます。すると、鈴村さんがクスクスと笑いながら教えてくれました。
「いざとなったら私の代わりにトッコを励ましてあげてって言われたの。それでね、トッコ頑張れって叫んだんだけど気がついてなかった? 桜花ちゃんに言われてはいたけど、最後ちょっと叫ぶか悩んじゃって」
が~~ん! 私はてっきり応援席からの桜花ちゃんの声だと思った。いやに大きな声だったなと思ったけど、騙されました! 声色もなんか真似ていましたよね!
「ブフフン!」(ちょっとご機嫌斜めよ!)
私達がそんなやり取りをしていたら、観客席から又もや怒号、歓声、拍手が響き渡ったんです。
その声に釣られて観客席を見ると、何か紙ふぶきが舞っています? 何事ですか?
私がそんな観客席を見ていると、鈴村さんが叫びました。
「ベレディー! 1着よ! 離れてて判んなかった。写真判定になってたからもしかするとって思ってたけど、勝ったよ! 1着だよ! ベレディーが、牝馬の頂点だよ! 女王だよ!」
鈴村さんが私に抱きついて叫び続けています。
でもそっか、勝てたんだ・・・・・・
今までと違って、何か勝ち負けの事とか忘れちゃってたな。それくらい疲れちゃった。でも、桜花ちゃんまた喜んでくれるかな。
何となくそんな事を思っていると、鼻息荒くタンポポチャさんがやって来ました。
勝利の余韻なんて関係なく思いっきり頭をスリスリして来ますけど、私が勝って自分が負けたことを判っているのかな? 何となくおめでとうって言われている感じです。
私はお礼返しに首から背中をいつものようにハムハムしてあげます。
「鈴村騎手、おめでとう。まさか負けるとはね。ベレディーから離れて内に行ったのが敗因だったなぁ。あれくらいの芝なら突き抜けれると思ったんだけどね」
「ありがとうございます。高速馬場でのレースですから、タイムもまさかの2分11秒9です。あと少しでレコードでしたよ」
掲示板に表示されているタイムは2分11秒9です。あと、タンポポチャさんは無事? 2着に入っていて私との差はまたもやハナと表示されています。
「若干タンポポチャには2200は長かったかもしれないね。最後の最後で手応えがね」
何か怖い事を言ってますよこの人。私は満身創痍なのにタンポポチャさんは元気そうです。これで距離が長くて手応えがとか言われたら2000mだと絶対に勝てないじゃないですか!
私が唖然としているそんな間にも、タンポポチャさんはグルーミングでハムハムしてくれます。ただ、そろそろ検量室へと移動する事となりました。ただ、体中が思いっきり重いです。だるいです。ただ、幸いな事に前回みたいに太股に痛みとかが無いのが助かります。
「ブフフン」(思いっきり寝転がって寝たいです)
食欲より睡眠欲が強い現状です。
初めてレビューを貰っちゃいました!
すっごく嬉しいです。ぽんさんありがとうございます><
気に入って頂けてすっごく嬉しいです。
あと、感想返しが中々出来ていません。でも励みになっているのでありがとうございます。
判らない所を教えて頂けたりもして、すっごく助かっています。
改めて御礼申し上げます。m(_ _)m




