42:エリザベス女王杯 前日
又もや夜に出発して、朝に栗東トレーニングセンターにやって来ました。
明後日が今回のレースであるエリザベス女王杯になるそうです。前日ではなく、前々日に栗東トレーニングセンターへ来た理由は、馬見調教師さんの持ち馬が土曜日に出走するそうで、ご一緒に馬運車に乗せられて来た為でした。
「ブルルルン」(のんびり寝てれば着くよ)
ちょっと神経質になっているお馬さんに声を掛けてあげますが、今一つ効果がありませんね。
他のお馬さんと一緒に運ばれるのは初めてなのでちょっと気になりますが、寝ちゃえば問題ありません。目が覚めたらあら不思議、栗東トレセンに到着していました。
栗東トレセンに到着すると、早々に健康診断を受けて異常が無いかの確認をされます。
「ベレディーは移動を苦にしないし、おっとりしているからな。ちょっと神経質なストラスデビルも良い影響を受けたようで何時もより落ち着いている」
「デイリー杯2歳ステークスに出走するなんて、ベレディーがエリザベス女王杯に出なければ考えなかったですね」
今年の2歳馬において、ストラスデビルは馬見厩舎期待の2歳牡馬である。すでに新馬戦を勝ち上がり、9月の芙蓉ステークスで勝利して無事にオープン馬となった。そして満を持して京都で行われるデイリー杯2歳ステークスへの出走となった。
「しかし、思いっきり西へ殴り込みに来たみたいだな」
デイリー杯2歳ステークスに出走する馬は全部で13頭、その内、東に所属するのは馬見厩舎のストラスデビル1頭のみ。
「東京スポーツ杯というてもありましたから」
「デビルも先行馬だからな、スタート次第ではあるんだが、やはり1800mはなぁ」
そう言いながらもストラスデビルは見た感じ適正距離は1600前後と見ている。東京スポーツ杯でも悪くはないが、そちらは芝1800mとなり見極めとしては微妙な距離となる。
「場合によっては短距離路線もありと思っているからな。どうせなら芝1400とかでも良かったくらいだ」
明らかに体形が短距離向けと思われた為に、3歳になってからはスプリングSを経てNHKマイルが目標となる。もっとも、そこまでの力があるかは今後の走り次第だ。
「ベレディーはどんな感じだ?」
「相変わらずと言えば良いでしょうか? 明後日がレースとは思えないくらいのんびりしています。どんな馬もレースが近づくと、自然とカリカリしてくるものなんですがね」
蠣崎は苦笑を浮かべるが、ある意味あの図太さが安定した結果を出し続けている要素なのかもしれない。
「今回も人気は6番前後っぽいですね。桜花賞1着、秋華賞2着なんですけどねぇ」
「その方が鈴村騎手も緊張しすぎなくて良いだろう。1番人気にでもなろうものなら、ガッチガチになりかねん」
鈴村騎手は2歳牝馬優駿のミスによるトラウマからまだ完全に脱却出来ているとは言えない。ただ、秋華賞でのレースを見る限りにおいてはベレディーとの信頼関係がはっきりと見え安定していると思える。
「ベレディーはレースでのプレッシャーは皆無ですからね。騎手や周りの者の緊張が馬にも伝わるものなんですが、そういう意味ではベレディーは強いですね」
蠣崎の言葉に、馬見調教師も同意する。
「不思議な馬だな」
「そうですね、あ、あとベレディーの全妹サクラヒヨリですが、先週の百日草特別を勝ったみたいですね。驚いたことに鷹騎手が騎乗したとか」
思わず馬見調教師は蠣崎の顔を見返した。
「おいおい、サクラヒヨリは悪い馬じゃ無いと思うが、よく鷹騎手が騎乗してくれたな」
ただ、これでサクラヒヨリも2勝、あと1勝すれば晴れてオープン馬だ。もっとも、チラッと聞いた話ではキレイ産駒の特徴通りに成長は遅めと聞いた。それ故に2歳で2勝目を上げれたのは大きいだろう。
「馬主が桜川さんだから仕方が無いが、出来ればうちで預かりたかったなぁ」
思わずそんな言葉が零れるくらいに馬見調教師はベレディーの母馬サクラハキレイの産駒に愛着を持ち始めていた。もっとも、すでに繁殖牝馬を引退している為、今後自分が世話をする事はないのだが。
◆◆◆
明日はついにレースという事で、今日は軽めの調教で終わりました。何となく走り足りないのですが、何と言っても明日に備えないといけないとの事で、綺麗に体を洗って貰って、ブラッシングやマッサージもして貰えて私はご満悦です。
「ブフフフ~ン」(綺麗になるのは好き~)
何と言っても女の子なのです。やっぱり綺麗にしてなんぼの世界ですよね? ただ、その割に私の人気は今ひとつなのは何故なのでしょう? 明日のレースも今の所は6番人気らしいです。
「あ、そう言えば桜花ちゃんが明日のレースは見に来るみたいだよ? 何かこっちの学校の下見を兼ねて今日は東京に来てるみたい。明日の新幹線で見に来るって」
「キュヒヒ~~ン!」(わ~~い、桜花ちゃんに会える!)
東京の大学を狙うのかな? 良く判らないけど、そうすると4年くらいは東京なのかな? 花の女子大生ですね、羨ましいですね。
ただ久しぶりに桜花ちゃんに会えるのは嬉しいです。受験太りしてないか心配ですね。
明日になったら桜花ちゃんに会えると思うと一気に気分が高揚してきました。
桜花ちゃんが来るなら頑張らないとだよね!
鈴村さんが見せて? 聞かせて? とにかくエリザベス女王杯の様子を真剣に聞きます。
「ここ数日晴天だし、芝の状態は高速馬場になりそうだね。ただ、内側の状態はどうかな、6レースでも私騎乗するから様子を見るわ」
鈴村さんは、明日は私とのレース以外にもう1鞍騎乗するらしいです。
「枠順も7番だし、出来ればラッキーセブンと行きたいよね」
う~んと、競馬でも7番は縁起がいいのかな? 知らなかったですね。内にも外にも対応できる場所と考えれば良いのでしょうか? てっきり先行馬だともっと内側が良いのだと思っていました。
「明日はフルの18頭が登録されているからね。馬群に嵌まると抜け出せなくなるから、前寄りの位置から先行差ししかないかなぁ」
先日から鈴村さんは良く私の所に来て今度のレース展開を相談していきます。もっとも、私は答えれませんけどね。それでも何となく伝わっているような気になっていますけど。
「後方からの追い込みは以ての外だし、先行馬のファニーファニーは4番かぁ、ミニマイスマイルが14番なのは助かったのかな」
恐らく明日のレース表を見ているのでしょうか? ただ、タンポポチャさんが話題にあまり出てこないのが不思議に思っていたのですが、私達より年上のおばさん達が今回は一緒に走るそうなんです。
「ブフフフン?」(おばさんは強いのかな?)
お馬さんの1歳違いがどれくらいの差になるのでしょうか? えっと、犬は生まれた年に4を掛けるんでしたっけ? あれ、7でしたっけ? 違ったかな?
とにかくまだ私達が中高生として、4歳から7歳くらい年上のお姉さんを相手取るにはちょっと厳しいのかもしれませんね。
「ただ、タンポポチャが8番なのよね、何かすっごく不気味よね」
「キュヒン!」(タンポポチャさんがお隣!)
なんと、初めてタンポポチャさんと最初から並んで走れるのです! 桜花ちゃんに会える事だけでなく、更に楽しみが増えた気がします。
「タンポポチャは追い込みで来るかな? でも、何かベレディーと並んで先行して来そうな気もするし。鷹騎手だと何をするか読めないのよね」
結局、鈴村さんはブツブツと悩みながら帰っていきました。
でも、あんな様子で今日ちゃんと眠れるのでしょうか?




