41:次走へ向けて
秋華賞を終えミナミベレディーの陣営は次走をどうするかで揉めに揉めていた。
秋華賞で予想以上に健闘し2着に入着したベレディーだが、馬見調教師を含め展開次第で勝てたかと言うと2着に入れたことが奇跡なのではとの思いがあった。
「先行していたとして、粘れたかというと厳しかったかと」
「そうだな。鈴村騎手は自身の発言にもある様に運の要素もあったとはいえ、ベスト以上の騎乗が出来たと思うな。あれ以上の騎乗となると故障覚悟になりかねん」
蠣崎の言葉に、馬見調教師も頷く。そして、その馬見調教師の発言を受けて鈴村騎手は深く頭を下げる。
この馬見調教師の発言を持って秋華賞で2着に終わった件は終わりを迎える。
「タンポポチャはこのままエリザベス女王杯への出走を表明している。当初のタンポポチャは良くて2000mまでと思われていたが、ここ最近のレースを見る限り2200でも問題無く対応してくるだろう」
「それ以外にも、昨年のオークス馬であるシーザーサラダ、昨年のエリザベス女王杯勝馬のミニマイスマイル、秋華賞馬マイブランド、錚々たるメンバーです。ここを勝つのは中々に厳しいかと」
「そうすると出走させるレースが無いですね。流石にジャパンCや有馬はエリザベス以上に無謀ではないですかな?」
大南辺がここで疑問を呈する。GⅠに出走させずにGⅡ、GⅢへとの選択肢も無くはないが、GⅡも手頃なレースが無くGⅢはハンデによる重量に不安が残る。
「肝心のベレディーの調子はいかがなのです?」
「秋華賞での疲れは軽度で済んだみたいです。飼葉の喰いも悪くは無いですし、本人も至って好調っぽいです」
ここでベレディーがいつもの様に調子を崩しているならともかく、そうで無いならやはり次走はエリザベス女王杯へと駒を進めるのが無難なのだろう。
「ところで、鈴村騎手からの提案なのだがベレディーの脚質変更を行いたいとの事なのだが」
「先行から差しへの変更ですか。私は悪くは無いと思います」
蠣崎はあっさりと賛意を示す。厩務員としてやはり毎度レースの度に満身創痍となる走り方はどうなのかと思っていた。今回の秋華賞では最後の末脚はタンポポチャに追い付けず、離されたとはいえ十分に戦える水準に来ていると思っている。
「そうだな、GⅠ馬を無事に繁殖へと廻す事も我々の使命ではあるな。ただ、それでも勝たなければ意味が無いのもまた事実だ。鈴村騎手、脚質変更をして錚々たるメンバーに勝てるか?」
「脚質変更しても、しなくても勝てるとは言い切れません。ただ、脚質変更をするとベレディー最大の武器であるスタートと最後の粘りを使えなくなるのは確かです。それであっても、脚質変更するべきだと思います」
ベレディー自体は当初の想像以上に強くなった。今回の秋華賞2着で更に評価は上がるだろう。しかし、タンポポチャを含むGⅠ馬と比較すると、どうしても末脚の評価は1段も2段も下になる。ただ、ここで馬場の状態が絡んでくる。
桜花賞においてなぜベレディーが勝てたかの要因は、馬場が高速馬場となっており先行馬が有利な展開となった事も要因の一つだ。もし前日に雨が降っていたら、馬場の状態が若干でも湿り気を帯びていたら、また展開は変わっていたかもしれない。
「高速馬場であれば先行馬が有利になる。それも枠順次第だが、エリザベス女王杯なら多少枠順が悪くてもスタートから直線で400mある。秋華賞とは違い先行できるだろう」
「向こう正面中央から3コーナーと上って一気に直線まで下りです。4コーナーまでに先行して差を付けれれば勝ちも見えなくはないです。あくまでもレースの傾向で行けばですが」
蠣崎も同様に意見を述べる。もっとも、当日芝のコンディションがどうなるかは誰も判らないのだが。
「ファニーファニーは間違いなく先行又は逃げに徹すると思うが、あとはミニマイスマイルも先行するだろう。ミニマイスマイルはベレディーの上位互換と言っても良いからな、先行してからの粘りも強い」
馬見調教師と蠣崎の会話を聞く鈴村騎手と大南辺。ただ、この段階でエリザベス女王杯への出走は確定したのだった。彼らが問題としているのは、出走自体ではなくレースでの対策に会話の重点は移行していった。
◆◆◆
私はレースの疲れも今までに比べ少なかった為、思いっきり飼葉をモシャモシャと食べていた。
「ブフフフン」(もう少しニンジン入れて欲しいなぁ)
何となくの思い込みで放牧になるのかなと思い込んでいる私は、今の時期だとギリギリで桜花ちゃんの牧場に行けるかどうかかなと勝手に皮算用していた。
そんな中で秋華賞前に思いっきりダイエットしたつもりの私は、周りが疲労を心配する中思いっきりバクバクと飼葉を食べまくっていたりする。
「ブヒヒン」(氷砂糖が入ってた)
飼葉桶の下にコロンと氷砂糖が混ぜられているのに気が付いた私は、口の中に広がる氷砂糖の甘みを味わいながら、それだけで一気に幸せな気分になる。うん、やっぱり甘いものは欠かせないよね。そんな事を思いながら、飼葉桶にもう1個くらい氷砂糖が入っていないか鼻先で調べている。
そんな中、此方へやって来る足音が聞こえて首を傾げる。
外はそろそろ暗くなりはじめている。足音からすると鈴村さんっぽいのだけど、レースはもう終わったのに何だろうと耳をピコピコさせて馬房の入口を見る。
「ベレディー! どう、疲れは取れたかな? まだレース後3日目だからまだかな?」
傍らにノートパソコンを持参し、まさに秋華賞前と変わらぬ様子で馬房にやって来た。
「ブヒヒーン」(鈴村さんどうしたの?)
もしかしたらリンゴとか持って来てくれたのかな? と鈴村さんの匂いを嗅ぐ。でも、リンゴらしい香りはしませんね。
「ブヒヒン」(気が利きませんね)
期待しただけにちょっと厳しい私です。そんな私の様子に苦笑した鈴村さんは、ポケットから氷砂糖を取り出しました。
「ヒヒーン!」(鈴村さん大好き!)
態度を一気に一変させ、鈴村さんの頬にお顔をスリスリして良い子PRをしますよ!
これで次回も何か持って来てくれるかもしれません。ただ、氷砂糖も良いけど、次は出来たらリンゴが良いです。時期的にもリンゴが良いと思います。
「うんうん、元気そうだね。この調子だとエリザベス女王杯も良い感じで走れそう」
「ブフン?」(エリザベス女王杯?)
突然出て来た名前に、私は思わず首を傾げますよ。
何かすっごく高貴なお名前ですよね? 秋華賞とか日本のお名前じゃ無いですよ? もしかして外国行っちゃいます? 初の飛行機ですか?
別の意味でドキドキしている私の前で、鈴村さんはいつもの様にノートパソコンを開きました。
「ブヒヒヒン」(英語ですか? 私日本語が精一杯ですよ?)
鈴村さんが用意する動画が英語で流れたらどうしましょうと心配する私ですが、幸いにして音声は日本語です。ただ、あれ? っと思った言葉があります。
『秋も深まる京都競馬場、牝馬の頂点を決める第※※回エリザベス女王杯に・・・・・・』
京都競馬場? あれ? 外国じゃないの?
疑問符が飛び交います。なぜエリザベス女王杯が京都競馬場なのでしょう?
わたしの疑問そっちのけで、レースの映像が流されます。これは昨年のレースですね。
「この時は、稍重に近い良だったの。内側の芝が荒れてて、そのお陰で内側よりちょっと外の芝の状態が良い所を走るミニマイスマイルが先行して最後まで粘って勝ったんだよ。ある意味、ベレディーのお手本みたいなレースだね」
鈴村さんがそう言って、3度同じレースを流してくれます。
私はそのリズムを感じながらレースを聞いていました。その後、過去に差し馬が勝ったレースを見たりしますが、結局のところ私は来月にまたレースがあるみたいなのです。




