35:紫苑ステークス決着
ゲートを出た途端のミラクルさんの体当たりで、出足が付かなかった私は現在先頭と10馬身は離れているのかな?
「ベレディー、向こう正面の直線で前に出るよ。流石にここからだと厳しいから」
フンフン
鼻息でお返事して、まず手前のコーナーを回ります。ただ、一頭ポツンとしている御蔭で楽に回れます。
そして、前の団体さんの最後尾に何とか追いつきました。
「本当だったら此処で息を入れたいんだけど」
そう言いながら手綱を扱く鈴村さんの指示に任せて、私は縦長になったお馬さん達の横を通り抜けて前に前にと進みます。でも、あと4頭前にお馬さんがいる状態でカーブに差し掛かっちゃいました。
「少しだけど、一旦ここで息を入れよう」
内側に一頭お馬さんがいて、その外を回るように一緒にカーブへと入っていきます。
でも、この段階で結構疲れちゃってたり。
「後半、どれくらい行けるかだなぁ」
鈴村さんも私の状態が何となく判っているみたいで、少しでもスパートを遅らせたいみたい。
前を走る4頭の状況をじっと見つめて直線でのコース取りを考えているみたいです。
「出来れば内に行きたいけど、前残りしそうだね。壁になると厳しいかも」
そう言っている間にも、前を走るお馬さん達は直線へと向かい、それに合わせて4頭とも横に並ぶように広がるのですが、その4頭が壁になる形で前に立ち塞がっています。
「ごめん! 外に行くよ!」
私が見る限り、最内に少しスペースがありそうですが、横のお馬さんがいるのでそちらへ行くのは無理ですね。この為、私はコーナー出口から加速をして、スピードの勢いに任せて大外へと膨らみました。
「こっからはもう根性任せだよ! 私もしっかり補助するから、ベレディーも頑張って!」
鈴村さんに言われるように、前のお馬さんを必死に追いかけます。
何となくタンポポチャさんに大負けしたレースを彷彿させちゃいますが、タンポポチャさん程勢いは無いのかな? ただ、私の更に外側を駆け上がってくるお馬さんが見えました。
う~~~、ここ勝たないとタンポポチャさんに会えないのに~~!
必死に前を追いかけますが、直線でまたもや坂があります。でも、前の4頭は坂で今一つ伸びが無いかな? ただ、私もちょっと疲れてて、勢いよく駆けあがれません。
それでも、私が何とか2頭躱した時には後方から更に2頭のお馬さんがやってきます。
ググっと体を沈めて、更に加速しようかとした時、鈴村さんが慌てて声を掛けてきました。
「ベレディー、無理しちゃダメだからね! 本番は来月だから!」
え? でも、ここ勝たないと出られないんじゃないの?
良く判らないまま、あれ? て思っている間に追いかけて来た2頭に抜かれちゃって、結局は5着になっちゃいました。
「ベレディー頑張ったよ! よくあそこから掲示板に載ったね! 凄いよ!」
鈴村さんがそう言って必死に私を褒めてくれますけど、前回は6着だったから一つ前になれたのかな?
もっとも、あのレースはタンポポチャさんとか凄い速いお馬さんが居ました。だから比較にはならないかな? でも、5着で言っていた秋華賞に出れるのかな?
疑問符をいっぱい頭の上に浮かせながら、検量室へと鈴村さんと向かいます。その後、一応獣医さんに診察をしてもらう事になって、どこも異常は無いと言って貰えました。でも、やっぱり負けちゃったのは悲しいのでショボンと落ち込んでますよ。
◆◆◆
『第※※回 芝右回り2000mで行われます秋華賞へのトライアルレース、紫苑ステークスGⅢ。牝馬18頭が秋華賞への前哨戦をどう戦うのか、1番人気は何と言っての桜花賞馬のミナミベレディー、オークスは未出走ながら、秋の秋華賞へ向け陣営は万全の態勢で・・・・・・。
今各馬揃ってゲート入りし、スタートしました! スタート巧者の8番ミナミベレディーがスススと前に行こうかと、あ~~~! 少し遅れてスタートを切ったかに見えた7番ミラクルドラマ、外へと体勢を崩しミナミベレディーと接触! ミナミベレディーが一瞬ふらつきました。審議です! 審議のランプが点灯します!』
「な!」
馬主席でレースを観戦していた大南辺は、思わず席を立ちあがりました。
『幸い落馬なども無くレースはそのまま継続されています。しかし、ミナミベレディーは最後方の17頭目、接触した際に一気に失速し思いっきり後方からのレースへと変わりました。』
「貴方、落ち着いて」
隣に座っている妻に手を引かれ、ストンと席へと座り込みます。
ただ、この間もレースは進んでいて、ミナミベレディーは果敢に前へ前へと位置取りを変えていきます。
『先頭は4コーナーを回り、後方は次第に慌ただしくなってきました。依然、先頭は4番カゼノササヤキ。その後ろにユニカローラ、更に半馬身後ろにアオゾラノユメ、ミタワネが続き、更に1馬身ほど離れて1番人気ミナミベレディーが居ました! さぁ、スタートの不利をどう取り返すのか!
各馬直線へ、ミナミベレディー前を追う! アオゾラノユメは一杯か! ユニカローラが先頭だ!半馬身前に出る! 後方からの追い上げも来るぞ!
ここでプリンセスフラウだ! プリンセスフラウだ! プリンセスフラウ凄い末脚で一気に先頭へと躍り出た! ミナミベレディーは伸びない! これは掲示板までか! プリンセスフラウ、オークス3着はフロックでは無い事を此処に証明しました! 秋華賞は私が勝つと、その意思をここに示しました! 1番人気のミナミベレディーはようやく5着、スタートの不利が祟ったか!』
レースの実況を聞きながら、大南辺は大きな溜息を吐きました。
「掲示板にはなんとか載ってくれたか。先行馬であれば仕方が無い、避けようにも後方で騎手の視界に入っていなかっただろう」
「多少は賞金も出るのでしょ? それなら良かったじゃない。本番は秋華賞なんだし」
横に座っている何故かミナミベレディーのレースがある時は付いて来る妻が、元気を出しなさいと大南辺の背中をバシバシと叩きながら言う。
「そうだな、とりあえず鈴村騎手や馬見調教師を労いに行くか。流石に不本意だったろうからな」
そう言って席を立つ大南辺に、一人の中年男性が慌てて駆け寄って来る。
「大南辺さん、うちの馬が申し訳ない!」
ミラクルドラマの所有者である真田氏が、大南辺の所へと来て大きく頭を下げる。
「あ、真田さん、いやぁ、頭を上げてください。レースはこういう事もあります。いつ逆の立場になるか判りませんし、何せ言葉の通じない馬ですから。お互い次走頑張りましょう」
幾度も頭を下げてくる真田を宥め、大南辺は急いでベレディー達の所へと向かう。
ただ、表情は先程の朗らかさは欠片も無く、ちょっと不貞腐れた様な表情を浮かべている。
「あら、お互いに次走頑張るんじゃないの?」
その様子が可笑しく、笑い出しそうな道子がそう揶揄うと、ブスっとした表情で大南辺は答える。
「建前は建前だ。ただ、悔しい思いはある!」
「鈴村騎手達の前でそんな顔しないでよ」
「判っている!」
そんな子供っぽい夫をクスクス笑いながら、道子は夫と共に馬の様子を見に行くのだった。
◆◆◆
レース後のミナミベレディーの診察で特に異常が無かったことで、馬見厩舎の面々はホッとした雰囲気を漂わせていた。
「まあ残念ではあるが、今回の事で意外と先行差しならそこそこ行けそうだという収穫があったと思おう」
馬見の言葉に他のメンバーも苦笑いを浮かべる。
「2000mじゃなければ惨敗も有り得ましたね」
「はい、向こう正面で何とか前寄りにつけられました。ただ、最後の追い込みに賭けた方が良かったのか未だに悩んでますが」
蠣崎の言葉に、鈴村騎手も同意しながらもレースの展開があれで良かったのか、その部分を悩んでいた。
「最後の追い込みであれば、恐らくあの特異な走り方をしたかもしれません。ただ、そうなると秋華賞は絶望的になります。そう思えば次につながったと考えましょう」
有力なライバル不在をうたわれたレースだけに、出来れば勝っておきたかった。ただ、今更それを言っても仕方が無い。
「大南辺さんも次走で頑張りましょうって言ってました。気持ちを切り替えましょう。ベレディーにとっても不本意な結果ではありますが、それでも5着に入った事で存在感は示せたと思います」
先程、ミラクルドラマの騎手を務めていた小西騎手が謝罪に来ていた。
もっとも審議後に騎乗停止1日の処分が科され、一応の決着がついていた事もあり馬見達も鷹揚に謝罪を受け入れていた。もっとも、これまた内心は別ではあるが。
「芝2000mでのレースを試せなかったのは痛いですが、掲示板に載った事も考えればやはり長い方が良さそうですね」
「鈴村騎手はどう感じたかね?」
「そうですね、最後の直線は実際の所あまり手応えは無かったです。やはり前残りを狙う方が勝てる可能性はあるかと。ただ、タンポポチャの末脚は怖いですね。プリンセスフラウの末脚以上に鋭いでしょうから」
鈴村騎手の意見にみんなが頷く。
そんな中、漸くベレディーの美浦への運送準備が整ったと連絡が来た。
「本番は来月だ、出来る事を頑張るしかない」
馬見の言葉に、全員が頷くのだった。
◆◆◆
北川牧場では、今日も今日とて桜花ちゃんの叫び声が牧場に響き渡っていた。
「うきゃ~~~~! ありえないって、何でぶつかって来るのよ! 信じらんない!」
レースをテレビで観戦しながら、あわよくば今日もGⅢを勝てるのではないかと期待していただけに、スタート直後の接触は予想外であった。
「う~~ん、これは終わったな」
「そうねぇ、ここまで後ろだとトッコには厳しいわね」
勝てないと判ると、途端に冷静になる峰尾と、いつも冷静な恵美子がレースを見ながら感想を述べる。それにまた、桜花ちゃんが大騒ぎするのだ。
「トッコがんばれ~~! あと少しだよ~~~!」
テレビに噛り付くかのように応援する桜花ちゃんを、家族達がほのぼのと眺めている。
桜花ちゃん以外はすでに茶飲みモードへと移行していた。
「ぎゃ~~~~! 勝てなかったよ~~! でも、5着だよ、頑張ったよね! ね!」
「そうね、頑張ったわね」
「う~~~、悔しい! 小西の馬鹿! なんで選りにもよってトッコにぶつかるのよ!」
未だに怒りが収まらない桜花ちゃんであるが、未練がましく画面を見た後、しぶしぶ自分の部屋へと引き上げていく。9月、自分に残された時間もあと僅かであり、自分の勝負の時も近づいてきているのだ。
「・・・・・・アクシデントが怖いから、試験会場の傍にホテル予約して貰おうかな」
何が起きるか判らない。それをまざまざと見せつけられた桜花ちゃんであった。
実際の罰則だとどうなるのか判りません><
もしかすると罰金で済むのかも?
それっぽい前例を見つけて騎乗停止1日にしてみました。
あと、感想でも書いていただいたんですが、馬が耳をペタンとするのは威嚇みたいなんですよね。
ベレディーは勘違いしていますけど、思いっきり敵意を持たれちゃった結果なのです^^;
後書きでここの説明を書くの忘れてました><




