34:放牧明けで帰って来て気がつけば紫苑ステークスです。
7月も終わろうかという頃、過酷な、本当に過酷なダイエット大作戦に見舞われた私ですが、無事にスマートな自分に戻って美浦へと帰ってきましたよ! なぜか引き運動を桜花ちゃんも手伝ってくれて、受験大丈夫なんでしょうか?
ぶつぶつとお腹周りがとか、二の腕がとか言ってましたから、あれが受験太りという物ですね。
ただ、私が北川牧場を出発するときには満面の笑みでしたから、目標を達成できたみたいです。もっとも夏期講習がどうこうと言ってたので、元の木阿弥にならないことをお祈りしておきます。ナムナム~。
そして、美浦トレセンへと帰ってきた私を見た調教師のおじさんは、満面の笑みで出迎えてくれました。
「うん、しっかり休養できたようだね。これなら秋に向けて良い勝負ができそうだ」
「ブフフ~ン!」(でしょ、良い感じよね!)
私も長いお休みを経て元気一杯なのです。
「ちょっとドッシリしてますから、紫苑ステークスに向けて絞っていきましょう」
「そうだな、べレディーは1800m以上を走ったことがないから2000mは経験させておきたいからな」
ドッシリ? ん? とにかく調教師のおじさん達が話をしています。この感じだと次のレースは2000mになるみたいです。また距離が延びるみたいですね。
「タンポポチャは関西馬だ。恐らくローズステークスへ向かうだろうからな。そうなると関東馬で紫苑ステークスに出てくるのは・・・・・・」
馬房へと案内されながら何気なく話を聞いていると、今度はタンポポチャさんと別のレースになるみたいです。ちょっと寂しいのです。でも、聞いてるとタンポポチャさんは私が休んでいる間に大きなレースで勝ったみたいです。桜花賞で私はぐったりしちゃったのに元気ですよね。
「秋華賞へのトライアルレースだ。ましてやGⅢだからな、出来ればここは勝っておきたい」
秋華賞? 春の桜花賞と名前の感じが似ているので此れも大きなレースなのかな? そのレースだとタンポポチャさんもご一緒できるかもしれません。トライアルレースという事は勝たないと出れないのでしょうか? 良くわかりませんがとりあえず頑張ることにします。
「あ、ベレディーお帰りなさい!」
馬房に到着すると、鈴村さんがノートパソコンを片手に待ち構えていらっしゃいました。
「ブヒヒーン」(ただいま~)
鈴村さんにお返事をするのですが、あの手にしたノートパソコンはやっぱりまたレースのお勉強なのでしょうか?
「鈴村騎手、ノートパソコンを持ってと言う事は、またベレディーにレースを見せるのか?」
「あ、はい! ベレディーは2000mはまだ走ったことがないですよね? なので紫苑ステークスと秋華賞のレースを見せようかと」
「まあ、桜花賞で効果があったのかは判らんが、勝ててるからなぁ」
「あの最後の走法も謎ですが」
鈴村さんと皆さんがお話しして、結局はレースでのお勉強をする事になったみたいです。やって損はないという事みたいですが、私の睡眠時間は減りますよ?
◆◆◆
「なあ、今度の紫苑ステークスだけどさ、一番人気はミナミベレディーで良いんだよな?」
競馬雑誌パドックの編集部では来週発売される雑誌の内容打ち合わせが行われていた。
「タンポポチャ他、有力所はローズステークスへ出走ですし、今年の有力馬は栗東の馬ばかりですから」
近年、関東と関西に所属する馬では重賞を勝つ馬が関西に偏っていた。この為、関西の栗東トレセンに有力馬が集まる傾向にあった。そして秋華賞へ向けたトライアルレースは大きく分けて紫苑ステークス(GⅢ)と、ローズステークス(GⅡ)においては関東馬が紫苑ステークス、関西馬がローズステークスに集まる傾向にあった。即ち、秋華賞における有力馬はローズステークスに出走するという事になる。
「紫苑ステークスで3着までが優先出走権があるからな。ミナミベレディー以外にもオークス3着に入ったプリンセスフラウもいる。あとラジオ福島を勝ったユニカローラもいる。ただ桜花賞を勝ったミナミベレディーのインパクトを考えると小粒だな」
「まあ各新聞などもミナミベレディー有利と見ていますよね。馬見調教師も距離が延びるのはプラス要素だって言ってますし」
ただ、断トツの一番人気かというと騎手が女性の鈴村騎手、またミナミベレディーの血統が今ひとつという所で人によって判断が分かれるところであった。
「しかし、桜花賞を勝って、連対率も高いのに何でこんなに人気が無いんだ?」
「やはり血統ですかね。今時カミカゼムテキの子で走るなんて誰も思って無かったですよ。まあサンデー系と言えばサンデー系ですが、母馬のサクラハキレイの血統も微妙ですし」
ある意味、言いたい放題言われているミナミベレディーではある。本人? 本馬? が聞いてなくて幸いだった。もし聞いていたら多分・・・・・・意味が判らず首を傾げていたかも知れない。
トッコがサンデー系と言われて思い浮かべるのは、アイスクリームサンデーなどのデザートくらいである。
「まあ、アイドルの細川嬢がやたらとミナミベレディーを絶賛してたけどね」
「ああ、今回番組で取材に行って、すっごく人懐っこかったらしいです。あと、氷砂糖を貰うと喜んで不思議なダンスをしてくれるとか」
「・・・・・・それって良いのか? 駄目じゃないのか?」
予想師泣かせの馬、ミナミベレディーだった。
◆◆◆
美浦トレーニングセンターに戻って、今までと同じように訓練をしていたら、季節が変わってあっという間に9月になっちゃいました。ちなみに、夏休みがあったけど、桜花ちゃんは残念ながら夏期講習とかお勉強漬けで遊びに来てくれませんでした。ぐっすん。
でも、8月の未勝利で妹のサクラヒヨリが無事に勝利したそうです。同じ美浦トレセンにいるのですが、一緒に走ったことは無いのですよね。
そして気がつけばレース当日になっていました。
「秋晴れでよかったね。雨だとどうしようかと思ってた」
パドックで騎乗して本馬場へと向かうさなかに鈴村さんがそう話しかけてきます。
雨だと足下が滑るのですよね。あと脚がグショって感じになるから好きじゃありません。
美浦で幾度か雨の日に芝だけでなく砂地とかでも練習しましたけど、やっぱり上手く走れないのです。だから私もお空が晴れてくれてほっとしました。
「今日は8番だから無理して先行しないでいいからね。好位置に付けて4コーナーから前に並ぶ感じかな? 内に先行馬と逃げ馬が1頭ずついるからね」
「ブヒヒン」(は~~い)
確かダークミストさんとミラクルドラマさんでしたよね。初めてご一緒するお馬さんですが、特にミラクルドラマさんは名前にインパクトがありますから覚えちゃいました。
本馬場に入ってゲートへと向かうのですけど、スタートしてすぐ観客席の前を走るんですよね。
歓声とかで気持ち的に焦っちゃうお馬さんとか出そうです。しかも、カーブが最初と後で2回もあるのです。こうなると最初がゴチャゴチャしそうで嫌な感じですね。
ゲート前でぐるぐると回っている間に、他のお馬さん達の様子を見ます。ただ、何となく今までのレースで見てきたお馬さんより一回り大きいお馬さんが多いですね。
むぅ、あのお馬さんはヤバイです! 全体的にスラッとしていて美人さんです。わ、私ほどじゃないですけどね!
「ブルルルル」(油断できないです)
7番のゼッケンの下に書かれている名前は、ミラクルドラマさんでした。名前だけでなく、このミスお馬さんコンテストでも私と良い争いをしそうです。
思わず私がじっと見ていると、私の視線に気がついたミラクルドラマさんが此方を見ます。そして、途端に挙動が怪しくなりました。お耳がペターンになりましたよ!
「ブフフン」(勝ったわ)
私の美しさに恐れをなしたようです。仕方が無いですよね、私綺麗ですから!
そんな事を思っていると、なぜか鈴村さんが首をトントンしてきました。
「ベレディー、珍しく興奮してるけど、落ち着いて。どうしたのかな、久しぶりのレースだから?」
ん? 私は普通ですよ? いつもどおりですよ?
鈴村さんの様子に、思わず首を傾げます。
「あ、落ち着いた! よかった、突然頭を振り出すから吃驚したわ」
あれ? 頭を振ってました? 記憶にないのです。ただ、ここでゲートへと案内されましたので、レースへ集中することにします。何といってもスタート命の私ですからね。
ゲートへと入るとやたらとお隣が煩いですね。横目でチラリと見ると、先ほどのミラクルさんです。
ゲートが苦手なのか、前脚で地面をカツカツしたり、頭をブンブンしたり、大丈夫でしょうか?
「ベレディー、もうすぐだよ」
お隣を気にしてたら、何時の間にか最後のお馬さんがゲートに収まろうとしています。鈴村さんの言葉に私はいつものように馬体をグッと沈めました。
ガシャン!
何時ものように、大きな音を立ててゲートが開きました。私はスススっとこれまたいつもの様に飛び出し加速したのです。
ドンッ!
「きゃぁ!」
加速してすぐに右側のミラクルさんが此方へとぶつかってきました。私のスタートと加速のお陰と、ミラクルさんが出遅れたお陰でモロにぶつかる事はなかったのですが、あとミラクルさんの騎手が何とかしようとしたのかぶつかり自体はそれほど強くなかったのです。それでも私は咄嗟に体を立て直しをしようとして、それと合わせて鈴村さんが落馬しないようにバランスを取ります。
ただ、そのせいで加速が出来ず、またもや大きく出遅れることに!
「ベレディー、大丈夫なの?!」
ミラクルさんと最後方を走る事になりましたけど、ミラクルさんは私以上に加速がつかず大丈夫かな? 私は今のところ大丈夫そうです。ただ、レースが大丈夫かと言うと駄目そうでしょうか?
・・・・・・ストックが何時の間にか溶けて消えちゃいました><
ふぎゃぁ!
何とか水曜日分まで書いて、あとは日々頑張ります!




