閑話:ヒメの乳離れトッコの子離れ大作戦?
所有している馬がゴールを駆け抜けていった。残念ながら馬群に沈み、良くて掲示板以内の5着、見た限りにおいては6着か7着では無いかと思う。
「はあ、4勝目が遠いな」
自分の馬は時代に恵まれなかった。
一言で言い表すとしたら、ただそれだけの事だと思う。
実際の所、オープン馬になるだけの実力はあったと思う。
4歳がピークだっただろうか? 4歳の時には、2着に入りあと一歩という所で勝利を逃すレースが幾度かあった。しかし、5歳になり、現在は既に6歳になる。最近のレースでは掲示板内に入る事も減ってきている。
牝馬最強世代。ここ数年の競馬界の事をそう呼び始めたのは誰だろうか?
ミナミベレディーを筆頭に、タンポポチャ、プリンセスフラウ、サクラヒヨリ、ウメコブチャ、数多の牝馬達が名乗りを上げ、競う様に高みへと駆け上がっていった。牝馬が牡馬を蹴散らしGⅠを勝ちあがる。その姿に見る者達は自分達の何をダブらせたのか。多くの競馬ファン達の思いが、熱狂が、ここ数年に渡り競馬界を盛り上げている。
そんな競馬界において、自分の所有している馬達は高みに上がれず苦戦している。本来であればオープン馬になる力があると言われながら、勝ち上がることが出来ず苦汁を舐める。
どれだけ努力をしても、どれ程実力が有ろうとも、運を味方につける事が出来なければ勝つことが出来ない。それを痛感させられた数年だった。
「はあ」
勝利した馬の所有者が周りの馬主達に挨拶をしながらウィナーズサークルへ向かう。その後姿を眺めながら、ついつい溜息が零れてしまう。
今、レースを走った所有馬はミラクルドラマ。デビューは遅く3歳になってから。新馬戦では勝てず未勝利戦で最初の1勝を挙げた。
その後、好走すれど中々勝ちに恵まれない中で7月に漸く2勝目を挙げた。その2勝目の勝ち方が中々に強い勝ち方をした為、次走をどうするかと調教師と共に悩む事になる。
「上手くすれば重賞も狙えるかもしれません」
そんな調教師の言葉に踊らされながら候補に挙がったのが紫苑ステークスだった。
「確かにミナミベレディーは桜花賞を勝っていますが、血統を見てもそこまで実力のある馬ではありません。この時期の有力馬はローズステークスへ出走します。上手くはまると若しかするとがありますよ」
自分の所有馬が重賞を勝つ。それはGⅠでは無くとも、GⅢであったとしても、所有馬が引退後も自慢できる大きなステータスだ。ましてや、紫苑ステークスを勝ち上れば秋華賞だって射程に入るかもしれない。そんな夢を見ながらミラクルドラマを紫苑ステークスに出走登録する。
そしてミラクルドラマは無事に出走馬18頭の中に入ることが出来た。しかし、運が良かったのは其処までだった。
スタート直後によれてミナミベレディーとの接触。最下位では無かったものの17着と惨敗した。そして、まるでそこで運が尽きたかの様にミラクルドラマはそれ以降のレースで勝てなくなってしまった。
善戦すれども勝つことが出来ない。オープン馬への道が遠い。
かつて重賞制覇を夢見ただけに、その現実が思いのほか重く圧し掛かって来る。
そして翌年、所有馬であるミラクルシアターも似たようなレースを経て紫苑ステークスへと出走を果たす。今度こその思いに対し、立ちはだかったのはミナミベレディーの全妹サクラヒヨリ。もっとも、今回の着順は5着と掲示板に載る事は出来たが、勝利には大きく届かなかった。
そして訪れる4勝の壁。ミラクルシアターもまるで何かの呪いかの様に善戦すれど勝てずオープン馬にはなれていなかった。
「ミナミベレディーにぶつかってから運が無くなったよな。まあ、あそこでミナミベレディーに何かあったら競馬史が書き換わっていただろうし、そう思えば運が良かったと言うべきなのか」
今手にしている競馬専門誌、そこにはミナミベレディー引退式の記事が特集で組まれている。馬主席を後にしながら、真田は手にした専門誌を手近にあったゴミ箱へ放り込むのだった。
「ミナミベレディーに運を吸われたかなあ」
馬主席からしょんぼりと真田は立去るのだった。
◆◆◆
その頃、北川牧場ではミナミベレディーと桜花との間で壮絶なバトルが繰り広げられていた。
「う~~~、トッコ! いい加減にヒメ離れしなさい! 本当ならもう乳離れしないと駄目なんだよ!」
「ブヒヒヒヒヒン」(まだ1歳未満何です! まだ母親が必要ですよ!)
もう秋も深まり、牧場では仔馬の乳離れの時期を迎えていた。母馬から仔馬を離し、仔馬達の自立を深める。それは競走馬において必要で、大事な行事である。
ミナミベレディーの時も同様ではあったのだが、乳離れによる仔馬のストレス増加を少しでも下げるために仔馬の育成環境を維持し母馬を移動させる方法を取っている。そして、今年も同様にヒメを含め仔馬達の順調な生育を確認し、9月中頃より乳離れを行う予定でいた。
その予定を大幅に狂わせているのがミナミベレディーとヒメであった。
北川牧場では間引き法と呼ばれる2段階に分けての乳離れを計画し、最初に他の仔馬達にも寛容なミナミベレディー親子を残し他の母馬を移動した。
母馬から突然引き離された仔馬達が必死で母馬を呼ぶ声を聴き、ミナミベレディーは大慌てであった。
「キュヒヒヒーーーン」
「ブルルルルン」(大丈夫ですよ~、怖くは有りませんよ~)
仔馬達が嘶くたびに自身の周りでウロウロしているサクラヒヨリに仔馬達の世話をさせる。
「ブフフフン」(ヒヨリ、ほら他の子達と遊んであげて)
「キュフン」
牧草を食んでいたサクラヒヨリはミナミベレディーに言われ顔を上げる。そして、嘶く仔馬とミナミベレディー、そしてヒメを眺めた後ゆっくりと嘶く仔馬の方へと移動する。
当初はミナミベレディー自体が他の仔馬に対しグルーミングをしようとしたのだが、それに対しヒメが明らかに嫉妬する様子を見せた。その為、ミナミベレディーは自分はヒメの世話に集中し、他の仔馬達の世話はサクラヒヨリに任せる事にしたのだ。
其処までは北川牧場の計算通りだった。ミナミベレディーが居る事による安心感からか仔馬達も比較的早く落ち着きを取り戻し、乳離れも順調に進んだ……ヒメ以外の仔馬は。
「何でトッコは察知しちゃうのよ!」
「ブフフフン」(ダメですよ? バレバレですよ?)
此処より桜花とミナミベレディーによる壮絶……、いや、滑稽な? 戦いが始まる。
ミナミベレディーの事を一番熟知しているのは自分だと言う自負が桜花にはある。その為、ミナミベレディー子離れ大作戦は桜花が主体となって行われることになる。
桜花のみならず峰尾や恵美子が手綱を手にし何とかミナミベレディーを移動させようとしても、ヒメの傍から頑としてミナミベレディーは動こうとしない。その為、峰尾と恵美子は早々に諦め桜花へとミッションを委譲する。
「ほら、トッコ、メロンだよ~~~」
「ブヒヒ~~~ン」(わ~~い! メロンだ~~~)
幾度となく行われた戦いに敗北した桜花は、遂に伝家の宝刀で切り札であるメロンを切った。
ミナミベレディーといえば食いしん坊の代名詞である。そして、そんなミナミベレディーが一番好きな食べ物と言えばメロンなのである!
桜花の手の先に突き出されたメロンに釣られ、ミナミベレディーはふらふらと鼻先を突き出してメロンの後を追いかけ始めた。
(よし! 勝った!)
ミナミベレディーが自分の後を追いかけて来ている事を確認した桜花は、勝利を確信する。
しかし、そこに思わぬ伏兵が現れたのだった!
カプッ!
「あ~~~~! ヒヨリ! 何でメロン食べちゃうの!」
「キュヒヒヒン!」(メロン食べられちゃった~~~!)
メロン何て気にしてませんよ? ぜんぜん興味はありませんよ?
そんな風に桜花とミナミベレディーのやり取りを傍でのんびりと眺めていたサクラヒヨリ。しかし、自分が一歩踏み出せば届く位置を通過するメロンに対して一瞬で反応し奪い去った。
桜花のこの時の敗因は、万が一にも指を齧られない様に棒の先にメロンを刺していた事だろうか。それともミナミベレディーに気を取られすぎてサクラヒヨリに注意を向けなかった事だろうか。
「あ~~~また失敗した~~~!」
その後に行われたメロンによるミナミベレディー誘導作戦は悉く失敗に終わった。
メロンをヒヨリに食べられまいと目の前に突き出された途端、フェイントも交えながらミナミベレディーが巧みにメロンを奪っていく。メロンへの執念のなせる業であった。
「お母さん駄目だった~~~! トッコがぜんぜん釣られないよ~~~! 頑張って自費でメロン買ったのに無駄だった~~~」
汗まみれになり事務所に戻って来た桜花を見て、恵美子は溜息を吐くのだった。
えっと、あれ? 後書き書いたのが消えてた謎!
うん、大した事書いてたわけじゃないのですが、何となく書いたので投稿します。
楽しんで頂けたら幸いです。




