閑話:トッコのシークレットお見合い会?
「あああ、トッコとヒヨリが全然発情しない。今年は厳しいかなあ」
「そうねえ、トッコもそうだけど、ヒヨリもまったく発情しそうな気配がないわ」
十勝川ファームの放牧地で、桜花と恵美子は二人して柵に凭れながらのんびりと草を食むミナミベレディーとサクラヒヨリの様子を眺めていた。
昨年無事に種付けが終わり、待望の牝馬を出産したミナミベレディーである。それ故に、ぜひ今年も無事に種付けをしたいと願っているのである。そして、その為に早めにミナミベレディーとサクラヒヨリを十勝川ファームへと放牧に連れて来ていた。
「出来れば今年はトカチシルバーを試してみたかったんだけど、このままだと無理そうねぇ」
「う~ん、私的にはトカチシルバーよりトカチマジックの方がお勧めっぽいんだよね? 距離適性的にも悪くない気はするし実績も上だよ?」
「そうねえ、トカチマジックも悪くわないわね。でも、トカチマジックとお見合いさせても反応なかったでしょ?」
「他の牡馬もそうだったよ?」
十勝川ファームへ輸送された後、ミナミベレディーとサクラヒヨリは幾度か牡馬とのお見合いを行っていた。しかし、サクラヒヨリは威嚇こそしないものの警戒感を露わにし、ミナミベレディーに至っては興味の欠片も示さなかった。
「やっぱり去年はタンポポチャの発情に釣られたのかな? そうだったら早めに森宮ファームに連れて行かないと不味くない? タイミング逃しちゃうよ?」
ミナミベレディーの種付けだけを捉えれば桜花の発言も間違ってはいない。しかし、其処にはやはり相性というものもあり、恵美子としては昨年種付けをしたリバースコンタクトではなく他の馬も試してみたい。
「そうねえ、何となくトッコが発情すれば釣られてヒヨリも発情しそうなのだけど。そうするとヒヨリのお相手はどうするかという問題もあるのよね」
「今は態々トッコとは離しているもんね。でも、全然効果ないし、また戻すんでしょ?」
「そうねえ。トッコと居るとトッコやヒメばかり気にしちゃうのよねえ」
桜花達はミナミベレディーとサクラヒヨリを一緒にしている方が良いのか、それとも離した方が良いのかも試行錯誤していたりする。
そもそも、サクラヒヨリの相手をミナミベレディーと同じ種牡馬にするのか、別の種牡馬を選ぶのかも問題になって来る。何と言っても共にGⅠ馬であり将来を期待されている繁殖牝馬である。合わせて北川牧場としても収益的にもぜひ仔馬を期待したい。それ故に何かと試行錯誤していた。
「ヒメはすくすく育っているんだけどなあ」
ミナミベレディーの移動に合わせて一緒にヒメも十勝川ファームへと移動していた。そして、そのヒメは母馬であるミナミベレディーの周りを元気に駆け回っている。
「そうね、まだ解らないけど丈夫そうだし、期待したいわね」
「うん、ぜひ桜花賞を走って欲しい!」
そう告げる桜花の表情は真剣其の物であり、決して冗談交じりに口にしている訳ではない。そんな娘の表情を見ていた恵美子は、思わず笑い声を零してしまう。
「フ、フフフ」
「お母さん、何で笑うの!」
桜花は母親の笑い声に、思いっきり不服がありますと表情と声で主張する。
「あら、ごめんなさい。ふふふ、うちの牧場で桜花賞って言う様になるなんてって思わずそう思ったの。凄いわねえ、昔なら考えもしなかったわ」
「う~~~、そうだけど、トッコの子だよ? 期待できるよ?」
「ええ、そうね。期待しましょう。何と言ってもトッコの子ですからね。でも、そうなると今年の種付けも期待したいのだけど、困ったわねぇ」
「うん、やっぱりタンポポチャの所へ連れて行かない?」
「そうねえ」
実際の所、今回の放牧には十勝川の意向も多分に反映されていた。ただ、その意向自体は北川牧場としても悪い話では無く、今後の事を考えれば十勝川との関係を深める意味で意義は大きい。
その為、吟味に吟味を重ねた結果ミナミベレディーのお相手候補に躍り出たのがトカチシルバーである。一定の産駒実績を持っており距離適性的にも悪くはない。また、価格的にも手頃感があり後はミナミベレディー次第であった。トカチマジックは種付料という点では中々に高めで候補から外された経緯がある。
「ミユキ達はもう終わって牧場に帰ったのになあ。上手くすれば釣られてくれるって期待したのに」
「他の牝馬に影響を受けたって言うわけじゃないのかしら? そこも検証しないとよね」
そんな十勝川ファームでのお見合いも兼ねた放牧であったのだが、残念ながら肝心の2頭には実を結びそうな気配が無かった。
昨年のミナミベレディーにはタンポポチャの発情が影響したと考えると、タンポポチャの種付けが終わってしまえば重要な機会が無くなってしまう。ミナミベレディーの産駒には、自分達だけではなくミナミベレディーを取り巻く人達みんなの期待が集まっている。それ故に失敗できないプレッシャーは重圧として圧し掛かって来ており、少しでも可能性を上げるために悩む二人であった。
◇◇◇
娘が生まれて暫くは娘に掛りっきりだった私ですが、漸く娘が居る生活に馴染んできました。既に引退してしまって暇な時間ばかりなので、娘が居る事で色々と気分転換が出来て楽しいくらいです。
そんな娘ですが、生まれて来た時には脚も細くて小さかったんですよね。勿論、まだ生まれて1か月くらいなので小さいままなんですが、それでも元気に私の周りを駆けている姿を見て安心出来るようになって来ました。最初はヨロヨロ歩いている感じだったので、転ばないか心配していたんです。仔馬の成長って凄いですね。
「ブルルルルン」(元気に育つんですよ~)
「プヒュヒュン」
母乳を飲み終わった娘に声を掛けると、ちゃんと返事を返してくれます。うん、可愛いですよね? 余りの可愛さに思わず顔をスリスリしてあげます。
「ブフフフフン」(頑張って大きくなるんですよ)
「プフフフン」
残念ながら何を言っているかは解らないのですが、それでも会話が出来ているのが嬉しいのです。
そんな、のんびりした日常ですが、ここ最近は何やらバタバタとしていました。娘を連れて他の牧場に遊びに来ることになったんです。
また牧場で工事をするのでしょうか? 昔に比べて色々と変わりましたもんね。お馬さんは繊細ですから工事の音とかストレスになりそうですよね? 何をしているか理解できる私と違って、お馬さんだと大きな音とか怖いだけですからね。
私と娘がお出かけする前に、先にお姉さん達が子供を連れてお出かけしていました。私達はお姉さん達を追いかけて今いる牧場にやって来たんです。ただ、お姉さん達は昨日また馬運車で運ばれていっちゃいました。
う~ん、工事が終わってお家に帰ったのかな? 私達は今日くらいに移動?
この牧場も悪くはないのですが、やっぱり実家が一番安心できます。桜花ちゃんが様子を見に来てくれたりしますけど、残念ながら他人の牧場だからか一緒に遊べません。
「ブルルルルン」(駆けっこくらいしたいですねえ)
そう言いながらも子供がまだ幼いですから私は駆け回れないんですけどね。娘は私が走り出すと慌てて追いかけて来ますが、まだ走り方がぎこち無いのです。それに何と言っても母乳しか飲めませんから。
「ブヒヒヒン」(元気に育ってくれると嬉しいのですが)
私の周りをウロウロとしている娘を見ながら、思わずその将来を心配しちゃいます。
「トッコ~~~」
そんな風にのんびりしていると桜花ちゃんの呼び声が聞こえてきました。声の聞こえた方を見ると柵の所に桜花ちゃんが居ました。
「ブフフフフン」(桜花ちゃんだ~)
娘が居るのでゆっくりと歩いて移動して、桜花ちゃんにスリスリします。
「うん、トッコもヒメも元気そうだね」
「ブヒヒヒン」(うん、二人とも元気だよ~)
氷砂糖をまず貰って、お口の中でコロコロと転がします。そんな私のモゴモゴしているお口の上を撫でながら、桜花ちゃんが話しかけてきました。
「うん、ちゃんとリラックス出来ているよね。ヒメも落ち着いているし」
「ブフフフン」(うん、大丈夫)
桜花ちゃんは心配しますけど、別に何か困ったことがある訳じゃ無いのですよね。放牧されてのんびりとしているだけですから。
「う~ん、何でかなあ?」
桜花ちゃんはブツブツと何か呟きながら私の全身を見ま渡します。
何でしょうか? 若しかしたら又レースでも走るのでしょうか? ただ、既に引退した身ですし、今走ると……うん、ヒヨリには絶対に勝てませんよ?
今年、引退したばかりのヒヨリなのです。一番現役に近いと言いますか、私のお腹の問題と言いますか、認めたくは無いのですが運動不足は間違いないのです。悔しいですけど体型的にもヒヨリの方がスリムなのです。でも、一月くらい時間が有れば元に戻りますよね? 前にも似たような事があったと思うんです。
「ブルルルルン」(もう少し後にしない? 一月か二月程後に)
流石に来週とかだと準備が間に合わないのです。娘が見ている前で無様に負けるのは何としても避けたいんです。
「うんうん、大丈夫だよ。トッコは元気そうだね」
「ブルルルルン」(走るの? レースがあるの?)
走ること自体は嫌いじゃないのですよ? ただ、何事も準備というのがあってですね。
残念ながら私の訴えは桜花ちゃんには伝わっていないみたいです。桜花ちゃんは必死に訴える私の鼻先を撫でながら、視線は娘へと注がれています。
「ブフフフン」(娘ちゃんがどうかした?)
ちょこちょこと私の周りを可愛く跳ねている娘を見ていた桜花ちゃんは、次に私をじっと見ます。
「トッコ? ヒメにピョンピョンダンス教えた?」
「ブヒヒヒン」(うん、可愛いでしょ?)
私はちょっと自慢気に胸を張ります。やっぱりアピール出来る特技は多い方が良いですよね?
「教えたのかあ。う~ん、まあ大南辺さんなら大丈夫かな」
ご主人様の名前が出て来て私は首を傾げます。
ここでご主人様の名前が出てくると言う事は、娘はご主人様が購入する事になったのかな? 前に私がアピールしたのが良かったかもしれません。娘は絶対に可愛くなりますし、頑張ってくれると思うんです。
「元気に育ってきているし、大丈夫かな?」
「ブフフフン」(大丈夫ですよ~)
「プヒュヒュン」
うん、娘も多分大丈夫って言ってますし、頑張ってくれると思うんです。
そんな感じで何かレースの事はうやむやで終わっちゃいました。
トッコさんにはお見合いとは隠しているんですよねw
ご機嫌が悪くなるので、色々とトッコさんの前では話題に注意している桜花ちゃん達でした。
ちなみに、種付けの時って仔馬も連れて行くんですよね? 色々と調べたんですけど、解らなかったので想像で書いていたりします。(おいマテ)
このお話は、フィクションなのです!




