閑話 トッコさんの娘自慢と大南辺さん
大南辺は、時間の都合をつけて北川牧場へと訪問していた。お目当ては勿論ミナミベレディーと、その産駒である。
「おお、元気に走っているな」
ミナミベレディーの初駒が生まれてから、既に3回目の訪問である。それ故に、お目当ての仔馬を直ぐに見つけ、元気に走り回る姿に思わず目を細める。
「まだ生まれて45日ですが、もう母馬と離れて遊びだしていますわ。トッコも漸く慣れて来たのか、今は遠目に眺めているだけですが、最初は仔馬の後を常に追いかけていました」
そう言って笑う恵美子だ。説明を受けながら仔馬を眺める大南辺は、時々頭を上げて仔馬を見るミナミベレディーへと視線を向ける。その横では、さも当たり前の様にサクラヒヨリが同じように生えている牧草を食べていた。
「それでも常に仔馬に気を配っていますね。私が来た事にも、気が付いていないみたいで」
「気が付けば、おやつ目当てで走って来ますわ」
恵美子が笑いながら言う通り、ミナミベレディーは大南辺が来ると真っ先に駆け寄って来る。まるで大南辺が持ってきた食べ物を、他の馬に横取りされないかと心配するかの様に。その癖、一緒に行動するサクラヒヨリや仔馬達には、キチンとお裾分けしようとする。もっとも、まず自分が最初に口にするのは変わらないのだが。
北川牧場でもニンジンやバナナなど、何方かと言うと価格が比較的リーズナブルなおやつが貰える。ただ、そう言った食べ物とは違い、大南辺は色々なホーストリーツや、ホーストリーツクッキーなどをお土産で持ってくる。ミナミベレディーにとって、普段とは違うおやつが貰える! そんな認識があるのだろう。
そんな大南辺が持って来てくれるおやつは、ミナミベレディーのみならず他の馬達にもご褒美として与えられる。ただ、仔馬や他の馬達は、おやつと大南辺の関係に気が付いていない為、依然としてミナミベレディー優位は揺るがないのだが。
そんな北川牧場では、ミナミベレディー以外の繁殖牝馬達も、今年は無事に出産を終えている。その為、現在5頭の仔馬達が放牧されていた。そんな仔馬達の中でも、恵美子の眼からしてもミナミベレディーが産んだ仔馬は、他の仔馬に比べて馬体も、気性的にも好印象である。それこそ、将来的には期待してしまう程に。
「ミナミベレディーの仔は、中々に期待できると思いますよ。ちょっとヤンチャっぽいですが、既に負けず嫌いな所も見せ始めてます。他の馬にも物おじしませんし、初駒で心配していましたが、良い意味で裏切られました」
まだ生まれて間もない仔馬達である。今後の成長次第ではあるが、母馬であるミナミベレディーは頑丈と言っても良いくらいに怪我とは無縁であった。サクラハキレイ血統の馬は、仕上がりが遅い傾向にはあるが、元気に6歳以降も走れる馬が多いと思われている。
特に結果を残している馬が牝馬であるが故に、サクラハキレイ達重賞馬は5歳や6歳で引退した。ただ、キタノオジョウサマの様に元気に走り続ける馬も居る事から、実際のピークは6歳以降の可能性すら否定できない。
「これは、中々にお値段を頑張らないといけませんね」
「あら、そんな心算はありませんでしたのに」
大南辺は、既に生まれた仔馬を購入する意思を示している。ただ、まだ具体的な価格交渉は始まっていない。その為、恵美子としては仔馬の好要素をしっかりと把握し、折に触れ大南辺に情報を伝えて行た。
大南辺としても、そろそろ金額提示しなければと思っている。特に、1500万円という金額でミナミベレディーを購入しているだけに、ある程度色を付けたいとも思っていた。ただ、そこは其れとして、大南辺も、そして北川牧場サイドとしても、では適正価格は? と言われると困惑してしまうのだ。
「ブヒヒン」(ご主人様だ!)
そろそろ価格をと大南辺が思っていると、馬の嘶きが聞こえた。大南辺が視線をミナミベレディーへと向けると、どうやら大南辺に気が付いたらしいミナミベレディーが此方へ駆け寄って来る。
「・・・・・・身軽さの欠片も感じないな」
ドスドスという音が聞こえて来そうなのは、現役時代と違う体形の所為だろうか。
「ブルルルルン」(わ~い、今日は何かな?)
「キュフフン」
ミナミベレディーが突然走り出した事に、サクラヒヨリが驚いた様子で眺めている。そして、直ぐに後を追いかけて来る。
大南辺の前まで来ると、ミナミベレディーは大南辺へと鼻を突き出しフンフンと匂いを嗅ぎだした。そんなミナミベレディーの後ろでは、サクラヒヨリがちょっと警戒した様子で大南辺を見ている。
「ベレディーは変わらないなあ。まあ、そこが可愛いのだが」
「ブフフフン」(わ~い、褒められた~)
お耳ピクピク、尻尾ブンブンさせてミナミベレディーが喜びを表す。
大南辺は鼻先を撫でながら、まずポケットに入れていた氷砂糖を取り出した。
「氷砂糖だぞ。馬房に戻ったらメロンが貰えるからな」
大南辺にしても、流石に放牧場にメロンをカットして持ってくることはない。それでも歓迎してくれるであろうミナミベレディーに何もあげないのは心苦しく、持ち運びしやすい氷砂糖を用意していた。
「ブヒヒヒヒヒン」(氷砂糖! それとメロン!)
氷砂糖を口に入れ、大喜びでピョンピョンと言うには少々語弊のあるダンスを踊るミナミベレディー。そんな母馬の様子に気が付いたのか、それともお腹が空いたのか、仔馬が慌てた様子で駆け寄って来る。
◆◆◆
何時の間にか、放牧地の柵の所にご主人様が居ました。ご主人様は必ず何か食べ物を持って来てくれるので、私は慌てて駆け寄ります。ただ、多分ですけど馬房に戻らないと食べられないかな?
私がご主人様の所へと向かうと、私を追いかけてヒヨリもやって来ます。更には娘も私を追いかけて来ました。ただですね、まだ娘は子供なので私の母乳しか飲めないのです。その為、氷砂糖や、メロンが貰えても、お裾分けは出来ないんですよね。
「うんうん、ベレディーに似て、仔馬も可愛いですね」
「ありがとうございます。ミナミベレディー20※※は、トッコに似たのか物怖じしませんし、今年生まれた仔馬の中でも1番活発ですわ。率先して遊びに巻き込んでいく所もありますし、本当に期待できると思います」
ご主人様に、桜花ちゃんのお母さんが話しかけています。仔馬ちゃんを褒められて、私も嬉しくて尻尾ブンブンですよ!
「ブヒヒヒヒン」(うちの娘は可愛いの~)
ヒカリお姉さん達の産んだ仔馬と比べても、親馬鹿かもしれませんけど、頑張ってくれると思うんです。まだまだ生まれて間もないので、無理はさせられませんけどね。
「ミナミベレディーの仔ですから、勿論期待していますよ。まあ母馬が優秀だからと言って、走るとは限らないのが競馬ですが、それでも期待してしまいますね」
ご主人様がそう言って娘を見ますけど、娘は周りの状況など関係ないみたいで母乳を必死に飲んでいます。
良く飲んで、いっぱい走ってが基本ですからね。グルーミングしてあげたいのですが、お口の中にまだ氷砂糖が残ってるんです。それに、今体勢を変えると、母乳が飲めなくなりますからね。
「ベレディーもしっかり母親をしていますね。そこも安心しました」
「癖は強いですけど、気性は穏やかなトッコですから。生まれて来た仔も牝馬なので、期待しているんですよ」
北川牧場産駒は、創業時から何故か牝馬が優秀な牧場だった。それ故に、やはり牝馬が生まれてくれる方が嬉しい。周囲の競馬関係者からは、種牡馬となり得る牡馬を期待する声の方が強いのではあるが。
「ちなみに、この仔馬は何と呼ばれているのですか? 流石にミナミベレディー20※※ではないでしょう?」
「あら。ふふ、そうですね。桜花はヒメって呼んでますわ。ただ、私達が馬名を決められませんから、トッコと同じ幼名みたいなものです」
成程、という事はまだ娘は誰にも購入されていないのですか。困りましたね。売れ残ったらどうなるのでしょう? そう言えば、私も危なく売れ残りかけたんですよね? ちょっと心配になって来ちゃいました。
「ブヒヒヒヒヒン」(うちの娘は頑張るよ? お買い得ですよ?)
ご主人様に、せっせと売り込みます。
「ブルルルルン」(ほら、貴方も自分を売り込むのですよ?)
暢気に母乳を飲んでいる娘を見て、頑張ってアピールする様に言います。
「プフフフン」
駄目ですね。娘の言葉が判りません。これは早急にピョンピョンダンスくらいは身に付けさせないと駄目でしょうか? アピールするには最適だと思うんです。
「おや、何かベレディーが仔馬に話しかけていますね。いったいどんな話をしているのか」
「ブヒヒヒン」(娘はアイドル級の可愛さですよ?)
私はせっせと娘を売り込みます。
「トッコは他の馬と比べても、子煩悩な感じはあります。母馬のキレイや姉達とはまた違った感じですが、トッコだけでなくヒヨリも居ますから」
「よし、戻りましょうか。打ち合わせをさせて頂かないとなりませんからな」
「ブフフフフン」(ご主人様、娘はお買い得ですよ~~)
私が必死にご主人様に売り込むんですが、私の鼻先をポンポンして立ち去っちゃいました。でも、ご主人様だから、きっと娘を購入してくれますよね? 娘の事を可愛いって言ってくれてましたし。
う~ん、悩んでると頭が疲れて来ます。糖分が不足するんです。なので、メロンが貰えると思うと、早く馬房に帰りたくなりますね。
「ブルルルルン」(ヒヨリもメロンが食べられるよ)
「キュフフン」
ご主人様達が立ち去った事で、警戒心バリバリだったヒヨリも落ち着いた感じを見せています。娘が生まれてから、何かすっごく周りを警戒するようになったんですけど、その姿が仔馬の居る時のお母さんみたいです。
私も放牧に帰ってきた時に、良くお母さんから威嚇されましたよ。
「ブフフフン」(貴方は、まずダンスを覚えましょうね)
「プヒュン」
私は隣にいる娘をハムハムしながら、この仔をどうやって育てるか悩むのでした。
改訂版を書いていると、色々とお話が思い付いちゃうんですよね。
ただ、トッコさん周辺の人のお話が主になって、トッコさん成分が不足していくのですw
と言う事で、トッコさんの閑話を書いてみました!




