258:サクラフィナーレと中山牝馬ステークス
啓蟄も過ぎ、虫だけでなく生き物たちの活動が活発になる3月。GⅠレースに向けて3歳馬達の前哨戦が残り少なくなる中、古馬達の戦いもまた佳境を迎える。
今年もまたドバイワールドカップデーが3月末に開催される為、出走予定である馬達は検疫に入っている。今年は、ドバイシーマクラシックには昨年2着のプリンセスフラウ、2冠馬のマナマクリールが出走する。また、ドバイターフも含めそれ以外のレースにおいても、それぞれ日本のGⅠ馬を含め複数頭出走する。
そんな中、日本国内で注目となるのはGⅠ芝2000mで争われる大阪杯。一昨年、昨年と連覇を果たしたトカチマジックは有馬記念で引退。2冠馬マナマクリールはドバイシーマクラシックへ出走という事で暫定1番人気はサウテンサン、それも日々変動する大混戦となっていた。
「サクラヒヨリが前哨戦をせず、大阪杯から出走を決めるとは思わなかったな。まあ、ミナミベレディーと違い前哨戦でこける可能性は少ない馬だからな。大阪杯から春天、宝塚記念とGⅠ3連戦か。まあ負担が大きいレースばかりだ、牝馬だし仕方が無いんだろうな」
大南辺は、大阪杯の予想を見ながら更にはサクラフィナーレの出走予定、先日GⅢを勝利したプリンセスミカミの情報は無いかなど競馬雑誌の隅から隅まで目を通す。それこそ、ミナミベレディーの記事が何処かに無いかも含めて隅から隅まで目を通している。
「今週は、ミナミベレディーの話は何処にもないなあ」
年が明け、大きな話題が一段落したからこそ競馬雑誌ではミナミベレディーの特集が組まれた。特集ではミナミベレディーの放牧の様子や、サクラハキレイ産駒達と仲良く過ごしている写真などが掲載され、2月に入ってからも第二段として北川牧場へ輸送された直後のミナミベレディーの様子など、未だに競馬雑誌に話題を提供している。
大南辺がリビングで競馬雑誌を手に、現役続行を決定したライバル達の今年動向を確認していると、その様子を鬱陶し気に眺める妻、道子の姿があった。
「貴方、そんな所で未練がましく競馬雑誌を見ないで! せっかくの休みなんですから、ゴルフなり何処かへ出かけたらどうなの? ここ最近は休みでも何処にも出かけて無いじゃない」
そう言う道子であるが、こちらも珍しく何処かへ出かける様な装いではない。
「そうだなあ。あ~~~、そういえば去年の今頃はドバイへ向かう為にバタバタしていたんだよな。まだ、あれから1年しか過ぎていないのか」
ここ最近の大南辺は、思いっきりミナミベレディーロスを罹っていた。何かをする意欲が無く、休みは家でゴロゴロしている事が多い。
「土日に北海道へ行ってくれば良いじゃない。愛しのベレディーちゃんがいるわよ? それに、貴方の所有馬はまだキラリがいるでしょ? あの子だってハネダ何たらの血統で期待できるって言ってたじゃない」
大南辺が所有しているミナミベキラリは1勝を挙げているのだが、そこから2勝目が中々に遠く4歳になった今も1勝クラスで頑張っている。しかし、ここ最近は勝ち負けどころか掲示板内にも入れないレースが続いていた。
そして、それ以外の所有馬2頭はすでに引退してしまっている。
「勿論キラリも可愛い馬だぞ。ただなあ、やっぱり勝ち負けが期待できるのと、出来ないのでは違うんだよ」
ミナミベレディーで重賞を勝ち、更には常に勝利が期待できるレースを見続けてしまったが故に、大南辺の競馬に対して満足できるハードルが跳ね上がってしまっていた。もっとも、それであってもミナミベキラリの出走レースは可能な限り競馬場へ足を運んでいるのだが。
「ベレディーちゃんの産駒を買うんでしょ? 楽しみに待てばいいのよ。1年2年待つのは慣れているでしょ? それに、ベレディーちゃんの後を考えてキラリちゃんを買ったんでしょ? なら我慢してください!」
仕事においても結果が出るまでに1年や2年掛かる事などザラにある。それどころか、1年や2年で結果が出る事など珍しいくらいだった。それに、確かにサクラハキレイ産駒が買えなかったからこそ大南辺はミナミベキラリを購入していたのだ。
「よし、今から中山競馬場へ行ってくる。メインの中山牝馬にサクラフィナーレが出走するから桜川さんとも会えるだろう」
そう言うとさっそく準備を始める大南辺を、道子は苦笑を浮かべて手伝うのだった。
そして昼過ぎに中山競馬場に大南辺が到着すると、中山競馬場では第9レースに出走する馬達がパドックを周回している所だった。
「まだメインレースまでには時間があるか」
手にした雑誌を見ると、サクラフィナーレはトップハンデの57kgを背負う事となっている。それもあってか、桜花賞以降のレースで勝ち切れていない事も合わさりサクラフィナーレは3番人気となっていた。
「人気は兎も角、ハンデがどう出るかだな」
中山牝馬ステークス、距離は芝1800m、更にはサクラハキレイ産駒と相性の良いレースいう事でもっと人気が出ても良いのだがと思う大南辺である。
「おや? 大南辺さんじゃないですか」
中山牝馬ステークスの出走表を眺めていると、突然声を掛けられた。
大南辺が顔を上げると、子供と手を繋いだ桜川の姿があった。
「桜川さん、ご無沙汰しています。今日はサクラフィナーレが中山牝馬ステークス出走という事で、ついつい足を延ばしてしまいました」
「態々ありがとうございます。いやあ、桜花賞を勝ってくれた以降、中々勝ちに恵まれませんから。相性の良い中山牝馬ステークスでと思ったんですよ。ただ予想通りトップハンデで、3番人気ですから競馬ファンも厳しいと思っているんでしょう」
そう言って苦笑を浮かべる桜川に、ついつい大南辺も苦笑を浮かべる。
「中山牝馬ステークスは、サクラハキレイ産駒にとって相性が良いはずなんですが。競馬ファンは中々にシビアですな」
「サクラハキレイ産駒が中山牝馬ステークスと相性が良いと思っているのは、私達くらいかもしれません。何せ桜花賞のインパクトが強すぎますから。それに、キレイ産駒が中山牝馬を勝ったのは5歳以降ですから」
大南辺の言葉に、笑いながらそう告げる桜川であった。
そして桜川と歓談した後、大南辺は予約した指定席で中山牝馬ステークスを観戦する。
「ふむ、サクラフィナーレも仕上がりは悪くなさそうだな」
ターフビジョンに映し出されるパドック。そこではサクラフィナーレがゆったりと引綱に引かれながら、パドックを回る様子が映し出されている。
出走馬16頭中、4歳馬は4頭のみ。1番人気に推されているのは6歳馬ファニーファニー、未だ重賞未勝利、同世代に強敵が多数存在したが故に能力がありながら勝ちに恵まれていない。
ある意味、時代に泣かされたと言っても良い一頭だ。
「ファニーファニー、アップルミカン、ピスタチオラテ、見覚えのある牝馬が多いな」
ミナミベレディーやサクラヒヨリと共に多くのレースを走って来た牝馬達。その牝馬達が5歳になり、6歳になり、それでもまだ走り続けている。
「結果を出さなければ、血統が優れていなければ生き残れない世界だからなあ」
そう考えれば、ミナミベレディーがサクラハキレイの血統に与えた恩恵は計り知れないのだろう。
本馬場入場を経て、各馬がゲートに納まる姿が見える。ターフビジョンの映像と、実況の声を聴きながら馬の様子を遠目に確認する。
『先頭は依然3番ファニーファニー、後続を3馬身程引き離して最後の直線に入った! 2番手にアップルミカン、そのすぐ後ろにサクラフィナーレ! 各馬直線に入って一斉に鞭が入る!
先頭はファニーファニー、木内騎手、鞭が入ってファニーファニーを追い立てる! ここで2番手に上がって来たのはやはりGⅠ馬サクラフィナーレ! 前を行くファニーファニーにジワジワと迫っていくが、ファニーファニーも懸命に粘る!
更に後方から上がって来たのは、ウインドセイバー! ここから前に届くのか! ファニーファニー粘る! サクラフィナーレ、懸命に前を追うが1馬身の差が詰まらない!
ファニーファニーだ! ファニーファニーだ! ファニーファニー! 終始先頭を走り先頭でゴール! サクラフィナーレは2着! 3着ウインドセイバー! ファニーファニー、中山牝馬ステークスを制し、重賞初制覇! 6歳になり初の重賞制覇! ミナミベレディー世代の意地を見せました!』
「あ~~~、サクラフィナーレは勝てなかったかあ。悪くないレース展開だったんだが、斤量差が大きかったか。ただ、ファニーファニーも頑張ったな」
何となく最後に失速するイメージがあったファニーファニーだが、最後の最後まで勢いを落とさずに粘り勝ちを収めた。サクラフィナーレは必死に追い込むが、1馬身差が縮まる事無く2着に終わってしまった。
牝馬限定戦であるが故に、サクラフィナーレはGⅠ馬という事も有りトップハンデの57kg、対してファニーファニーは55kg。斤量1kgで1馬身差とほぼ等しいと言われるだけに、同斤量であればサクラフィナーレが先着した可能性も無くはない。
「まあ、それも競馬だがな。まだサクラフィナーレも4歳だ、血統を考えれば5歳6歳だよな。ただ、勝つか負けるかの緊張感がやはり違うなあ。キラリもせめて掲示板に載ってくれればなあ」
ミナミベキラリのレースでは、終始後方で終わってしまう。その為、見ている大南辺としても、応援しようにも応援のしようがないのだ。
改めて競馬の厳しさを痛感しながらも、ゴール前で一喜一憂出来る楽しさを改めて痛感する大南辺でもあった。
啓蟄という言葉を知ったので、つい使いたくなっただけの始まりですw
フィナーレちゃんは厳しい状況が続きます、早く何処か重賞を勝ちたいですよね!




