160:忘れな草賞実況
『阪神競馬場3歳牝馬11頭で争われます芝2000m忘れな草賞、優先出走権はありませんが5月に行われるオークスの前哨戦の一つ。
本日このレースの後に行われます桜花賞、その桜花賞へ賞金加算が間に合わなかった、芝1600mが適正に合わなかった、様々な理由によって桜花賞の出走を回避した牝馬達がこの忘れな草賞を出走します。
今までにも、この忘れな草賞を経由してオークスを勝利した馬も生まれています。それだけに油断の出来ないレースと言っても良いかもしれません。
ここから一気に羽搏く宝石の原石、そんな牝馬が眠るこの忘れな草賞、花言葉は何と言っても私を忘れないで! まさにそんな思いを胸に若き牝馬達が駆け抜けます!
1番人気は2番アップルミカン、新馬戦、1勝馬戦と快勝して挑んだチューリップ賞では5着、しかしその可能性は重賞クラス、桜花賞を回避して芝2000m初挑戦のこの馬が本日どのようなレースを見せてくれるのか。
2番人気は7番バニラテイスト、前走芝1600mであるデイリー杯クイーンカップでは5着と敗れましたが、忘れな草賞で芝2000mになった事がどう結果に表れるのか。陣営の判断通りに距離が伸びる事でプラス条件となるのでしょうか?
3番人気のフラワカノン、新馬戦、1勝馬戦と2連勝、オークス馬プロファンデナの産駒という事も有り期待が・・・・・・』
レース前実況が始まる。場内はこの後に行われる桜花賞へと意識が向いている中、太田調教師は祈るような思いと、今のプリンセスミカミならばという期待の眼差しでモニターを見ている。
プリンセスミカミは5戦2勝と言いながらも、新馬戦2着、1勝馬戦で4着と6着、出走頭数の少ない馬の中での成績である為、いくら前走が12番人気からの1着であったとしても、まだまだ競馬ファン達の評価は厳しい。それであっても前走のレースの御蔭で今日は6番人気に推されていた。
「サクラハキレイ血統といっても、サクラハヒカリ産駒で重賞勝ちは居ないからな」
確か5歳馬でオープン馬になっている牝馬が1頭いるが、それ以外は1勝馬、2勝馬で占められていた。
それ故に、当初の期待は次第に不安に変わっていくが、パドックを周る馬達を見てもプリンセスミカミの仕上がりは悪くない事を確認し多少は気持ちを持ち直していた。
「悪くない、後はレース展開次第だな」
あまり展開に左右されない逃げ馬、先行馬であるミナミベレディー、サクラヒヨリと違いプリンセスミカミは差し馬だと太田調教師は思っていた。展開次第の先行でも問題は無いとは思うが、ここ最近のストライド走法とピッチ走法への切り替えなどは他の馬には無い武器になる。
前が壁になったり、馬群に囲まれれば勿論の事、肝心の末脚も不発に終われば大阪杯のサクラヒヨリのように成るのだろうが。
そして、モニターでは各馬が漸くゲートへと入っていく。
『各馬ゲートへ納まりまして、今スタートしました! ややバラついたスタート。
その中で内2頭が好スタート、好スタートを切った2番アップルミカンがそのまま先頭に、1番ユニコンミルルが半馬身後ろ、4番ハニーブレット3番手、4番手には6番プリンセスミカミ。
スタート直後の坂の影響か、全体的に各馬団子になって1コーナーへと入って・・・・・・。
各馬やや縦長になるも、全体的に固まった状態で向こう正面から間もなく3コーナー入って行くところ。
依然として先頭はアップルミカン、そのすぐ後ろにユニコンミルルは変わらない。
ここで各馬の動きが慌ただしくなってきた。中団につけていた11番グレードライトが外を回って一気に4番手迄順位を上げて行く、それに合わせるように9番ホシミルフィも上がって来た。
アップルミカン4コーナーを回って間もなく直線へ入る! ここにきてハニーブレットやや後退か! すぐ外をグレードライトが被せるように上がって来た。
各馬、鞭が入って最後の直線!
6番プリンセスミカミ前を走るユニコンミルル、ハニーブレットを交わしてグレードライトに並びかける! 坂に来てグレードライトの脚が止まったか! そのすぐ外からバニラテイストも果敢に上がって来た!
先頭はアップルミカン、懸命に粘る! 後方からプリンセスミカミ、更にはバニラテイストが襲い掛かる!
プリンセスミカミ先頭! 残り100mでアップルミカンを交わして頭一つ先頭に立ったか! その後方からバニラテイスト! しかしアップルミカンも懸命に粘る! どの馬が抜け出るのか! バニラテイスト前2頭に並びかけて行く! 壮絶な叩き合い!
プリンセスミカミ! プリンセスミカミが頭一つ突き抜けたままゴール! 2番手はアップルミカンが粘ったか! バニラテイストが差し切ったか! これは写真判定となります!
勝ったのはプリンセスミカミ! 浅井騎手に乗り替わって2連勝! 浅井騎手が大きく腕を突きあげました!』
太田調教師は、腕を突き上げた浅井騎手とプリンセスミカミを見て小さく安堵の溜息を吐く。
「勝てたな。浅井騎手もまずまずの騎乗だな」
そう口にしながらも浅井騎手の騎乗には満足している太田調教師だが、それを素直に表に出すタイプではない。この為、腕を組んでモニターをじっと見続けていた。
果たして刑部騎手の騎乗であれば勝てただろうか? 腕を突き上げた浅井騎手を見ながら、太田調教師はモニターの前で考え込む。
「次走はオークスだ。さて、どうするよ」
前走を含めプリンセスミカミと浅井騎手との相性は悪くない気はする。しかし、何と言ってもプリンセスミカミの次走はオークスだ。これがGⅢであれば浅井騎手に騎乗を依頼しただろう。
ただ、オークスとなればまさに格が違うのだ。勝てないにしても好走すれば良いが、ここで大きなミスをすれば下手すると浅井騎手の騎手生命すら脅かされる。ましてや、浅井騎手に騎乗依頼を出した太田調教師とて責任を問われかねない。
「これは真面目に困ったぞ。馬見調教師は良く鈴村騎手に依頼し続けたな」
鈴村騎手は今や海外を含めGⅠ9勝、昨年はリーディングでも上位に入り一流ジョッキーの仲間入りを果たしたと言っても良い。そんな鈴村騎手ではあるが、阪神2歳牝馬優駿でミナミベレディーの騎乗を依頼し騎乗ミスし、世論で大きく叩かれる事となった。
そして、同様に叩かれていた馬見調教師ではあるが、馬見調教師も、鈴村騎手も共に桜花賞でまさかの優勝を収め批判して来る者達を黙らせたのだった。
これで浅井騎手がGⅠを出走する権利が無ければともかく、乗り替わりから2戦2勝だ。オークスに出走するとなると判断に迷う。
「三上氏と相談だな。俺だけじゃあ判断できん。まあ、プリンセスミカミがオークスに出走できるかはこの後次第だが」
忘れな草賞を勝利し、獲得賞金的にもオークスに出走する権利は得た。ただ、肝心のプリンセスミカミが出走できる状態にあるかは別の話だった。
「1レース毎に体調を崩すからなぁ」
太田調教師にしては珍しく若干気弱な表情を浮かべながら、浅井騎手とプリンセスミカミを労い祝勝する為に、足早で移動を開始するのだった。
そして、太田調教師が表彰式の会場へと到着すると、満面の笑みを浮かべた三上氏が直ぐに声を掛けて来た。
「太田調教師、ありがとう! いやあ、聞いてはいましたがプリンセスミカミ、3歳になって花開いてきましたね」
「ありがとうございます。そしておめでとうございます。これで次走をどうするか、宜しければ後日打ち合わせさせて頂ければ」
太田調教師の言葉に、三上氏の笑顔が更に深くなる。
「ええ、ええ、楽しみにしておりますよ」
会話をする二人の前にプリンセスミカミが引綱に引かれてやって来るのが見えた。
ふむ、見た感じ異常は無さそうだな。
引かれて来るプリンセスミカミは、若干疲れたような様子を見せるも大人しくしている。
「うんうん、何かオープン馬って雰囲気がしてきましたね」
三上氏の思いっきり色眼鏡を掛けた言葉を、内心苦笑を浮かべ聞いていた太田調教師。
ただ、そう言われると何となく雰囲気が変わったような気もしなくもない。そんな自分に苦笑を浮かべながら、インタビューを終えた浅井騎手がやってくるのを出迎えるのだった。




