159:プリンセスミカミと忘れな草賞
桜花賞当日、美佳はマイクを手に阪神競馬場にいた。
「間もなく阪神競馬場第9レースが開催されようとしています~。11頭の3歳牝馬で争われるこのレースですが、芝2000mという事で美佳の注目は何と言ってもプリンセスミカミです! 前走のアルメリア賞は乗り替わりで浅井騎手が騎乗して、何と12番人気で1着! 凄かったですね!
所属の太田調教師にお話を聞いた所、やはり何と言ってもサクラハキレイ血統という事で仕上がりが遅い傾向にあるとの事でしたが、3歳になって漸く仕上がって来たとの事です。
先程パドックを回るプリンセスミカミを見ましたが、今までと違って落ち着いた様子で騎手の指示に従っていました。浅井騎手とのコンビを組んでまだ僅か2回ですが、私が思わず見入っちゃうくらいに、絆みたいなのが出来始めているのを感じちゃいました!
今日は本当に勝ち負けは行けますよ! プリンセスミカミちゃんは6番人気ですから穴狙いで買いですよ!
それとですね、この後行われる桜花賞ではミナミベレディーとサクラヒヨリの全妹、サクラフィナーレが前馬未踏の姉妹で3年連続桜花賞勝利を掛けて出走しますよね。
プリンセスミカミはこのサクラフィナーレの姪っ子さんなんですよ! フィナーレちゃんの桜花賞に向けての前哨戦、ここは期待しない訳無いですよね! 皆さん同じ思いなのか、5戦2勝という成績からは考えられない6番人気に支持されています! 皆さん判っていますよね? 是は買いですよ! という事で、美佳はこのプリミカちゃんを軸にしますよ!」
美佳独自の予想を交えての思いっきり偏ったレポートではあるが、これが視聴者にうけてこの4月からはレギュラーとして番組に出演する事となった。
実況をスタジオへと戻した美佳は、次のレースへ出場する馬が来るまでパドックで時間が空く。
その間にも、スタジオの様子をモニターで確認しながらではあるが。
レギュラー番組はありがたいなぁ。
音楽番組が少なく、コンサートなどのイベントでも其処迄集客力が高い訳では無い美佳だ。それ故に近年盛り上がっているクイズ番組などにも積極的に出演している。しかし、そこまで頭が良い訳でもなく、おバカキャラが出来るようなタイプでもない為に出演できる番組は限られていた。
「う~ん、先日のドバイの映像、どこまでお金になるかなぁ」
毎週放送される番組ではなく、今回は特集を組まれる事となっていた。その為、ある程度使用して貰えると思うのだが、まだその金額提示はされていない。もっとも、ドバイ渡航やかかった経費などが一転事務所経費になり、映像はあくまで事務所からの販売となった為に事務所の中抜きも結構あるだろうと余り期待が出来なくなってしまっていたのだが。
「あ、あそこにいるのは北川牧場の御主人ではないですか」
実際には桜川さんも武藤厩舎としてもゲンを担ぐ意味も含めて桜花ちゃんを招待したかったそうだ。ただ、残念ながらドバイへの長期渡航による皺寄せと、大学での実習などで招待できなかったそうだ。
「北川さん大丈夫かなあ」
今までの経緯を知っている美佳は、すでに挙動が怪しい北川牧場の主を心配しながらも、桜花ちゃんや奥さんならともかく、ご主人では映像的に今一つなので話を聞くのは表彰式の時にしようと決めるのだった。
◆◆◆
そして、そんな美佳が見守る先では、ゲート入りしたプリンセスミカミが今まさにスタートした所だった。
浅井騎手はまずまずのスタートを切る事が出来て、まず一つホッとする。
ゲートでは若干落ち着かない素振りを見せたプリンセスミカミだが、割とゲートを苦にしないタイプらしくすぐに落ち着きを取り戻した。そして、まずまずのスタートを切る事が出来た。
「うんうん、良い感じだね」
先頭を果敢に攻めて行くのは1番人気である2番アップルミカン、その後を1番ユニコンミルルが入り、4番ハニーブレットが並ぶように駆けて行く。内枠の3頭が先頭に立ち、プリンセスミカミは4番手に位置取る。
スタート直後に坂がある為、外枠の馬は中団から後方に控え、まだ3歳の牝馬達は勢いがつかない。この為、レース自体はややゆったり目のペースとなった。
「逃げ馬の勝率も結構高いんだよね。このレースは」
浅井騎手は前を走っている馬達の様子を見ながら、1コーナーへと入っていく。そして、プリンセスミカミの様子を確認する。
「うん、ご機嫌で走っているね」
調教で騎乗した感じでも、プリンセスミカミは何方かと言うと先行、または先行からの差しが合っているような気がしていた。これには恐らくドレッドサインの色が出ているのだろうと太田調教師も判断していた。
2コーナーを過ぎ向こう正面の直線に入る。馬群はそこまで縦長にならず、中団が団子のような状況にある。この為、この直線で前へと持ち出してくる馬達もいる。
「ここはまだ我慢だよね」
前走の走りでも、プリンセスミカミの最後の直線での伸びは大きい。特に坂になると走りが自然と小刻みになりよりスピードが増す。ただ、その分疲れるのが早く前走での手応えからも持って400m程と考えている。
「此処はしっかり息を入れておかないと、ただペースが遅いよねこれ」
その間にも後方から1頭並びかけて来る。
「3コーナーからの位置取りを気をつけないとだね」
浅井騎手はプリンセスミカミへ語り掛けながら、今後の展開をイメージする。
そして、プリンセスミカミが3コーナーへと入る時には先頭から6番手となっていた。
依然としてアップルミカンが先頭で3コーナーから4コーナーへと入ると、中団に付けていた馬も一斉に動きが活発化する。その間もプリンセスミカミはジッと脚を溜める為に前を走るユニコンミルルの後ろへと付けていた。
「前に押し出すよ」
そして、4コーナーから直線へ入る所で、浅井騎手は後方から上がってくる馬が途切れたタイミングで、前を走るユニコンミルルの外へと手綱を扱きながら被せて行った。この段階でプリンセスミカミは前から8頭目となっている。
まだ鞭を使う事無く、プリンセスミカミの行く気に任せてユニコンミルルを交わす。そして、やや外へと膨らみながら直線に入ると、ここで満を持して鞭を入れる。
「頑張って! こっから前を抜くよ!」
阪神競馬場の最後の直線は356.5Mと少し短い。それ故に、プリンセスミカミのピッチ走法で十二分にゴールまで届くと判断していた。
プリンセスミカミは鞭を受けて走りをピッチ走法へと変える。そして、初めはジワジワと加速を続け前の馬を交わしていく。
各馬横に大きく膨らんでの直線、プリンセスミカミは後退して来たハニーブレットと先程前へと押しだして行ったグレードライトの間に出来た隙間へと馬首を差し込み、そのまま一気に抜き去っていく。
「よし! 後は坂だよ! 頑張って!」
坂に入る所で浅井騎手は鞭を右手に持ち替えて再度数回鞭を入れる。鞭を入れる事で馬が寄れる事を考慮し、寄れるなら余裕のある外側へとの思いだった。
そして鞭を入れた後、浅井騎手は必死にプリンセスミカミの頭の上げ下げを補助する。
依然として先頭で粘りを見せるアップルミカンを坂の途中で漸く捉え、プリンセスミカミはそのままの勢いで突き放しにかかる。
「あと少し! 頑張れ!」
必死に腕でプリンセスミカミの頭を押し込みながら、ゴール板の位置を意識する。ただ、この時更に外側から1頭伸びて来る馬の姿も浅井騎手の視界に入っていた。
「もう少しだよ!」
必死にプリンセスミカミの頭の上げ下げを行うが、外から追い込んできた馬も勢いがある。
最後はゴール前での追い比べとなるが、プリンセスミカミは辛うじて頭一つで追い込みを凌いだのだった。
「よし! 勝ったよ!」
ゴールした瞬間、思わず浅井騎手は右手を高々と掲げていた。
普段は勝った時もどちらかと言えばあまりパフォーマンスをしない浅井騎手であったが、思わず右手を高々と掲げてしまう程に思い描いた通りの勝利であったのだった。
「ありがとう! 頑張ったね」
浅井騎手はプリンセスミカミの馬首を返し検量室の方へと馬を導きながら、その首筋を何度も何度も叩いて感謝を伝えたのだった。
ミカミちゃんは無事に忘れな草賞を勝利しました!
次走はどうかな? トッコ指導のお馬さんの中では珍しい鞭を使用するお馬さんなんですよね。
23日土曜日のお話は投稿済みです!




