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14:アルテミスS終了後の鈴村さんと桜花ちゃん

 アルテミスSを勝ち、それこそ騎手として2度目の重賞勝利に大喜びしても可笑しくないはずの鈴村であったが、表彰式後の検査でミナミベレディーに大きな問題が無い事を伝えられるまで喜ぶことが出来なかった。


 表彰式が終わり、勝利騎手インタビューが行われる最中もベレディーの状態が気になっていた。


「4年ぶり、2度目の重賞勝利を飾りました鈴村騎手です。今の心境はいかがでしょうか」


 鈴村にとってこの勝利者インタビューはあまり良い思い出は無い。4年前の中山金杯を勝利した時は舞い上がってしまって、後になってテレビで見た自分の様子に恥ずかしさでいっぱいだった。


「ミナミベレディーが当初から鼻を取りに行って、どうもパドックからタンポポチャ号と競り合っちゃったみたいなんです。それで最後まであんな大逃げのレースになってしまって、良く勝てたと言うのが正直な印象ですね。すべてはミナミベレディーが最後まで諦めずに粘ってくれたおかげです。逆に私は馬に与えた負担を考えると馬見先生にも、大南辺さんにも申し訳ない思いが強いですね。これで惨敗してたらと思うとぞっとします」


 2歳馬がするようなレースでは無かった。恐らく競馬関係者であれば皆がそう思う程に厳しいレースだったと思う。最終的にベレディーも、タンポポチャも大きな怪我が無くレースを終われたのは運が良かった。ただそれだけだった。騎乗していた自分がそれを一番知っている。


「それでも、念願の重賞勝利です。今年は勝鞍もすでに16と前年を超える数字を出されていますし、ファンの皆さんに復活をアピール出来たのではないでしょうか?」


 香織の思いとは裏腹に、インタビューは少しでも場を盛り上げようとしてくる。ただ、年間勝利数16勝で復活というのも如何な物かと思わず苦笑が浮かぶ。


「ミナミベレディーの新馬戦勝利から今年は始まっています。ミナミベレディーにはもう感謝しかありません。幸いミナミベレディーはレース後の検査で異常は見られませんでした。今後も、ファンの皆さんの期待に応えられるようにベレディー共々頑張っていきますので、応援よろしくお願いします!」


「久々の重賞を勝ちました鈴村騎手のインタビューでした」


 テレビ側としてはもっと私の感情が爆発したようなインタビューを聞きたかったのだと思う。

 ただ、今の私は早くベレディーの様子を確認したくて、インタビューに時間を割く事すら惜しい。


「先生、ベレディーの様子はどうでした!」


 馬房へと向かうと、馬見調教師が馬房の中のベレディーの様子を覗き込んでいるみたいだった。


「ああ、鈴村騎手、今日はお疲れさまでした。それとおめでとう、ありがとうと言うにはちょっと複雑なんでね。診断結果は問題なしだよ。まあコズミは出るんじゃないかな。厳しいレースだったからね」


 そう言って苦笑を浮かべる馬見調教師は、私に馬房の中を見るように促してきた。


ゴゴゴー、ピー、ゴゴゴ、ピー


 馬房の中では寝藁に思いっきり横たわったベレディーが、鼾をかいて寝ている姿があった。


「うわぁ、爆睡してますね」


「うん、さっき見て貰ったけど今の所は異常は無さそうだね。ただ、こんな様子だから美浦に戻るのは遅れそうだ」


 そう言って笑顔を浮かべる馬見調教師、その表情には多分に安堵の様子が含まれている。


「2歳馬に無理をさせすぎました。申し訳ありません」


「いや、騎手は何としてでも勝つために出来る事をしないと。見事に勝利した騎手に文句を言う調教師はいないよ。ましてや重賞だったらなおさらにね」


 どちらかと言うと騎手が言いそうなセリフで、調教師が言うセリフでは無いような気がする。


「そんな困ったような顔をされてもなぁ。ベレディーも異常なしだったんだ、GⅢの久しぶりの勝利、ゆっくりと噛み締めなさい」


 そう言って馬見調教師は恐らく撤収に時間が掛りそうな為、手続きへと向かっていった。


「ベレディー爆睡してるわね。でも良かったわ。どこも異常が無くて」


 レースが終わった時にベレディーが歩くのを嫌がった、あの瞬間を思い出すと背筋が寒くなる。


 そのベレディーの爆睡した姿を眺めながら今日のレースを振り返っていた鈴村は、1600mという距離を息抜く事無く走り切ったベレディーに対し、自分が思っている以上の能力があるのかもと嬉しくなってきた。


「そっか、本当にGⅢ勝ったんだ」


 デビューして6年、漸く手にしたGⅢの勝利、既に新人では無くなり騎乗機会が減り始めていた中での勝利は、自分の未来を保証してくれるように感じた。


「もっとも、そんなの幻でしかなかったんだけどね」


 確かに騎乗機会は増えはした。ただ、人気下位の馬が殆どで、オープン戦に騎乗する事すら殆ど無かった。そんな中で馬主や調教師の思惑あっての騎乗依頼であっても、この新たな機会と出会いを何とか物にしないと。


「ふふふ、貴方は私の王子様かもしれないわね。もっとも、牝馬だけどね」


 鈴村はただ爆睡するベレディーを眺め続けていた。


 その夜、鈴村は録画していた今日のレースを再度見直していた。


「うわ、ギリギリだよ。最後に良くもう一伸びしてくれたわ。明らかに最後の一ハロンはフラフラだったよね」


 最後は頭一つでの決着だった。この伸びが無ければ負けていただろうし、恐らくこの伸びを齎してくれたのは私ではなくタンポポチャとの意地の張り合いだったと思う。そのタンポポチャは結局3着に終わっていた。


「でもGⅢ勝ったんだなぁ。本当に勝てたんだなあ」


 少し引き攣った笑顔を浮かべながらインタビューを受けている自分を見ながら、今回は前回ほど変なことを言ってないなと安心する事が出来た。


「年内はもうレースは難しいだろうって言ってたよね」


 あの後、馬見調教師と大南辺さんと話をしていた時に次走の話が出た。

 そして、ベレディーの疲労具合から言って今年のレースはもう難しいとの判断を馬見調教師はしている。大南辺さんは阪神2歳牝馬優駿に未練を残しているみたいだったけど、恐らくは無いだろう。


「ベレディーにとってはやっぱり最低1800mは欲しいよね」


 録画を見終わって、香織はゴソゴソとベッドの中へと潜り込んだ。今日はもうゆっくりと寝よう。


「お休みベレディー」


◆◆◆


「にへへへへ」


 桜花は目の前にある一万円札の数を数えて悦に入っていた。


 今日トッコの出場したアルテミスSで、お母さんに頼みに頼み込んでお小遣いから1万円を応援馬券として単勝で購入していた。18頭中の7番人気、倍率はなんと17倍、今桜花の目の前には普段見る事の無い17万円ものお金が広がっていた。


「う~~~トッコ様様だよね。あ~~、何買おうかなあ」


 これでも花の女子高生。買いたい物を言い出したらそれこそ切りがない。もっとも、貧乏農場の一人娘である桜花は、幸いにしてブランドなどの知識も所有欲もない。


「自分の部屋にテレビが欲しいかも。あと3番組録画のブルーレイとか」


 お小遣いは月に5千円、お年玉は年に3万~5万。それが多いか少ないかは人それぞれだとは思うけど、学生といえども日々の付き合いに必要な出費は馬鹿にならないのだ。もっとも、ほぼ食費なのが桜花らしいといえば桜花らしいのだが。


 そんな桜花は東京のビジネスホテルにお母さんと同部屋である。温泉や大浴場など一切ついていない、まさにザ・ビジネスホテルといったホテルだった。部屋備え付けのお風呂に入っていた恵美子は、いまだにお金を眺めてニヤニヤしている娘を見て、その将来を心配する。


 この子もあの人みたいにギャンブル癖がついたりしないでしょうね?


 応援馬券とはいえ、娘の代わりに馬券を購入してあげた事にちょっと後悔する恵美子である。


「桜花、いい加減にしてちゃんとお財布にしまっておきなさい。なんならお母さんが預かってあげるわよ?」


「うぇ! だ、駄目! お母さんに預けたらそのまま貯金しちゃうもん」


 慌てて財布に仕舞おうとする桜花だったが、基本的に高校生が持つようなお財布に17万円は入らない。


「う・・・入りません」


 そんな娘に呆れながら、結局は封筒に入れなおして家まで恵美子が預かる事となった。


「お父さんとお母さんも応援馬券買ってたよね?」


「ええ、お母さんもあなたと同じ1万円買ったわよ。本当は5千円にしようかと思ってたけど、貴方に合わせておいて良かったわ」


 そう言って笑う恵美子に、ジリジリとすり寄って桜花は使い道を尋ねる。


「お母さんは使い道どうするの?」


「もうリンゴ一箱を馬見先生の所に送るように手配したわよ。何と言っても今回の功労者はトッコですからね。残りはトッコの為に貯金かしら?」


「ううう・・・・・・」


 母親の思わぬ正統派攻撃に桜花は黙り込むのだった。

GⅢで18頭中7番人気だと単勝の倍率は17倍くらいになるのでしょうか?

まさに何となくで倍率を設定しています><

みなさんのご指摘によって桜花ちゃんのお小遣いが増えたり減ったりするかもですw


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― 新着の感想 ―
[気になる点] パラレルワールドとしても、高校生が馬券を買うのは気になります。
[良い点] お馬さんが動かなくなったら焦りますよね 怪我かもしれませんし 痛くて騎手振り落とす子の方が多いですが中には騎手庇って頑張る子も居ますし トッコさんは気性的に後者の可能性高いしな しかしこの…
[一言] 父親はトッコの馬券買ったかな?笑
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