13:アルテミスS
『東京競馬場で行われますアルテミスS サラ系2歳牝馬限定 芝1600m ここ数日の好天に恵まれ、馬場は良、18頭の若き牝馬達によって・・・・・・』
パドックにどこからか聞こえてくるテレビの実況、そっか今日は1600mなんだと又もや違う出走距離にちょっと私は首を傾げます。それでも淡々とパドックを回り、いつもの様に他のお馬さんを見ながら強そうな馬、入れ込んでそうな馬などを見ていきます。
そして、騎手の人達が来て、騎乗してパドックから本場場へと移動しますが、今日は12番という事でのんびりと移動します。
何か前の方が賑やかでしたが、恐らく本場場に入ったのか静かになりました。ゲート前に移動していてちょっと吃驚したのは、なんと回る方向が今日は左回りみたいです。
「ブルルン」(聞いてないです)
練習で左回りばかりするなあとは思ったのですが、成程、そういう理由だったのですね。今更ですが納得しました。ゲート前にくると流石にタンポポチャさんも先程に比べれば落ち着いたみたいですが、それでも私を見た途端にまたブンブンと首を振り始めます。
「ブルルルン」(何か嫌われちゃいました)
ここまで嫌われる理由が良く判らないのですが、やはり先程の発言が問題なのでしょうか?
そんな間にも、何かいつもと違うファンファーレが聞こえて来ました。
「ベレディーは落ち着いてるわね。私はさっきから緊張してガチガチなのに。鞭を持ってたら落っことしそう」
私の首をポンポンしながら話す鈴村さんですが、うん、何か声が硬いです。
「プヒン?」(大丈夫?)
鈴村さんを見ようと頭を上げますが、流石の私の視界でも真後ろな為によく見えないですね。
「ベレディー、ごめん、心配させちゃったね」
ポンポンと私の首を叩く感じに少し柔らかさが出ました。大丈夫とは言えなさそうだけど、あとは私が頑張るよ!
ゲートに順番にお馬さん達が納まっていきます。いつもはゲートの中で他のお馬さんが納まるのを待つ感じだったので、なんとなく不思議な気持ちで自分の順番を待ちます。
「行くよ」
鈴村さんに促されて、私は素直に自分の枠に収まります。
でも、相変わらず横の方ではガンガンと音がしていますね。大丈夫なのでしょうか?
「そろそろだよ」
いつもの様に横目で係員さんの動きを見ながら、スタートの態勢をとりました。
ガシャン!
ゲートが大きな音を立てて開きます。そして、私はいつもの様に前へと飛び出しました。
「よし! 最高のスタートだよ!」
鈴村さんが私を褒めてくれますが、今日の私はいつもと違うのです。
私は長く続く直線を見ながら、どんどんと加速していきました。
「ちょ、ちょっと、ベレディー、どうしたの!」
普段とは違う私の加速に鈴村さんが慌てます。
あのね、よく考えたんだけど、最初から最後まで一番前で走れば勝ちだよね? 追い込みとか、差しとか関係なくぶっちぎっちゃえば良いのじゃない?
「うわぁ、掛かってる感じじゃ無いんだけど、ううう、こうなったら逃げるしかないか」
最初、手綱を引き絞った鈴村さんですが、イヤイヤする私の様子に手綱を緩めてくれました。普段から私に騎乗しているから、鈴村さんは私がしたい事を判ってくれたのかな? 鈴村さんはそのままゆったりとした騎乗態勢へと変更します。
うん、このまま先頭に・・・・・・何か内側においでですね。
予定では他のお馬さんをドンドン引き離して、そのままゴールする予定だったのです。末脚は負けるかもですが、持久力なら多分私が一番強いと思うんです。そんな私と競る様に内側に一頭・・・・・・あれ?
よく見るとタンポポチャさんですね。なぜそこにいるのですか?
「え? うそ! タンポポチャ掛かってる?」
鈴村さんの驚きの声に、チラリと横目でタンポポチャさんを見ると騎手の人が思いっきり手綱を引いてました。
あら? もしかして、私のせいですか?
私が横目でタンポポチャさんを見たのですが、その時に逆にタンポポチャさんの視線を私も感じました。
スススと内側へと体を寄せてコーナーのカーブへと備えるのですが。バシバシとタンポポチャさんの熱い眼差しが突き刺さる様に感じますね。
近寄りたくないです。でも、カーブなので近寄らないといけないのですよね。
タンポポチャさんに比べて半馬身程後ろへとつけて、並ぶようにしてコーナーを回り始めます。
この時、普通なら内側を絞るようにして身を寄せ、タンポポチャさんを膨らませないようにするところですが、お互いに中々の速度で突入したので当たり前ですが膨らみます。
「これって、持つの? どこかで息を入れないと」
鈴村さんがそう言ってクイクイっと手綱を引いて私に合図をします。
「どの道このまま走っても最後の伸びは無いか、ただ息が続かなくて止まっちゃうよ?」
相変わらず速度を落とさない私に対し鈴村さんはそう言いますが、何かレースよりタンポポチャさんとの一騎打ちみたいな感じになっていたりします。思いっきりライバル心剥き出しで睨んできますし、ここはきっちりとタンポポチャさんに勝っておかないと後がね。
「チッ駄目だわ、制御できん」
タンポポチャさんの騎手さんがどこか諦めた様子です。手綱ももう緩めています。今は出来るだけ馬に負担が掛からないように意識しているみたいです。
カーブが終わって直線へと向きました。ただ、当たり前ですがこっから再加速するなんて余裕は欠片も無いです。ただ、嫌らしい事にタンポポチャさんが併せ馬の様に私の方へと寄って来ました。
「こうなったら、このままゴール目指すよ! あと出来るだけ頭を上げ下げするんだよ!」
これは鈴村さんと一緒に練習している時に教わった事です。
首の上げ下げをする事で、体は自然と前に前にと進むそうです。
「タンポポも頑張れ! 負けるな!」
横でも既に鞭は意味が無いと思っているみたいで両手でタンポポチャさんの首の上げ下げを補助しているようです。
最後の直線をどれくらい進んだときでしょうか? 先程までは聞こえなかったドドドドという馬の足音が後方から聞こえ始めました。
「頑張れ! もう少しだよ!」
鈴村さんの声に応えたいのですが、ちょっと無謀だったかも? 段々と頭が上がり始めます。未だ経験したことが無いくらい息が苦しいです。
そんな時、ズルズルと横にいたタンポポチャさんが後退し始めました。
「タンポポ! あと少しだぞ!」
隣でも同様にそう励ましています。ただ、それでもこのまま下がっていくかと思った時、タンポポチャさんと再度視線が合わさった気がしました。
「うそ! また伸びて来た!」
私から半馬身は下がった状態のタンポポチャさんがじわじわと私に追いつき始めました。
ただ、その時の私はタンポポチャさんだけではなく、更に後方から近付いてきている足音に恐怖していました。
うわ~~~ん、負けたくないよ~~!
ドドドドドド
私の思いとは裏腹に、背後からの足音もどんどんと大きくなってきます。
再度必死に自分の意思で頭を上下に振ります。そして、後脚に力を入れて前に前にと跳ねるように進みます。ただただゴールを目指して進む私は横目で追いついてくる馬達への恐怖しかありません。
タンポポチャさんがまたジリジリと下がり始めます。
それとは逆に、外にいた馬がジリジリと上がってきます。
前ではなく、横に大きくなる馬体はすでに私と殆ど差が無く広がって見えます。
負けたくないよ~~~! 馬肉はいやだよ~~~!
大きく頭を上下に振って、少しでも前へと進もうとしました。
「勝った~~~~~! 勝った~~~~~! 勝ったよ~~~!」
その瞬間、突然に騎乗している鈴村さんの声が響き渡りました。
今まで必死に頭の上げ下げを手伝ってくれていた手は離れ、手綱は止まるように引かれています。
でもそれ以上に鈴村さんの叫び声が私にレースが終わったことを知らせてくれました。
「プヒ~~ン」(動きたくないよ~)
終わったと思った途端にどっと疲れが襲ってきました。
「ベレディー!」
鈴村さんが慌てて私から下馬して、私の足元の様子を確認します。
「痛いところはない? 大丈夫?」
鈴村さんが脚を順番に見て、大きな異常がない事を確認しています。
この時、遠目の観客席から何かすっごい叫び声が上がっていました。私は、その叫び声に何だろうと視線を向けます。すると、私同様にタンポポチャさんから騎手が下馬してタンポポチャさんの様子を見ているのが見えました。
「ブヒヒ~~ン!」
「ベレディー大丈夫? 痛いところはない?」
トットコと歩く私を横で見ながら、異常は無さそうだと鈴村さんは手綱を持って歩き出します。
そして私はタンポポチャさんの横に来て、タンポポチャさんの首をハムハムしました。
「ヒヒン」
うん、疲れたね。
何となくタンポポチャさんの言葉が判った気がします。
タンポポチャさんも私の首をハムハムしてくれますので、仲直りできたかな?
その後、私達がハムハムしてたら馬運車がやって来て検量室の傍まで運んでくれました。
私達の様子に、どうやら馬運車を呼んでくれたみたいです。
「鈴村、おめでとう!」
「GⅢ勝利おめでとう! しかし、キツイレースしたなあ」
「大逃げ勝利おめでとう! やったな!」
鈴村さんが色んな人から祝福を受けています。羨ましいですね!
「ブヒヒ~~ン!」(私も褒めて!)
フンフンと私がちょっと嫉妬していると、周りにいた人達が一斉に笑い声をあげて祝福と共に私の首をトントンしてくれました。その後、表彰台へと向かうと、馬主のおじさんだけでなく、制服姿の桜花ちゃんがいました。
「ヒン?」(なぜ制服?)
桜花ちゃんに会えた嬉しさより、わざわざ制服でいる事の方に違和感を感じちゃって会えた嬉しさがどっかいっちゃいましたよ?
「う~~~、こういう所に着てくる服なんか持ってないの! 制服がある意味ベストなの!」
私の問いかけの意味を何故か完全に理解して、桜花ちゃんは思いっきり頬を膨らませます。
でも、それも一瞬で満面の笑顔になりました。
「トッコ、GⅢ優勝おめでとう! すごいよ! 頑張ったね! ありがとうね!」
首に抱き着いて祝福してくれる桜花ちゃんに鼻をスリスリさせます。
「ちょ、ちょっと! 汚さないで! 鼻水ついてるから!」
何とも薄情な桜花ちゃんです。ただ、そう言えばこの後に記念撮影でしたね。桜花ちゃんごめんね。
みんなで記念撮影をしてて思ったのですけど、もうこんなにキツイレースは嫌だなぁ。
勝たせるか、勝たせないかですっごい葛藤が生まれるのです!
勿論、勝たせてあげたいけど、勝たせてあげたいけど!ってw
芝で1600m、大逃げで勝利というのは実際にあるみたいで、力尽きて負けるのも多いのでしょうけどね。
出走時の実況を入れるとすると、誰視点になるのでしょうか?
実況を思いっきり入れそこないましたね・・・・・・




