120:有馬記念 前編?
好スタートを切れた私は、そのまま何時ものように前へ進みながら内側へと入っていきます。
ただ、今回は内側にもう一頭のお馬さんが、私と遜色無いくらいに好スタートを切っていました。
「プリンセスフラウも好スタートね。無理して先頭争いをしなくていいよ」
鈴村さんの声で、私はそのプリンセスフラウさんの後ろに入ります。ただ、どうやらプリンセスフラウさんはこのまま逃げに入るみたいで、鞍上の騎手さんは手綱を扱いて前へ前へと走らせています。
そういえば、このお馬さんとは結構同じレースで走ってたかな?
私が覚えているくらいだから、結構ご一緒しているのでしょう。
どこかで仲良くなれると良いなぁ。
タンポポチャさんとは中々同じレースになれないので、ちょっと寂しいのですよね。ただ、タンポポチャさんと一緒のレースで仲良くしていると、タンポポチャさんが焼き餅を焼きそうで怖いんです。
そんな事を思っている間に、プリンセスフラウさんは私より更に3馬身くらい前に行っちゃいました。
「逃げかあ、エリザベス女王杯の再現を狙っているのかな」
鈴村さんが鞍上で呟くのです。ただ、あのレースは私もモニターが大きくなったので何となく見たのと、タンポポチャさんの蹄の音とかも聞いたので判るのですが、タンポポチャさん本気で走ってなかったんですよね。
スタートからカーブに沿って走っているうちに、何となくお馬さん達の位置取りが決まったのかな?
私は先頭のプリンセスフラウさんの後ろ2番手に、当初鈴村さんが言っていたみたいに競り駆けて来るお馬さんはいませんでしたね。
最初の正面直線に向かう所で、少し後ろを気にしてみます。というか、タンポポチャさんは何処かな? と思いながら見たのですが、ぱっと見では判りませんでした。
う~ん、せっかくのお祭りだし、久しぶりに一緒のレースなんだから最後の直線でよーいドンとか楽しいかも?
そんな事を思いながら走っていると、前のお馬さんは更に前に行っちゃいました。私が持久走とかで走った感じってこんなのかな?
あれって後半がキツイのよね~。
そんな事を思っていたら、正面の坂に入った所で後ろからお馬さんが早くも上がって来ました。
「うそ! ヒガシノルーンがもう上がって来たの?」
鈴村さんが知っているお馬さんかな? 私は記憶にないですよ?
そう思っている間に、後ろから上がって来たお馬さんはさっさと私をかわして2番手につきます。でも、私の前に入った所でスピードを緩めました。
その間にも後ろから蹄の音が聞こえて来ます。ただ、これって蓋をされちゃうから昔に負けちゃったレースみたいになる? でも、ここでタンポポチャさんを待つのも良いかな?
「トカチマジックも上がって来るね。プリンセスフラウよりベレディーを押さえに来た?」
でも、ここでまたカーブに入ります。ただ、このコース何処かで知っているような? さっきの直線の坂がすっごく嫌ですね。ただあんまりレースの印象は薄いので、不思議ですね? 何か他に気になる事でもあったかな?
その間に、後ろから来たお馬さんは私の後ろにピッタリとつきます。
うん、しっかり見ていないですけど、きっと牡馬ですね。またもやストーカーさんが現れました。後ろにピッタリ入る感じとか、もしかして慣れてます? ベテランのストーカー・・・・・・嫌ですねそれ。
「後ろでピッタリマークしてくるかあ、後ろ正面で蓋してきそう。ヒガシノルーンもプリンセスフラウに競りに行かないし、危険かな」
鈴村さんがブツブツ呟いて状況を教えてくれます。成程、そうなんですね。でも、どうせならタンポポチャさんが来て欲しいです。
向こう正面の直線に入る前に後方をまたチラッと確認したんですが、タンポポチャさんは私から更に5、6頭は後ろにいます。でも、私が見た事に何となく気が付いた感じです? 私の勝手な思い込みでしょうか? でも、一瞬ですが視線が合った気がしました。
向こう正面に入っても前に付けたお馬さんは淡々と走っています。その前のプリンセスさん? はどうかな、更に5馬身は先を走ってるかな?
ここで恐らく息を入れるのかな? 今日はあんまり無理していないからか、私はまだ余裕があるんですよね。そう考えると前のお馬さんを抜いちゃっていた方が走りやすい? 普段だとそう思うんですけど、タンポポチャさんも気になるんですよね。
せっかくのお祭りですし、せめて最後の直線でくらい並んで走りたいですよね?
私がそんな事を思っていると、鈴村さんはやっぱり後ろのお馬さんを警戒して、前のお馬さんを抜くように手綱を動かします。
そして、私はそのまま指示に従って前のお馬さんの前に出ようとしたのですが、それに合わせて逆に前のお馬さんもスピードを上げました。
「やっぱりベレディーに抜かせないつもりだね」
う~ん、後ろのお馬さんもスピードを上げたみたいですし、何か中途半端な感じになっちゃいました?
前のお馬さんは抜けず、後ろのお馬さんはそのまま私に追走する様に付いてきます。
ただ、先頭を走っているプリンセスさんとの距離は縮まりました。このままみんなでお団子状態で最後のカーブに入るのかな?
◆◆◆
タンポポチャはまずまずのスタートを切れた。
鷹騎手の想定通り、プリンセスフラウが逃げを打ち先頭に立つ。そして、その後ろにミナミベレディーが追走している。ただ、ここで予想外なのはミナミベレディーがプリンセスフラウに競りに行かない事だった。
「ミナミベレディーは好位からの差し狙いか?」
先日のエリザベス女王杯、その前の春の天皇賞、ともに鷹騎手が感じたのはプリンセスフラウの逃げはミナミベレディーと比べても遜色ないものであるという事であった。
そして、今までミナミベレディーが勝てていたのは、ミナミベレディーが高速レースへと持ち込んでの持久力勝負であり、最後の粘りという部分においてはミナミベレディーが頭一つ抜け出しているからだと思っている。
「レース自体は平均ペースか。楽しくなって来たな」
先頭を走るプリンセスフラウだが、向こう正面に入るとしっかりとペースを落とし息を入れている。この為、全体的にレースは平均ペースとなっていた。
鷹騎手として1番恐れていたのはプリンセスフラウとミナミベレディーが競り合いながら2500Mを駆け抜ける事であった。芝2500Mを息を入れずに走り切るなど普通は有り得ない事だが、肝心の馬がミナミベレディーとなると不安を感じる。この事自体が他の馬達の本来のペースを乱し、勝利を逃す原因だと感じていた。
そして、今のペース、状況であればタンポポチャであってもワンチャンスある。
「しかし、ミナミベレディーは前を走るプリンセスフラウなどでは無く、タンポポチャを警戒しているように見えるな。やはり最後はこの2頭での勝負となるか」
鷹騎手は、自分がまるで物語の登場人物に成ったような気持ちになる。
そして、その物語の主人公はタンポポチャであり、ミナミベレディーなのだろう。ファイアスピリットでもなく、ヒガシノルーンでもなく、それこそトカチマジックやプリンセスフラウでもない。
「タンポポチャが有馬記念を走る事は、初めから決められていたのかもしれないな」
磯貝調教師が必死に回避しようとした。鷹騎手も同様に、タンポポチャが有馬記念を出走する意味が無い事をしっかりと説明した。それでも、普段は冷静に判断する花崎の意志を変えることは出来なかった。
エリザベス女王杯で2着になったから、1着であればそのまま引退だった。そういう花崎だったが、タンポポチャはなぜエリザベス女王杯で全力を出さなかったのか。それは、やはりこの有馬記念でミナミベレディーとの最後のレースを走るためだったのではないだろうか。
「であるならば、タンポポ、勝つぞ!」
今、鷹騎手は今、この展開で漸くタンポポチャを勝たせるための道が見え始めていた。
鷹騎手の思惑通りに行くのでしょうか?
立山騎手も虎視眈々と狙っていますし、プリンセスフラウだって負けてませんもんね。
ただ、トッコはなんか・・・・・・ねぇ?




