11:次走はアルテミスS(GⅢ)だそうです
馬運車で、えっちらおっちらやって来ました美浦トレーニングセンター。
馬見調教師の厩舎がある、本拠地と言えば良いのでしょうか? 蠣崎さんは私と一緒に馬運車で移動してきました。新幹線とかならもっと早く着くのでしょうが、お馬さんは乗れませんからね。
「よしよし、ゆっくりで良いぞ」
蠣崎さんの案内で馬運車を降りながら周りの様子に興味津々な私です。
「ブルルルン」(色んな匂いがする)
育成牧場もそうでしたが、それ以上に雑多な匂いが立ち込めていますね。キョロキョロと見渡せば、至る所にお馬さんや、大勢の人が行き来しています。忙しないですね。
「馬房に案内しておいてくれ、俺は事務所に行ってくる」
そう言って厩務員さんに私の引綱を渡した蠣崎さんは何処かへと歩いて行っちゃいました。
私は素直に厩務員さんに連れられて美浦の中を移動していきます。
「お? 見かけない馬だね。馬見さんの所の波多野君だったかな? そうすると、この馬はミナミベレディーかな?」
トコトコ歩いていると、知らないおじさんに声を掛けられます。
「プフン?」(誰?)
キョトンとした表情で知らないおじさんを見ていると、知らないおじさんはゆっくりとした動作で、私の横へとやってきて首を撫でてくれます。
「ほう、大人しいね。それに美人さんだ」
ゆっくりと首を撫でてくれながら、私の事を褒めてくれます。うん、この人は良い人です!
「あ、武藤調教師、お世話になっております」
厩務員が頭を下げているのです。調教師さんという事は、馬見調教師の同僚さんかな? それなら氷砂糖とか持ってないかな?
フンフンと調教師さんの匂いを嗅ぎますが、残念ながら何かをくれる気配はありません。
「おお、人懐っこいね」
「何かくれるんじゃないかって期待してるんですよ、ベレディーは食いしん坊ですから」
厩務員さんが笑うのですが、むぅ、タダで触らせてあげるほど私は安くないのですよ!
「おや? ご機嫌を損ねちゃったみたいだね。当面はうちの馬とレースが被らないと思うけど、お手柔らかにお願いするよ」
そう言って首をポンポンしていっちゃいましたが、何だったのでしょうか?
「さあベレディー行くよ。それにしても油断できない人だね、武藤さんは」
厩務員さんは何かブツブツ言っていますが、そんな事よりお腹が空いてきましたよ? 馬運車の飼葉って少ないのです。
厩舎の馬房へと案内されて、漸く人心地つきました。出して貰った飼葉もモリモリと食べます。
車の移動は馬になる前にも当たり前にありましたから、それ程には疲れは無いです。ただ、暇なのが玉に瑕ですね。早く走り回りたいのですが、これから診察があるそうです。
その後、お医者さんと調教師のおじさんが来て、更に鈴村さんもやって来て、満員御礼? 皆さんお久しぶりですね? でも、お土産持って来ても良いのですよ?
「移動の疲れは無さそうですね。次のレースまで少しありますから、ゆっくりと絞って行きましょう」
調教師のおじさんの言葉にみんなが頷きますが、私一人は憂鬱になります。絞るって言う事は調教が厳しくなって、ご飯も減るんだろうな。
「次走は10月末にあるアルテミスステークスで登録しました。悩みに悩んでの東京芝1600mですが、牝馬で1600はやはり一度は走らせておかないとの判断です。11月の牡馬と競わせるより牝馬限定で勝ちを狙います」
「やっぱりアルテミスSですか」
鈴村さんはちょっと黙り込んじゃいましたが、GⅢですか。これは判りますよ。お母さんやお姉さん達が勝ったレースですね。早くも挑戦ですか。とにかく頑張ろうと思います。
◆◆◆
美浦のトレセンへ来て既に2週間が過ぎた。ミナミベレディーは新しい環境にすんなり馴染んで、最近では周りに愛嬌を振りまいているそうだ。
そんなベレディーの調教をつけながら、香織はついついベレディーの次走に意識が向いてしまう。
アルテミスステークスかぁ、そうだよね。この時期で考えればそこしか無いと思う。
香織はミナミベレディーの調教をつけながら、次走に決まったレースへと思いを馳せる。
勝てないとは言わない。またもや牝馬限定だし、1600mは適正的にどうかと思うけど、2歳馬のレースは不確定要素が多い。その点で言えばベレディーはスタートも良いし不安の少ない馬だ。ただ、問題は対抗馬となる馬達か。
「有力馬が3頭かぁ、早熟の血統だし、騎手も鷹さんとかだしなぁ」
流石は重賞という所で、一流騎手と呼ばれる人たちが揃い踏みだ。その中で自分が勝てるかと言えば、自信など欠片も無い。馬よりも騎乗する騎手に委縮している香織だった。
「ブルルン?」(どうしたの?)
坂路を一本終えたベレディーは、私の様子が気になったのか耳をピクピクさせている。
「何でもないよ、いい感じだね」
「プヒヒ~~ン」(わ~~い、褒められた)
ベレディーは褒められるのが好きな馬だ。人の感情を良く読むので、そこは気をつけないといけない。
この美浦にきての調教で、決して他のオープン馬に比べて劣るという感じも無い。調教も嫌がらないし、人の指示に従順で騎乗しやすい。
「これで負けたら私の腕なんだろうなあ」
思わずそんな言葉が零れてしまう。
やはり久しぶりの重賞、それも勝てるかもしれない馬での騎乗。香織はこれ程のプレッシャーを久しく感じた事が無かった。いつも負けて仕方がない馬でどうやって勝つか、それが当たり前だったから。
「うわぁ、すっごいプレッシャーだよ」
「ブフフン?」(どうしたの?)
「ごめんね、何でもないよ」
ベレディーの首を撫でながら、次走の展開を考えるのだった。
◆◆◆
「やはり野路菊Sを勝ったタラントファインとクローバー賞勝馬のプロミネンスアローが要注意か。あとは新馬勝から上がって来たタンポポチャだな」
予定出走馬の登録票を見ながら、馬見調教師は顔を顰めている。
「普通野路菊S使ってここに出すか?」
「まあ間隔が短いと言えば短いですね。クローバーからなら判りますが、それ以上にタンポポチャが怖いですけどね。栗東から態々こっちに来ますし、勝つ気満々ですよ」
出走メンバーを見て、ミナミベレディーが劣るとは言えない。ただ、血統を考えれば早熟や早めの血統が有利なのは間違いが無いし、前走の勝ち方を見るに有力馬達の末脚は間違いなくベレディーより上に見えた。
「枠順がすべてか。外枠引いたらちと厳しいな」
「外枠で勝っている馬はみんな追い込み馬ですからね。展開次第ではあるのでしょうが、先行馬が少ない事を祈りましょう」
「それにしても17頭は多すぎだろう。あ~~~、このままアルテミスで良いのか悩むぞ」
2歳牝馬としては出来れば次へのステップにしたいアルテミスSだ。それ故に今年は17頭もの出走登録がある。土壇場での出走回避も無くはないが、それでも良くて13,4頭の出走になるだろう。
ただ馬見が信条とする馬に負担を出来るだけ掛けないという点では、コスモス賞の次にアルテミスSは最適なレースである。
「ただ、コスモス賞を勝った馬がアルテミスを勝った記憶が無いんですが」
「お前が無知なだけだ! よし、今度もし負けたら減給な」
「え~~~、それは酷いですよ!」
「変な事を言うお前が悪い!」
ギャーギャー言う蠣崎を余所に、馬見は未だに出走レースで頭を悩ませていた。
◆◆◆
「次走はアルテミスSに決まったらしい。久しぶりの重賞挑戦だな」
「すごいね! 重賞をもし勝ったら前は私が6年生の時だよ! 当日は私も連れてってね!」
北川牧場では、トッコの次走がどのレースになるのか、ここ最近の話題はその一点だった。
キレイの当歳もなんと3000万で購入して貰えた。トッコの倍の金額である。血統からしても破格の値段であり、ましてや最後の産駒という事でのご祝儀的な一面もあったかもしれない。ただ、それはそれとしてトッコが重賞挑戦、更に勝ち負けも期待できるという点は非常に大きい。
馬主とはロマンにお金をかけている者達だからだ。
「勝つにしろ負けるにしろ怪我無く走って欲しいわね」
「お母さんはそう言うけど、やっぱり勝って欲しいな。GⅢでも生産者賞で100万くらい出るんだよね?」
競馬の場合、賞金の8割は馬主が持って行く。そして、残りは調教師10%、騎手5%、厩務員が5%となり、生産牧場は出走馬においては奨励金などが頼みとなっている。
「トッコに1600mは微妙よね。だからと言って牝馬限定でなく牡馬もいれての1800mはそれはそれで厳しいわ。悩み処よ」
生産牧場の妻である恵美子は、当たり前に出走レースの事も把握している。峰尾と共に牧場を経営してきたが故に、過度な期待を持つことは無くなったと言っても良い。生産者はロマンだけでは食べていけない、それ故にロマンは峰尾にまかせ、自分はこれまで冷静に状況を判断してきた。
「掲示板に載れば良い所じゃないかしら? キレイの子は遅咲きばかりだから4歳以降に期待するわ」
そう言って笑う恵美子に桜花はぶーぶーと文句を言う。
「もしかしたらトッコは桜花賞に出られるかもしれないよ? 私の名前がついてるレースなのに、うちの馬は走った事ないんだもん」
桜花の言葉には、みんなが苦笑を浮かべる。
牧場の娘という事で安易につけたつもりは無いが、桜花にとっては何か思う所がずっとあったのかもしれない。そう考えれば、この北川牧場で初の2歳でのオープン馬であるトッコは、桜花にとっては初めて夢に繋がる馬なのかもしれない。
「そうね、トッコも桜花が行けば頑張るだろうから、一緒に行きましょうか」
そう言いながらも恵美子は頭の中で往復の旅費を計算し始めているのだった。
2019年は出走頭数がすっごい減っていてビックリのアルテミスSです。
前年、その前と調べてたら頭数が全然違うので、慌てて文章を変更しましたw
何があったのでしょう?
昨日、見逃すと不味いと録画していた宝塚記念をようやく見ました。
想像していたのと結構違ってて、まず400、200って看板あるんですね!(え? そこ!)
一流馬が揃ってのレースだったのですが、結構ばらけたスタートだったとか、あれも作戦なのかな?
一番人気が押し切り勝ちでしたが、解説が結構長いとか、想像と違う所がいっぱいでした。
ただ、あれをそのままは無理なので、パラレルという事で・・・・(ぁ
実況している人すごいなあと思わされました。