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117:三上氏の悩みと馬見調教師の悩み?

 有馬記念へと着々と時は過ぎていく。

 12月といえば若駒達のGⅠレースが開催され、2歳の牝馬、牡馬とGⅠ馬が誕生するが、馬見厩舎にも、武藤厩舎にも縁のない話の為、特に何か話題になる事は無い。


 有馬記念に向け最後の追い込みに入っている馬見厩舎において、思わぬ話が入って来たのはそんなドタバタとした最中であった。


 北川牧場の北川氏からの電話であり、また幼駒の預託依頼かと思いながらも北川牧場の今年の産駒で預託先が決まっていない馬はいなかった事に思い当たり馬見調教師は首を傾げる。


「はい、はい、え? はあ、はい。判りました。ご連絡をお待ちしているとお伝えください」


 北川牧場からの電話を切り、何処となく複雑な表情をしている馬見調教師に、蠣崎は何の電話だったのかを尋ねる。


「ああ、北川牧場と懇意にしている三上氏から電話が掛かって来るらしい。北川さんの話ではプリンセスミカミの調教で何かアドバイスが貰えないかとの事だ」


「アドバイスですか?」


 蠣崎が怪訝な表情で尋ねると、馬見調教師が北川牧場から聞いた内容を教えてくれた。


 事の起こりは、件の三上氏が先日北川牧場へと訪問して来た時まで遡る。


 近年騒がれているミナミベレディーとサクラヒヨリの活躍を我が事のように喜んでくれる三上氏だが、肝心の三上氏が現在所有している馬は、北川牧場の産駒を含めて4頭、しかし、その4頭共に未だにオープン馬にもなれていない。

 三上氏は今までに北川牧場の馬を3頭購入しており、その内の1頭は重賞を勝てないまでもオープン馬になっており、幾つかの重賞に出走はしていた。その時の話から、自ずと今所有しているプリンセスミカミの話へと繋がる。


「サクラハキレイの最後の産駒のサクラフィナーレも1勝して、葉牡丹賞へ出走ですか。まだ2戦目ですが手応えはいかがなのでしょう?」


「まあ、武藤厩舎では期待してくれているようです。夏頃までは中々に厳しい状況だったようですが、夏に一旦うちに放牧に来まして、それ以降に急速に良くなったみたいですな。武藤調教師もまず1勝できてほっとした様子でした」


 峰尾が素直にそう喜ぶ様子を見ていた三上氏は、そこでふと最近競馬関係者で話題になっている話を思い出す。


「そういえば、噂話で聞いた話なのですが、ミナミベレディーの嘶きを聞かせると馬が勝てるとか。そんな話を聞いたのですが何かご存知ですか?」


「はて? ミナミベレディー、つまりトッコの嘶きをですかな? 寡聞にして聞いた事が無いですな」


 サクラヒヨリのレースで表彰式に行ったことの無い峰尾は、武藤調教師が録音機を手にしているのを見た事が無かった。この為、三上の言葉の意味が解らずに首を傾げる。

 そんな峰尾の様子にあくまでも噂でしかないかと思った三上であったが、その時たまたまお茶を持ってきた恵美子が口を挟む。


「あら? それは確か鈴村さんの話ですね。確かヒヨリがトッコの嘶きを聞くと落ち着くと言うので、レースの前と後に流しているんだったかしら?」


「え? そうなのですか?」


「ええ、ヒヨリが桜花賞に勝った時に武藤調教師が使用していて、何だろうと思って尋ねましたの。そうしたら、鈴村さんの指示だと言ってましたわ」


 恵美子は、その時の武藤調教師の様子を面白おかしく三上に伝える。

 更には、ここ最近の馬見厩舎と武藤厩舎の連携に迄話が進み、その中で今年の夏にはわざわざサクラフィナーレをミナミベレディーとサクラヒヨリに合わせて帰郷させた事に迄話してしまう。


「ほう、3頭合わせての帰郷ですか。確かサクラフィナーレは中々仕上がりに苦労していたとお聞きしますが」


「そうですね、まあうちはしがない生産牧場ですから調教する為の設備などありませんが、不思議と3頭で牧場を駆けまわっていました」


「そうねえ、トッコ達にフィナーレが追い立てられていた印象が強いわね。ただ、トッコが上手く加減していたようにも見えましたから、御蔭で怪我なども無く元気に3頭とも帰って行ったわね」


 恵美子の言葉に、三上はその3頭で過ごしたからフィナーレの成長が促進されたのかと思う。ただ、すぐにそんな馬鹿な話は無いかと苦笑を浮かべ、北川牧場を後にするのだった。


 そして、サクラフィナーレが葉牡丹賞を勝利し、2連勝を飾ったのをテレビで見ていた三上は、やはりそのサクラフィナーレの勝利が非常に羨ましくなった。それと共に、ふとプリンセスミカミを栗東ではなく美浦の馬見厩舎へと転厩させてはどうだろうかと思い立った。


「ただ、太田調教師とは長い付き合いだしな」


 そもそも、近年は栗東の馬の方が勝率は高いのだ。もっとも、それを最高峰のGⅠで覆している筆頭がミナミベレディーとサクラヒヨリなのだが。


「桜花賞を獲るための血統か・・・・・・」


 実際の所、それが競馬協会の戦略であり幻想である事は三上も勿論知っている。それでも、自分が所有している馬が重賞を走り、重賞を勝つ事を望むのは馬主であれば誰でも同じである。ましてや、それがGⅠの桜花賞であれば猶更だった。


「サクラフィナーレは桜花賞に出走するのだろうな」


 サクラフィナーレはまだ2勝でオープン馬になったばかりで、桜花賞に出走できるかは誰も判らない。それでいて、何となくだが桜花賞に出走するのだろうなと納得できてしまう自分がいる。


「北川牧場の奥さんに相談してみるか」


 悩みに悩んだ末、三上は北川牧場へと電話をするのだった。


 そして、冒頭へと話が戻る。


 三上から相談を受けた北川牧場の面々は、調教に関しては素人と言って良い。

 その為、相談の内容に悩んだ末に馬見調教師に丸投げした格好となった。


「確かにプリンセスミカミは苦戦していますが、すでに1勝は出来ていますからね。そこまで焦らなくてもと思うのですが」


「そうだな、そもそも調教のアドバイスと言われてもな」


 肝心のプリンセスミカミを見た訳でもなく、ましてや他の厩舎の馬に何か言えるような事も無い。ましてや、栗東の太田厩舎となれば過去の実績は馬見厩舎よりも上位に位置づけされている。


「困りましたね、そもそも何をアドバイスすれば良いのか」


「三上氏はミナミベレディーとサクラヒヨリは勿論だが、サクラフィナーレの調教を見て何か良い方法がと思ったのだろう。本来であれば武藤厩舎に尋ねたいのだろうが、流石に同じ2歳牝馬がいると厳しいと思ったのだろう」


 三上氏としても、ここ最近のサクラハキレイ産駒の活躍もあり、プリンセスミカミで出来れば重賞をという思いはあるはずだ。ましてやサクラフィナーレがすんなりと2勝した事に何某ら思う所があるのだろう。


「しかし、まさかベレディーと放牧させろとか、併せ馬をさせれば良いだとか言えないぞ? 何の根拠も無いし、そこで態々転厩しました、でも駄目でしたなど恐ろしくて言えん」


「そうですねぇ、何か特別な事をしているかと言われれば、ベレディーとヒヨリ2頭によるスパルタ調教ですから。サクラフィナーレも頑張ったと思いますが、そもそも我々は無理させ過ぎないように注意していた事くらいです。そこもベレディーは気をつけていたみたいですが」


 蠣崎の意見を聞きながら、ここで馬見調教師はふと恐ろしい事に気が付いてしまった。

 そして、蠣崎を見てその心配を口にする。


「なあ、ミナミベレディーが引退したら、どうなるんだろうな?」


「・・・・・・どうなるんでしょう?」


 今、馬見厩舎はミナミベレディーの御蔭で好調と言っても良い。


 不思議と馬見厩舎の他の馬達も、今年一年は勝てないまでも掲示板に載るなど好成績を収めている。また、オープン馬も過去最高の8頭を数えた。そのすべてがミナミベレディーの御蔭という訳では無いが、馬見厩舎でも他の馬達を競馬場などに移送する際、ミナミベレディーの嘶きを使用していたりする。

 そのお陰か、レースで掛かってしまうような馬、ゲートでバタつく馬などは出ていなかった。


「引退しても嘶きの音源は残りますから」


「・・・・・・」


 蠣崎の言葉に、思わず絶句する馬見調教師であった。

今週は、月、水、金で投稿できればと思っています。

月、水は確定で金曜日は場合によっては土曜日になるかもです><

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― 新着の感想 ―
[良い点] 2歳馬G1は晩成血統のサクラハヒカリ産駒にはちょっと縁遠いですよね それでも2歳でG3勝っているトッコさん本当に凄いな 2歳・3歳・4歳・5歳全部で重賞しかも2歳時以外はG1勝利あり…うー…
[一言] ヴェールに隠されたトッコの調教能力を理解しているのは武藤厩舎だけなので、馬見師に聞いても大したアドバイスにはならないでしょうね。それでも会合の場を持てば、年明けは一緒に放牧という流れにはなる…
[一言] 他の馬にも効果あるんですね……馬たちのボス(アイドル)的立ち位置に君臨していたりするのでしょうか
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