116:有馬記念ファン投票と北川牧場と馬見厩舎の騒動?
有馬記念のファン投票が締め切られ、その人気順の上位から出走の意志を示している10頭が選出された。競馬協会が発表した出走馬リストを見て、関係者のみならず、マスメディアも、競馬ファン達もそれぞれに思いを、意見をぶつけ合う。
そんな中において、『桜花賞を獲るために生まれた血統 前編』と銘打った番組がテレビで放映される。
当初予定されていた番組の内容は前後編に分けられ、前編はミナミベレディーの新馬戦デビューから始まりサクラヒヨリの共同通信杯勝利までとされた。そして、後編は有馬記念迄となるようだった。
「番組に文句をいう訳じゃ無いけど、番組タイトルからしたらヒヨリの桜花賞までで良いんじゃない?」
土曜日に実家の北川牧場へと帰って来ていた桜花は、番組の内容を見てそう思った。
「まあな、ただその後にトッコが天皇賞春秋制覇したし、宝塚記念も勝っての有馬記念だ。そうなると番組としては欲が出るだろう」
「そうねぇ、ただ、ヒヨリの桜花賞までで1番組、そこからはトッコと鈴村さんに焦点を当てて1番組でも良い気はするわね。無理に前後編にしなくてもとは思うわ」
峰尾の意見に対し、恵美子もまた今回の番組構成には違和感を持っているようだった。
「だよね、お母さんが言うように変に桜花賞と謳っちゃっているから、中途半端な所で後編に続くもんね。わざと引っ張って視聴率を確保しようという意図が見え見えよね」
そう言いながらも、この番組が放送された後の事が気になる所ではある。
「またトッコやヒヨリ人気に火がついて、牧場見学に突然やってくる個人観光客が増えるのかな? あれは困るよね」
「そうね、来ていただいても販売できるグッズを置いている訳でも無いわ。焼き型でも作ってミナミベレディー煎餅とか売ろうかしら? 桜花が描いたトッコの顔とか良さそうよ?」
「お母さん、そう言う問題じゃないと思う」
そもそも観光客の相手が出来るほどに人員に余裕がない北川牧場だ。それでも、今は大南辺氏や桜川氏の御蔭で警備員もいる為に大きな問題に発展していない事が救いだった。
「今年の産駒も完売したし、トッコやヒヨリが大きい所を勝ってくれるから資金的にも楽になっているはずなのに、何でこんなに苦労しているのかなぁ」
「フィナーレも無事に2勝目を収めたしな。うちの産駒が2歳で2勝するとか、数年前だと考えもしなかったな」
「そうね、2歳で新馬戦や未勝利戦を勝てたら大喜びしていたわね。おまたせ、今年の新ジャガよ」
家で育てているジャガイモを蒸かして塩を振っただけのおやつをテーブルに出す恵美子、それを摘まみながら各々が昔の事を話し始める。
「プリンセスミカミは苦戦してるね。でも1勝出来てるから安心出来るけど」
「そうね、トチワカバの仔は1勝目で苦戦しているから。早く1勝して欲しいわ」
「キレイ以外の仔馬で何とか重賞が欲しいわね」
あ~だこ~だと家族で会話している北川ファミリーは、先日決まった有馬記念ファン投票の話にもなる。
「トッコがファン投票で1位だもんね。すごいよね!」
「そうね、1位と2位の票が頭抜けていたわね」
桜花の言葉に恵美子も頷く。昨年は桜花賞とエリザベス女王杯を勝ったミナミベレディーだったが、今年のサクラヒヨリ同様に早々に出走辞退を表明していた為、ファン投票の順位はそこまで上では無かった。
それが、今年は2位のタンポポチャをも突き放しての堂々の1位獲得だった。
「ファン投票で上位だからって勝てるわけではないんだけど、トッコなら勝っちゃいそうだよね!」
「タンポポチャの引退レースよね? トッコも頑張りそうね」
ミナミベレディーとタンポポチャが仲が良いのは北川牧場の面々も当たり前に知っていた。そして、それが故に2頭が常に頑張る事に何の疑いも無かった。
「それでも、去年もだけど今年はいい年だったよね。お爺ちゃん達がまだいたら、今頃大騒ぎだったよね。GⅠを勝つのが夢だったもんね」
「そうだな、GⅡを勝てた時は凄かったな。それこそGⅠもこの勢いで! みたいに大騒ぎしてたぞ」
「桜花を見ていると、つくづく北川家の血が流れているんだと痛感するわ」
桜花を見ながら大きな溜息を吐く母に、桜花は思いっきり頬を膨らませる。
「え~、私お母さんの血が良いなぁ」
「ん~、桜花は性格はお父さん似よ? 自覚しているでしょ?」
「え~~~~、そうかなぁ」
峰尾が傍らにいながらの会話で、思いっきりしょぼんとしている峰尾。ただ、自分に似たという話にどこか嬉しさもある。複雑な父親心・・・・・・?
そんな北川牧場では、年末にある有馬記念に初めて家族3人揃っての参加を予定していた。
◆◆◆
「ベレディーの調子は良さそうだな」
「リンゴが減らされて未だに拗ねてますがね」
馬見調教師は、サクラヒヨリと馬なりで走るミナミベレディーを見ながら蠣崎に感想を告げる。
そして、蠣崎の言葉に思わず苦笑を浮かべた。
先日、事務所で事務処理をしていた馬見調教師のもとに、ミナミベレディーの馬房を掃除していた厩務員から寝藁の中にリンゴがあったと報告を受けた。
そして、何で寝藁の中にリンゴがあるんだ? 誰かがミナミベレディーにあげようとして落としたのかと首を傾げていた所、調教が終わって馬房に戻って来たミナミベレディーが頻りに寝藁をゴソゴソして何かしているとの報告があった。
そして、馬房へと馬見調教師が向かうと、ミナミベレディーが頻りに何かを訴えるように嘶いて来る。
「キュフフフン」(おやつのリンゴがないの~)
寝藁を頻りに前脚で掻いて何かを探している様子である。
馬見調教師は、何故かそのまま持って来てしまったリンゴに目をやって、次にミナミベレディーへと視線を向ける。
「ベレディー、もしかしてリンゴを探しているのか? 馬房の掃除をしていたら出て来たらしいのだが」
ミナミベレディーへリンゴを掲げて尋ねる馬見調教師だが、一緒に来ていた蠣崎が何を馬鹿な事をと思って馬見調教師を見る。
「ブヒヒヒン!」(わたしのリンゴ!)
凄い勢いで馬見調教師を見たミナミベレディーが、掲げられているリンゴを慌てて齧ろうと顔を突き出す。しかし、その勢いに思わず身を引いた馬見調教師によって、残念ながらリンゴに届かなかった。
「キュフフン」(わたしのリンゴなの~、調教終わった後のおやつなの~)
目に涙まで浮かべて嘶くミナミベレディーに、馬見調教師は思わず手にしたリンゴを差し出していた。
シャクシャクシャク
出されたリンゴを齧り始めるミナミベレディーを見ながら、馬見調教師は思わず湧き上がってきた疑問を述べた。
「まさかベレディーがリンゴを隠してたのか?」
「え? まさかですよ。馬が食べ物を隠すなんて聞いた事ありませんよ」
「リンゴを減らされたから、好きな時に食べられるように隠したんですかね?」
「おいおい、そんな話聞いたこと無いぞ?」
厩務員たちも集まって来てリンゴを満足げに齧るミナミベレディーを見ている。
「リンゴを減らされて、それで大事に隠してたのか?」
「それだと、飼葉桶のご飯はまだ食べてませんし、そこにリンゴも入っていますから、今このリンゴを食べてしまうのは悪手なのでは?」
ミナミベレディーに調教をつけていた元騎手で調教助手の清水は、ミナミベレディーの調教を終え、馬体を洗った後を厩務員に任せ着替えて馬房にやってきた。そしてこの馬房前の騒ぎに少し呆れた様子で言う。
「ブヒヒン」(なんと!)
清水の言葉にシャクシャクとリンゴを食べていたミナミベレディーが驚いた様子で、飼葉桶を覗き込んだ。
「ブフフフン」(リンゴ食べちゃったよ~)
飼葉桶の中にある飼料やリンゴ、ニンジンなどを眺め、ここ最近ではご飯を喜んで食べていたミナミベレディーが、ひどく寂しそうな嘶きをあげる。
「これは、勢いで食べてしまいましたね」
「・・・・・・そもそも、馬がリンゴを隠すか?」
「それよりも、清水さんの言葉理解してません?」
ミナミベレディーの馬房の前の騒動は、更に騒がしくなり、しばらくは収まる様子はなかったのだった。




