115:サクラフィナーレと葉牡丹賞
先週、ジャパンカップは昨年の秋の天皇賞を制したヒガシノルーンが1番人気のシニカルムール、キタノシンセイなどを押さえ、GⅠ2勝目を飾った。ここでも、鷹騎手は1馬身差の2着となり、立山騎手、磯貝調教師などからシルバーコレクターの称号を不動の物としたと笑われたのだった。
そんなジャパンカップが終わると、有馬記念の人気投票締め切りが近づいて来た。
ここに来て上位人気に多少の変動はあるが、1番ミナミベレディー、2番タンポポチャ、3番ファイアスピリットは4番手と大きく票差を開き不動の順位となっている。4番に5番と僅差でヒガシノルーン、5番にプリンセスフラウ、前年のダービー馬で、今年の大阪杯を制したトカチマジックは6番人気となっている。
「サクラヒヨリは有馬記念回避を表明したからか15番まで下がったな」
「そうですね、今の状態を見れば出走させても問題は無かったと思いますが、流石に出走メンバーが凄すぎますよ」
武藤調教師は、来週の投票締め切りを前に発売された競馬新聞を見ながら、それでも出走を表明していたなら10番以内はあったのだろうかとちょっと勿体なく思う。
「今年のダービー馬のオレナラカテルもですが、3歳牡馬の人気が今ひとつなのが面白いですね」
今年においては何故かダービーを勝ったオレナラカテルの方が、オークスを勝ったスプリングヒナノよりも人気が低いという現象が起きていた。もっとも、今年は正に牝馬の年とも言えるくらいに、牝馬GⅠと牡馬GⅠの人気が逆転しており、牝馬GⅠの方が各競馬場の来場者が多いという結果が残っていた。
「まあ人気がそのまま結果に繋がらないからな。うちの馬が出走しないから気楽に見ていられるが、有馬記念は時々思わぬドラマを演出するからなあ」
「今年は牝馬の春秋グランプリか、有馬記念3連覇か、あとはミナミベレディーとタンポポチャの直接対決、話題に事欠かないな。ミナミベレディー、タンポポチャ、ファイアスピリット、この3頭のどれが勝ってもドラマだろう。ましてや内2頭は引退レースだ」
武藤調教師の言葉に、調教助手は頷く。
「ところで、今週末にレースを控えているフィナーレですが、サクラヒヨリに扱かれていますから期待できますよ」
「おい、そこは自分達の調教の御蔭と言っとけ!」
思わず突っ込みを入れる武藤調教師だが、今年の夏頃と比べ明らかに成長したサクラフィナーレに本人も満足げだ。
「出走頭数も12頭と多めと言えば多めだが、メンバーを見てもそれ程気になる馬もいないからな。勝ち負けは行けそうだな」
「サクラヒヨリにメンタル含め鍛えられていますからね。長内騎手も手応えを感じてますよ」
「ミナミベレディーを交えて、GⅠ馬2頭との3頭併せ馬も効果が高いしな。ミナミベレディーの嘶きの御蔭で厩舎に戻ってもご機嫌だしな」
「馬見厩舎でもサクラヒヨリと併せ馬が出来る事はプラスだと言ってくれてますから」
両厩舎の交流は、この一年で本当に密になっていた。
「来年には牡馬だがサクラハヒカリの産駒も来るしな、牡馬だが中々走りそうだったぞ」
武藤調教師は、今年一年の自厩舎の躍進ぶりにニンマリと笑みを浮かべるのだった。
そして迎える葉牡丹賞当日、幸いにしてこの日も天気は晴れ。サクラハキレイの血統なのかフィナーレも雨の力のいる馬場は苦手としている為、武藤厩舎の陣営はホッと胸をなでおろしていた。
「単独での移動は初めてだったが、ミナミベレディーの音源の御蔭かフィナーレも問題なさそうだな」
「長内騎手も移動を気にしてましたからね」
すでにパドックを終え、本場場へと入って行ったサクラフィナーレを、武藤調教師達は正面のスクリーンで確認していた。
「良い感じで気合ものってるな。あとは長内騎手の腕次第という所か」
そう言いながらも、牡馬混合のレースの為に実際に勝てるかどうかは何とも言えない所だ。
「新馬戦で余裕をもって勝ち上がって来たグレートライド辺りが注意ですかね。血統も悪く無いです」
まだ2歳馬である為に、実際の実力は未知数な馬が多い。そもそも、2歳馬の実力通りにレースすること自体がかなり大変だった。
「12頭中牝馬が1頭か、まあ枠番が3番だから先頭には立ちやすいだろうが、スタート次第だな」
実際の所、今までのレースでサクラフィナーレは決してスタート巧者という訳では無い。特に周りの馬を気にする所があり、ゲートにも怯える所があった。しかし、今日のパドックを見ている限りにおいては周りの馬に委縮するなどの様子は見られなかった。
「まあ、あれ程ミナミベレディーとサクラヒヨリに扱かれればな」
思わずそう言葉が零れる。サクラフィナーレは2頭に挟まれながら追い立てられる事などザラであり、ましてやミナミベレディーもサクラヒヨリもフィナーレからすれば貫禄のある姉達だ。その与えられるプレッシャーも並ではないだろう。
『各馬、ゲートに納まりまして、今スタート! 3番サクラフィナーレ好スタートで先頭に立ちます。その後方にハニーブレット、更に外からグレートライドが・・・・・・。
各馬4コーナーを回り直線に入り一斉に鞭が入る! 先頭はグレートライド! しかしすぐ後ろにサクラフィナーレ、お馴染みの手鞭が入って2番手から上がって来る! その後方からトサノカツオも上がって来た! グレードライド末脚が伸びない! 坂手前で先頭はサクラフィナーレ! 坂で速度が落ちる事無く、一気に坂を上り切って今ゴール! 1着はサクラフィナーレ! 2着にはトサノカツオ、3着グレードライド、サクラフィナーレここを勝って新馬戦から2連勝! 来年に向け夢が広がります!』
「よし! 勝ったぞ!」
武藤調教師は、正面スクリーンを見て小さくガッツポーズをする。
2歳で2勝を出来た事で、3歳でのレースに向け色々と展望が開けてくる。
「夏場の苦労が何だったのかって思いますね。先生、これで桜花賞には出れそうですか? 勝つ勝たないは置いといて、桜花賞に出走できないでは周りからの声が怖い気がするんですよ」
調教助手の言葉に、思わず胃がキュッっとなったような気がする武藤調教師だった。
2勝した事によってオープン馬になれた事はめでたい。しかし、まだサクラフィナーレは重賞未勝利で、桜花賞への出走権も当たり前だが持っていない。
昨年のサクラヒヨリと似たような状況と言ってしまえばそうなのだが、サクラヒヨリと比べるとサクラフィナーレは今一つ物足りない。
「これだけ走れたんだから、まあ重賞でも2着や3着は行けるだろう」
調教助手にはそう告げながらも、果たしてそう上手くいくだろうか? 2勝目で勝てたのは芝2000Mの葉牡丹賞だ。本来期待している芝1600Mは未だに適正距離内かどうかの判断も出来ていない。
「とにかく、まずは長内騎手を激励に行くぞ。長内騎手も昨年はサクラヒヨリの主戦を降ろされ、その後のサクラヒヨリの活躍で色々と思う所はあっただろう。それでも、頑張ってくれたからの結果だ」
「そうですね、長内騎手は本当に真面目で良いジョッキーですから」
サクラヒヨリの有馬記念回避で結構ショックを受けていた長内騎手だったが、これで少しは気を持ち直してくれるだろう。来年に向けて夢が広がったのは何も調教師や馬主だけではない。
サクラヒヨリに騎乗で鈴村騎手が桜花賞を連覇しただけに、長内騎手もサクラフィナーレで桜花賞を勝つために必死になるだろう。それこそ、馬が違っても全妹という事で同等の能力を持つと勝手に思い込む俄か競馬ファンも多い。そうなると問われるのは騎手の技量だ。
「ハッキリ言って技量だけなら鈴村騎手より長内騎手の方が上だしな。まあ、運という点だけに注目すれば鈴村騎手の圧勝のような気はするが」
「そうですね、あと、長内騎手は常識人ですから。そう言う意味では鈴村騎手は天才に分類されるのかもしれませんね」
武藤調教師は思わずまじまじと調教助手の顔を見てしまった。
「まあ、そうだな、凡人ではないな」
凡人ではないが、あれは天才かぁ?
思わず腕を組んで考え込む武藤調教師であった。
更新が不定期で申し訳ありません><
サクラフィナーレが何と2連勝しちゃいました。
プリンセスミカミとの対比が際立っちゃいますね。太田調教師は眠れない日が続きそう?




