108:ヒヨリとエリザベス女王杯
いつもと同様に、ヒヨリはゲートが開くと同時に好スタートを切った。
「最高のスタートだよ!」
枠順が3番という事も有り、香織はこのまま先行するつもりでいた。その中で、外から一頭の馬が駆け上がって来た。
「え? プリンセスフラウ?」
横を見て上がって来た馬を確認するが、プリンセスフラウはそのまま先頭に立ち逃げに入る。
「え? エリザベス女王杯で逃げって」
エリザベス女王杯は京都競馬場の芝外回りのコースで行われる。この為、向こう正面から3コーナーにかけて大きく坂を上る形となる。そして、4コーナーから下り最後は平坦な直線勝負となる。
この為、最後の直線上がりタイムが勝負となる事が多い。恐らくタンポポチャは最後の直線勝負を挑んでくるだろう。
香織は昨年のミナミベレディーでの騎乗と同様に。4コーナーからスパートを掛けての粘り勝負をするつもりであった。恐らくタンポポチャも昨年同様のレース展開でサクラヒヨリに勝つつもりだと香織は思っている。サクラヒヨリにはミナミベレディーほどの粘りが期待できないが、昨年のミナミベレディーに比べれば末脚の鋭さはサクラヒヨリに軍配が上がると見ている。
プリンセスフラウのこの逃げがレースの展開予想を完全に壊してくれた。その為、香織はプリンセスフラウを追いかけるべきなのか、それともこのまま4コーナーまで控えるのか、その判断に悩んでいた。
「スタミナはある馬だし、そのくせ末脚も結構鋭いよね」
今まで幾度も戦った相手だからこそ、今回の逃げに驚かされた。ただ、よく考えれば末脚ではタンポポチャに敵わないからこその逃げなのだろう。
「ヒヨリ、3コーナーの坂を利用して前に出るよ。ピッチ走法であれば十分に距離を詰めれるからね」
1コーナーから2コーナーへ抜けて、向こう正面に差し掛かった段階で、先頭を走るプリンセスフラウとサクラヒヨリとの差は目測でも10馬身以上の差に広がっている。
ここまで前との差が広がった状態で走ったことの無いサクラヒヨリは、この直線で息を入れることなく追走しようとする。
「ヒヨリ、まだだよ。ここは一旦息を入れないと持たないよ」
香織は、そう言って数回手綱を引いてサクラヒヨリの速度を落とす。すると、後ろからタンポポチャがゆっくりとサクラヒヨリに並びかけて、追い抜いて2番手に躍り出た。
「え? ここで前に行くの?」
まさか後方に控えていると思われたタンポポチャが、この段階で2番手に出て来るとは思っても居なかった。慌ててタンポポチャの後ろを追走する香織だったが、混乱している間に早くも3コーナーへの登りに差し掛かる。
「ピッチ走法」
今までのストライド走法から、サクラヒヨリはすぐに走り方を変え坂を上り始める。
この段階で先頭を走るプリンセスフラウへと迫っていく予定でいた香織だが、そのサクラヒヨリ以上に早いステップでタンポポチャが前との差を縮め始めた。
「ヒヨリ、ついて行くよ」
タンポポチャの後ろから差し切れる自信は無い。ただ、ここで脚を使えば流石のタンポポチャも最後の直線の切れは鈍ると思う。
前を走るタンポポチャの後ろにつけながら、3コーナーを上り切り、4コーナーへと入った所で香織は予定通りにサクラヒヨリを追い出しにかかる。
「ヒヨリ、行くよ!」
坂の下りを利用してのスパート、先頭を走るプリンセスフラウも同様にここでスピードを上げている。
タンポポチャはすんなりと交わし、サクラヒヨリが再度2番手に上がった所で直線へと入るが、まだ直線は400Mはある。そして、先頭を走るプリンセスフラウとの差は4馬身か5馬身はあった。
「ヒヨリ!」
ヒヨリに声を掛け、ポンポンと2回首を叩く。
サクラヒヨリは一気にスパートを掛け前を追いかける。その差が4馬身、3馬身、2馬身となって来て、あと少しで捉えられると思った時、プリンセスフラウが鋭い末脚で逆に2馬身から3馬身とゆっくりであるが突き放しに掛かった。
「ヒヨリ、頑張って!」
香織は声を掛けながらサクラヒヨリの頭を押す。ゴールまで残り200Mとなった所で、後方から一気にタンポポチャが追い上げて来た。そして、鎧袖一触と言って良い程にあっさりとサクラヒヨリへと並びかけ、半馬身程前に出る。
しかし、タンポポチャが並びかけて来た段階でサクラヒヨリはハミをしっかりと噛み締め、必死に速度を上げるのが判った。
「ヒヨリ、頑張って! ベレディーが来るよ! 頑張って!」
サクラヒヨリはベレディーの名前で更にスピードを上げる。しかし、タンポポチャは鋭い差し脚でサクラヒヨリを引き離し、前を走るプリンセスフラウに並びかけて行く。
サクラヒヨリはそのスピードに必死について行こうと、ピッチ走法に走りを変える。しかし、それでもタンポポチャとの差は広がっていく。
ただ、ここでプリンセスフラウを捉えるかと思われたタンポポチャも、プリンセスフラウが更に加速した為に差し切るどころか並ぶ事すら出来ない。そして、その先がゴールだった。
プリンセスフラウに続き半馬身程遅れてタンポポチャが、そして更に1馬身あとにサクラヒヨリがゴールを駆け抜ける。
先頭で駆け抜けたプリンセスフラウの鞍上で、夏目騎手が高々と腕を上げるのが見える。
その後方では脚を止めたタンポポチャが、普段とは違い落ち着いた様子でいるのが見えた。そして、それとは対照的にサクラヒヨリは負けた事を理解しているのか、しょぼんとしたように頭を下げ項垂れている。ただ、チラチラと視線がタンポポチャに向いている事から、レースに負けたことよりタンポポチャに勝てなかった事を悔やんでいるようにも見える。
「参ったね、ミナミベレディーばりの走りをしたな。まさか此処でタンポポチャが負けるとは思わなかったよ」
タンポポチャを歩かせながら、ちょっと距離を取って立ち止まった鷹騎手が、香織に話しかけてきた。
「私もライバルはタンポポチャのみと思っていました。でも、レースの最初からプリンセスフラウに振り回されてしまいました」
香織としては思い描いた騎乗に近いレースが出来たように思う。しかし、最初からプリンセスフラウについて行けばどうだったのか、そんな事も思わないでもない。
ただ、それもすべてレースが終わってから思う事で、その結果が判る訳でも、変わる訳でもない。
「タンポポは、エリザベス女王杯は相性が悪かったのかな。ちょっと距離が長いのはあるけれど、それでも2着なんだけどね」
そう言って苦笑を浮かべながら検量室へと馬首を返す鷹騎手だったが、タンポポチャは負けた事を気にした様子もなく、終始落ち着いた様子を見せている。そして、チラチラとサクラヒヨリを気にしている様子が感じられた。それを気にしたのか鷹騎手はさっさとタンポポチャをサクラヒヨリから離したのだろう。
「ヒヨリ、お疲れ様。ごめんね、勝たせてあげられなくて」
逆に明らかにしょぼくれているサクラヒヨリの首をトントンと優しく叩き、宥めながら香織も検量室へと向かうのだった。
◆◆◆
『各馬、ゲートに納まりまして、今スタート! サクラヒヨリが好スタートで先頭を窺うが、11番プリンセスフラウ出鞭が入り一気に加速して早くも先頭に立ち後続を突き放しにかかる!
3番手にはココアプリン、その後ろにスプリングヒナノ、その半馬身横にカラフルフルーツ、そしてこの後ろに1番人気タンポポチャがいます! そこから・・・・・・。
2コーナーを回りまして依然先頭はプリンセスフラウ、後方サクラヒヨリまで12馬身程離れているか? その後方に早くもタンポポチャが上がって来た。今年の春の天皇賞、ミナミベレディーの大逃げが決まったレースを彷彿させる展開。しかし、そのレースで2着に入ったのはこのプリンセスフラウだ。
プリンセスフラウを警戒し、早くもタンポポチャが上がって来た。ここでサクラヒヨリを交わして2番手に上がる。サクラヒヨリは3番手、更にその後方からスプリングヒナノも上がって来る。
レースはまだ中盤に差し掛かった所で、早くも各馬の駆け引きが始まりました。
先頭は依然変わらずプリンセスフラウ、4馬身程後方にタンポポチャ、すぐ後ろにサクラヒヨリ、そこから1馬身後ろにスプリングヒナノ、ココアプリンと続きます。
プリンセスフラウ早くも3コーナーへと差し掛かりました。京都競馬場芝外回りコースの高低差4.3Mの坂が各馬に立ち塞がる。先頭を走るプリンセスフラウは軽快なリズムで駆け上がっていく。
ここでサクラヒヨリがタンポポチャを外から交わし、2番手に変わろうかという所、先頭は依然プリンセスフラウ、4コーナー下り坂を利用してスピードを上げる! サクラヒヨリも同様に加速をするが、前との距離は中々縮まらない! それでも3馬身、2馬身と距離を詰めて来たが、ここでプリンセスフラウ突き放しに入った! 3馬身、4馬身とサクラヒヨリを突き放す。
外からタンポポチャが凄い勢いで上がって来た!
スプリングヒナノ、ココアプリンも鞭が入るが伸びてこない!
タンポポチャ、サクラヒヨリをあっという間に半馬身交わし2番手、前を行くプリンセスフラウを追走!
サクラヒヨリも競うように速度を上げる! タンポポチャ、サクラヒヨリ、2頭並んでプリンセスフラウへ迫るが、その差は縮まらない!
プリンセスフラウ粘る! プリンセスフラウ粘る! これはプリンセスフラウで決まりか! プリンセスフラウだ! プリンセスフラウだ! プリンセスフラウが先頭でゴールを駆け抜けました!
プリンセスフラウ、エリザベス女王杯を制し、念願のGⅠタイトルを手にしました!
ミナミベレディーを彷彿とさせるレース展開を見せ、華麗に逃げ切りました。タンポポチャは昨年に続き2着! またしてもエリザベス女王杯の勝利を逃しました!』
プリンセスフラウさんおめでとうございます!
ただ、プリンセスフラウに騎乗している騎手名が・・・・・・初ですよね? 違ったら訂正します><
漸くGⅠタイトル獲得です! 何となく私もお気に入りのお馬さんだったりしますw
そして、ここで気が付いた一言・・・・・・あれ? もしかしてプリンセスミカミと馬主さん一緒?
作者すら気が付かづに伏線が張られていた!(ぇ




