102:秋の天皇賞 後編
今日は5番のゼッケンなので早めの枠入りですね。
何時もの様にファンファーレの音が聞こえて来て歓声が聞こえてくるのですが、人が多いからなのか何となく地響きみたいに響きますね。
その為か、一部のお馬さんが明らかに興奮状態です。騎乗している騎手の人が必死に宥めているのが
「ブフフフン」(困ったものですね)
そんな私は特に変わらずに、お馬さん達とくるくると回っています。そして、早々にゲートの中へと案内されちゃいました。
「手綱をゆったり、手綱をゆったり」
うん、鈴村さんがテンパってますね。私も用心して頭を上げ下げして問題無いか確認をします。
「あ、ごめんね。ベレディーまで緊張しちゃうね」
「ブフフフン」(大丈夫だよ~)
私の返事を聞いて、少しでも緊張が解れてくれればいいな。
そんな事を思いながらも、他のお馬さん達の状況を確認していきます。
鈴村さんは相変わらず手綱を持つ手が小刻みに揺れていますが、手綱をゆったり持っているしスタートすれば落ち着いてくれるといいな。
「ベレディー、最後の馬が入ったよ」
鈴村さんの声がちょっと震えていますね。でも、しっかりと声に力はこもっています。
私は鈴村さんの指示を受け、スタートの準備に入りました。
ガシャン!
大きな音を立ててゲートが開きました。
私はゲートが開くと同時に一気にスパートを掛けます。事前に鈴村さんから聞いていたのは、このコースは最初のコーナーが狭いそうなんです。だから、ここで前に出れないと馬群の中に沈んじゃう可能性があります。
「最高のスタートだよ!」
まずは無事にスタートが出来たからか、鈴村さんの声に若干安堵の色が見えるかな? ただ、好スタートを切ったんですが、予想以上に先頭争いが熾烈ですね。
「あれ、鞭が入っているね」
横からグンと伸びて来たお馬さんですが、鈴村さん曰くスタート早々鞭が入ったみたいです。でも、それ以外のお馬さん達も、何か皆さん速いです? 内に入ろうにも内側の1頭が前に出て来ています。
緩やかな下りだから速度がつきやすいのかな? 何となく速い流れにそのまま乗って最初のコーナーを曲がります。
今までと何か違うね。
いつもなら此処で息を入れる感じで速度を落とすんですよね。ただ、どのお馬さんもそこまで速度を落とす気配がありません。ここで速度を落とすと周りをお馬さんで囲まれてしまいそうです。
「きついなぁ、休み処が無い。この先に坂があるから、そこをピッチ走法で抜けて先頭を押さえるよ。そして少し息を入れよう」
向こう正面の直線を走っていると、坂に掛かりました。そして、ピッチ走法に切り替え駆け上がりました。すると、ここで漸く先頭に立つ事が出来ました。
「ここで少し息を入れるよ」
鈴村さんの指示で、少し走る速度を緩めます。
一応、私が先頭に立ったからなのか、速度を緩めたからと言って追い抜いて行こうとする馬はいません。
でも、もうなんか疲れたよ?
登ったと思ったら、また緩やかな下り坂になっちゃいました。
そして、ここで再度後ろの馬が前へと押し出してきます。ただ、ここでついて行こうかと思った私を鈴村さんは押し留めます。
「隣の馬がもう少し前に出たら少し加速するよ、内に入れないように」
鈴村さんの指示で外から抜けて来た馬を内側に入れないように、外のお馬さんと同じくらいのペースで走ります。そして、そのままカーブへと入っていくと、外のお馬さんは自然と後ろへと下がっていきます。
「うん、いいペースだよ。あとは最後の直線途中の坂と、その後の直線が長いからね」
カーブを回りながら後ろをチラリと見ますが、先程先頭争いをした2頭以外は少し後ろに離れています。
そして、下り坂が今度は緩やかな上り坂になります。
ううう、緩やかですけど疲れていると上り坂は嫌ですね。
そう思いながら4コーナーへ入った所で此処からスパートかなと思っていたら、鈴村さんからはまだスパートの指示が来ません。
あれ? まだなのかな?
ちょっと不思議に思っている間にも、最後の直線へと入ります。
「ベレディー、行くよ!」
首の所をトントンと叩かれ、一気に加速を始めます。
私に合わせるように後ろの馬達も加速するのが判りました。
「最後の坂があるからね、そこでピッチ走法に変えるよ」
鈴村さんの指示が飛びますが、横に広がったお馬さん達が私に並びかけて来ます。
普通に走った感じだと、あちらの方が末脚は上なのでしょうか? 次第に真横に並んできました。
「ピッチ走法!」
必死に前へ前へと駆けていると、鈴村さんの指示が来ます。
咄嗟に走り方をピッチ走法に変えると、目の前に急な坂が立ち塞がっていました。
「この坂を越えたら最後の直線だよ。でも300M以上あるからね!」
持久走じゃないのに、もう息が苦しいよ! 何かすっごく疲れるんだけど!
思いっきりペースが崩れている気がしますね。最初から此処まで何となくハイペースで走り抜けている気がします。ただ、とにかく後はこの坂を上りきれば・・・・・・。
まさに坂に差し掛かったくらいの所で、後方から一頭のお馬さんが駆け上がって来ます。
そして、坂をピッチ走法で走る私を、あっという間に抜き去ろうとしました。
「ベレディー!」
あまりの勢いに私も咄嗟に反応できません。
その為、ピッチ走法で坂を駆け上がり始めた時には既に半馬身くらい前に出られちゃっていました。
「ベレディー頑張って! 桜花ちゃんが見ているよ!」
そうでした。今日は久しぶりに桜花ちゃんがレースを観に来ているんです! 最近、私のレースに来れなかった・・・・・・ような気がする? そんな桜花ちゃんが態々観に来てくれたんです。
何かすっごく疲れたなぁって言ってる場合じゃ無いんですよ。勝たないとなんですよ!
タンポポチャさん直伝の走法で必死に坂を駆け上がります。そして、疲れて上がり気味だった頭を、振り子のように振り下げて、必死に私はステップを刻みました。
「ベレディー、頑張って!」
あっという間に抜かれたお馬さんを、今度は私がジワジワとですが抜き返します。
とてもでは無いですが、一気に抜き返すほどの余力も力も残ってないです。そもそも、最初からあったかも疑わしいのですが、それでも離されずに逆に差は縮んでいるのです。
坂は上り切ったんですが、まだゴールは少し先に見えます。
ただ、横の馬とはほぼ並走状態です。このゴールまでの間でしっかりと差し返さないと!
「フ、フ、フ、フ」
鈴村さんの息遣いが聞こえて来ました。
その息遣いに合わせて頭を押してくれる鈴村さん。私もそのリズムに合わせる形で必死に地面を蹴りつけます。
息が苦しいよ~、息が続かないよ~。
そんな事を思っていたら、持久走の時みたいに頭がボ~としてきました。
でも、ここで頑張って、何とか勝たないと桜花ちゃんが悲しむよね?
本当にジワジワとですが、お馬さんを差し返して差が広がったかな。何とか少し前に出たかな? ただ、横のお馬さんも必死に私をもう一回抜き返そうとしています。
負けないんだから!
更に想いをしっかりと込めて、大地を蹴る脚に力を入れます。
あれ? 何か桜花ちゃんがゴールの先に見えて来たよ? 何でそんな所にいるんだろ?
でも、桜花ちゃんだ~~!
桜花ちゃんの突然の出現に、体が軽くなって速度が上がったような気がした時、突然手綱がグイっと引かれました。
「ブフン」(あれ?)
何事? そう思った瞬間、何かゴーゴーという音が聞こえます。
何の音だろうと思ったら、すごい勢いでお鼻で息する私の出している音でした。
「ベレディー、ベレディー、大丈夫?」
ぼ~っとしていて気が付いたら、私の前に鈴村さんがいて、私の首を撫でてくれていました。
「ブフフフン」(疲れたよ~)
そういえば、桜花ちゃんがゴールの所にいましたよね? あれ? いない?
周りをキョロキョロ見回しますが、どこにも桜花ちゃんはいません。
「ブヒヒヒン」(桜花ちゃん何処?)
まだ何となくふわふわした感じですが、その代わりに鈴村さんを2、3人乗っけているような重量が圧し掛かっているような感じがします。
「ベレディー? 本当に大丈夫?」
首をトントンとしながら、私の状態を心配してくれる鈴村さんです。ただ、大丈夫って言われると、大丈夫じゃないって言いたくなりますよね。
「ブヒュヒュヒュン」(暫く動けないの~)
全然息が整う感じがしませんよ。だけど、知らないおじさんが走って来て、鈴村さんと何か話をしています。ただ、その会話に意識が向かないので、とにかく今は息を整える事に集中します。
心臓も凄い勢いで脈打ってるよ。
これなら持久走のほうが楽だったかも? 思わずそんな気持ちにさせられちゃいました。
ここで調教師のおじさんが走って来るのが見えました。併せて、その手には引綱を持っています。
私の所へ来た調教師のおじさんは、鈴村さんと少し会話をして、その後、引綱を付けられて移動を促されるんです。
息がまだ整ってないの。もう少し待って。
そう思うのですが、思いは通じず私は仕方なくゆっくりと引綱を引かれて歩き出しました。
「ブヒュン」(勝てたよね?)
最後は何とか勝てたと思うのです。ただ、今思うと意識が朦朧としていたからちょっと心配です。
今日のレースは何でこんなに疲れちゃったのでしょう?
今週分は書けた~~!
後書きを書く余裕すら無かったです><
書いている時のモチベーションでお話の雰囲気が変わるのを痛感した週でした。
トッコに似合わないシリアス展開ですよね・・・・・・。
本来はのんびりふわふわが一番似合うと思うのですが。
あ、あと感想はちゃんと読ませて貰っています!
ご指摘いただいている審議のランプとか、レース後に鈴村さんが下馬してトッコの様子を見たりとかは、このお話の展開的に欲しいなと思ってて、現実ではないパラレルの世界ではこんな感じと思っていただければ・・・・・・。
あと、余談ですが、予後不良で亡くなったりすると一応お見舞金とか出るのですね。もっとも、金額的に釣り合うのかは別問題ですが、ちょっと吃驚しました。




