99:秋華賞の実況とその他
『各馬ゲート入りが進みまして、最後の18番キセツノウツロイがゲートに収まり、各馬スタートしました。2番サクラヒヨリが好スタート、先頭に立ちます。11番ミラクルシアターも手綱を扱いて前へと切り込んでいく。6番ココアプリンも負けじと前へと進んでいきます。
1番人気サクラヒヨリは内から好スタートで早くも後続と2馬身の差、2番手はココアプリン、3番手にミラクルシアター、4番手はタートルラビット、5番手にカラフルフルーツ、今日はやや後方からのレース・・・・・・。
サクラヒヨリが先頭で逃げる中、4馬身程後方でココアプリンを先頭に集団が形成されている。しかし、サクラヒヨリ一頭で先頭を走らせて良いのか! この馬の姉は春の天皇賞を逃げ切ったミナミベレディーだ! 長距離巧者の血統を遺憾無く発揮できるかサクラヒヨリ、果敢に先頭で逃げの態勢。
近年の秋華賞は先行馬不利と言われ、出走各馬の思惑が渦巻く中、1000Mの通過タイムは59秒1、ほぼ平均タイムといった所か。
向こう正面へと各馬入りまして、先頭は依然サクラヒヨリ、しかし息を入れたか後続との間が次第に縮まって2馬身程に変わりました。
間もなく3コーナーへ入ろうかという所で、4番手に付けていたタートルラビットが前の2頭を躱して2番手につけた。ココアプリンは無理せず3番手。
タートルラビットそのまま先頭のサクラヒヨリに並びかけて行く。それを嫌ってサクラヒヨリの鞍上、鈴村騎手の手鞭が入ってサクラヒヨリ加速! 早くもここでスパートして持つのか!
近年、先行馬で秋華賞を制した馬はいないと言われる中、依然サクラヒヨリ、タートルラビットが前に出ます。
ここでタートルラビットは無理をせずにサクラヒヨリの後ろへと入った。そして、じわじわと前を走るサクラヒヨリにプレッシャーを掛けていく。
3コーナーから4コーナーへと入る所で、10番手付近につけていたスプリングヒナノが外へと持ち出し前へと押し出していく。すぐ前を走るサイキハツラツもここで漸く上がって来た!
4コーナー中ほどで再度タートルラビットに鞭が入る! スタミナ自慢のタートルラビットがロングスパートか! サクラヒヨリも同様に再度スパート! 先程とは比べ物にならない加速で1馬身、2馬身と2番手タートルラビットとの差が広がっていく!
ここでカラフルフルーツがタートルラビットを交わし2番手に上がった! タートルラビット加速がつかない!
間もなく直線へと入る所で、先頭はサクラヒヨリ、後続と4馬身近い差をつけ先頭で直線に入った。
しかしサイキハツラツも鞭が入って5番手に上がって来た! 2番手を走るカラフルフルーツにも鞭が入る! 2番人気スプリングヒナノも漸く上がって来た! 最後の直線勝負か! とここでサイキハツラツが大きく外へ振れた! すぐ後ろのスプリングヒナノ鞍上のロンメルも手綱を切る!
3番手を走っていたタートルラビットが急減速! 審議のランプが点灯します。
タートルラビット故障発生か! 場内に悲鳴が響き渡ります!
後続から走って来た各馬は無事にタートルラビットを躱し、そのままレースは継続されています。
先頭はサクラヒヨリ、ここで完全に独走態勢に入った。
2番手にカラフルフルーツ、しかし伸びが今ひとつか! 3番手サイキハツラツが凄い勢いで上がって来た! 鞍上、鷹騎手が必死に鞭を振るうがサクラヒヨリに届くのは厳しいか!
ここで先頭サクラヒヨリが後続と1馬身の差でゴール! 2番手にはカラフルフルーツか、サイキハツラツか、ほぼ2頭並んでゴール! 4着にはスプリングヒナノ、2番人気スプリングヒナノは漸く4着か。しかし未だ審議のランプが点灯しています。その中で1着2番サクラヒヨリが早々と確定、2着以降は未だ確定していません。
タートルラビットは未だ直線コース入り口で立ち止まったまま。江崎騎手がタートルラビットの右前脚をしきりに確認しています。
まさかの故障発生で波乱の秋華賞となりました。直線に入った所でタートルラビットは停止しています。ここで係員と馬運車が・・・・・・』
「う~~ん、2冠になったのは良いが・・・・・・」
「あのお馬さんは大丈夫なの?」
馬主席でレースを見ていた桜川は、横で心配そうに自分を見る妻に対し小さな声で答える。
「判らないな。馬の故障内容にもよるが、馬運車に乗れるようだからまだ判らないが・・・・・・」
確かに内に入っていた為に横へ持ち出すなどをする余裕は無かったのかもしれない。ただ、あわや後続と衝突する危険もあった中、騎手は咄嗟に異常を感じて手綱を引いたのだろう。真後ろを走っていたサイキハツラツとスプリングヒナノの騎手もどの段階なのかは判らないが、異常を察知して外へと馬首を振り衝突を回避していた。
「桜川さん、2冠達成おめでとうございます。でも何かモヤモヤするわね」
モニターにいまだ見入っている桜川に、そう言って声を掛けて来たのは十勝川だった。
秋華賞に出走馬が居ない中、なぜ? と思いながらも、桜川は確か5レースの新馬戦に十勝川所有の牡馬が出走し勝利していたのを思い出した。
「ありがとうございます。そうですね、出来ればすっきりと勝ちたかった所です」
「ご無沙汰しております。先月のパーティー以来です」
咄嗟に挨拶を返す桜川夫妻だが、ここ最近は北川牧場の関係も有り交流の機会が増えていた。
十勝川がいうように、実際の所秋華賞のレースは展開から言っても悪くは無かった。最後の直線で後続の追い込みを何処まで凌げるかという所ではあるが、事前に聞いていたサクラヒヨリの出来から言って、十分に凌げたのではないかと思う。
「馬運車に乗れたのですから、何とかなって欲しいですわね。関係者の人達も、漸くこれからという時ですもの」
「そうですね。競走馬の宿命とは言え、牝馬ですからせめて無事に繁殖に回れれば良いですね。騎手の判断も早かったようですし、何とか軽度の故障であって欲しい物です」
「そうね、少しレース間隔が強引だったのかもしれないわね」
タートルラビットも悪い馬ではない。ただ、重賞が獲れるかと言われると微妙ではあるが、何と言っても道悪巧者でオープン馬になっているのだ。条件次第では重賞を勝つ可能性は十分にある。
ただ、秋華賞へ出す為に少々強引にレースを組んだと言われても仕方が無いだろう。
「そういえば、今日の新馬戦で確か十勝川さんの所有馬が勝利していたかと。おめでとうございます」
何となくしんみりとしてしまった場の雰囲気をどうにかしようと、桜川は話題を十勝川の所有馬が新馬戦を勝った事へと話題を変えた。
「あら、ありがとうございます。まだ新馬戦ですし気性もちょっと臆病で2歳の間は厳しいと思っていたんですの。でも、無事に勝ってくれてホッとしましたわ」
そう言って何時もの様に笑う十勝川を見ながら、桜川はふと昨年の今頃に思いを馳せた。
「昨年の今頃は私もサクラヒヨリが漸く未勝利戦を勝って、ただその後のレースで大敗してヤキモキしていました。あの頃は1勝させるのに必死で、まさか牝馬2冠を獲ってくれるとは夢にも思っていませんでしたよ」
昨年の今頃は鷹騎手が百日草に騎乗してくれる事になり、そこに僅かな望みを繋いでいたのを思い出す。
ただ、桜川はこの時十勝川の表情が一瞬、それこそ獲物を前にした肉食獣は言い過ぎだが、狙い定めたような眼差しに変わった事に気が付かなかった。
「そういえば、うちの子が新馬戦を勝てたのも桜川さんの御蔭と言うか、サクラヒヨリの御蔭なんですの。先日、栗東へお邪魔した際に気が付いたんですが、サクラヒヨリの馬房から馬の嘶きが聞こえて来ていましてね、その嘶きを聞くまでそれはもう気が立っていたうちの子が、一気に落ち着いたんです。
それで丁度お会いした武藤調教師にあの嘶きは何ですかとお尋ねしたら、鈴村騎手の発案という事なんですの。桜川さんは何かお聞きです? 出来ればあの音源を私どもにも譲っていただきたいんですが」
突然の十勝川の申し出に、桜川は思わず返答に戸惑う。
なにせ、桜川も武藤調教師からぼんやりとした説明を受けてはいたが、実際の所、あの嘶きがミナミベレディーの嘶きである事くらいしか知らされていなかった。ましてや、その嘶きを聞かせる事でどういった効果があるのかなど理解の範疇に無い。
「う~ん、武藤調教師が桜花賞の時に流していたのは知っていますが、あれはミナミベレディーの嘶きですね。サクラヒヨリとミナミベレディーの仲が良いので、確か寂しくないように聞かせていたと記憶していますが?」
「あら、あの馬の嘶きはミナミベレディーなのね。私どもには判らないですが、馬達からすると美声なのかしら? それとも、あの子はませているのかしら?」
何やら自身の想像で壺に嵌まったのか、十勝川はコロコロと笑い出した。
「もしかすると母馬の声に似ているのではないかしら? まだ2歳ですと幼いですから」
そこに今まで黙って会話を聞いていた桜川の妻が、こちらも首を傾げながらそう告げる。
「あら、それはありそうね。一度うちの馬達でも試してみようかしら。それで落ち着くなら儲けものだわ」
その後、係員が表彰式の準備が出来たと桜川を呼びに来るまで、十勝川との会話は弾んだ。この時の桜川の妻の推測の御蔭で、ミナミベレディーの録音媒体が他に広まる事はとりあえず見送りになったのだった。




