9話・拾いものは最後まで面倒みましょう
「気を付けろ。狂言の可能性もある」
「狂言?」
「イディア公国に忍ばせていた者からの知らせでは、なぜかその事が公国にも知られていて、アイギス公子がドイア王国の商船を宵闇の海賊から救う為、討伐に向かうと大々的に宣伝していたそうだから」
熱血漢のアイギス公子ならあり得そうだと、ヴィナールは思った。3年前の公子との婚約解消から、ハヤスタン帝国皇帝は、イディア大公のことをよく思っていないようだ。ヴィナールは現皇帝の姪で、その父親は溺愛されている。そのヴァハグンの愛娘の婚約を踏みにじられて、面目を失ったと感じている皇帝は、イディア公国に不信感を募らせて間者を送り込んでいたらしい。
「人気取りに利用されたってこと?」
「今の時点では推測でしかないが──」
「分かった。売られた喧嘩は買うわ。叩き潰してくる」
3年前の屈辱を忘れてたまるものかと意気込むヴィナールに、ほどほどにと、言いながらバルジャミンは遠慮がちに言った。
「その……、子羊に触れても良いか?」
「どうぞ」
ぴょんぴょん跳ねている子羊を抱き上げて見せると、皇太子は破顔した。子羊の頭を撫でる。
「うわあ。もこもこしているな。わたあめみたいだ」
「食べないでよ」
ヴィナールより5つ年上で23歳になるバルジャミンは、どこか子供っぽい一面を見せる時がある。
「分かっているって」
「あ、お兄さま。ヴィヴィ!」
「モイラ」
そこへバルジャミンの実妹、モイラ皇女も姿を見せた。背後には数名の女官を引き連れている。
「それ、素敵ねぇ。どうなっているの?」
モイラ皇女は遠慮がない。ヴィナールの軍服ワンピースに目を留め、スカートの裾を摘まんだ。
「わあ、思ったよりもひだが多くてふんわりしているのね。動きやすそう。膝まで届く編みブーツも可愛い」
「分かってくれる? モイラ」
「勿論よ」
モイラとヴィナールは両掌をたたき合わせた。流行り物好きのモイラは、ヴィナールが着ている軍服ワンピースに理解を示してくれている数少ない支持者だ。彼女曰く、若い人ほどヴィナールの着ているワンピースに関心を持ってくれていると言うが、どれぐらいの人が認めてくれているかは微妙だ。
誰一人、モイラのように口に出して、素敵だと褒めてくれる人は未だ現れないからだ。
「あら。その子、なに?」
「子羊よ。今回、お父さまがお土産にくれたの」
「ふ~ん。叔父さまもたまには良いものをよこすじゃない」
モイラとバルジャミンは、「お土産」という名の厄介なものにヴィナールが振り回されてきたのを見てきた。今回は普通の子羊のようねとモイラは言う。
「でもあの叔父上のことだ。この子もそのうち一ヶ月もすれば元の姿を取り戻すのでは無いか?」
「えっ。嫌だわ。せっかくこのモコモコに癒やされているのにぃ」
「そう言いながらもヴィヴィは面倒見が良いよね」
「だって仕方ないじゃない。拾いものは最後まで面倒見ないと。それは拾ってきた者の責任よ」
バルジャミンの指摘に、ヴィナールは嫌がる。バルジャミンはなんだかんだ言って面倒見るのはきみの良い所だよと言ったつもりが、ヴィナールにはそう聞こえなかったようだ。彼らを面倒見るのは自分の責任だと言う。
兄の想いは報われそうにないわねと、独りごちながらモイラは言った。
「でもそれって叔父さまが面倒みるべきじゃない?」
「お父さまにこの子達の面倒なんてみられて?」
逆に問われてバルジャミン兄妹は即答した。
「無理だな」
「無理でしょうね」
二人の声が被り、ヴィナールは二人とも息が合うほど仲が良いのねと思った。ヴィナールは一人っ子なので兄弟がいる二人が羨ましかった。
ヴィナールは自分達を取り巻く環境の変化に気がついた。いつの間にか自分達3人を取り巻くように大勢の女官達に囲まれている。
「きゃ──、可愛い~」
「あのモコモコ。堪らないわ」
「おさわりしたい~」
黄色い声に早くも白旗を揚げたヴィナールは、不公平のないように大人しい子羊モコを女官達、一人一人に抱かせてあげた。