8話・謁見室にて
「海軍少佐ヴィナール・ハイク。お呼びと聞き、罷り越してございます」
「来たか。ハイク少佐。待っていたぞ」
ヴィナールが向かった謁見室には皇帝と、皇太子殿下がいた。ヴァハグンと同じ金髪に青い目を持つ端正な顔立ちの2人を前にして、父と血が繋がっているのだと嫌でも感じさせられる。ただ、顔立ちが少しだけ違っていて、皇帝は目がつり上がっているせいかきつめの印象を受けるのに対し、皇太子は垂れ目の為、柔和な印象を受けた。
2人ともヴィナールの軍服ワンピースを見て何か言いたそうにしていたが、それに触れることはなかったので、跪いて挨拶の口上を終える。
2人はそれよりもヴィナールの背後でポンポン弾んでいるものが気になったようだ。
「それは何だ? ハイク少佐」
「父からの土産にございます。陛下。子羊です」
「ほう。子羊とはそのように弾むものなのか?」
「さあ、あまりよく知りませんが、これはそうみたいです」
「ヴァンが帰ってきていたのか? なぜ知らせぬ?」
と、残念そうに陛下が言う。同母の弟を特別大事に思っている陛下は不服そうだ。
「またすぐに母の元へ戻ってしまわれたので……」
「夫婦仲が良いのは良いが、たまにはこちらに顔を見せてくれても良いものを。あれに今度は余に顔を見せにくるように伝えよ」
「御意」
皇帝とヴァハグンは、正妃の産んだ第一皇子と第七皇子で、他の皇子達は病弱で早世していた。側室腹の皇女達もすでに嫁している。なかなか縁遠く、皇妃に小姑のように接していたコブリナもようやく片付いた。
たった二人きりの同母の兄弟のせいか、皇帝はヴァハグンに甘かった。
「さて少佐よ。実はな、ドイア王国へと向かう商船が次々海賊船に襲われていると知らせが来た。その海賊船は宵闇の海賊を名乗っているらしい」
「……!」
そんなはずはないと思うヴィナールに、皇帝はゆゆしき問題だと告げる。
「宵闇の海賊は、我が国の英雄によって壊滅させられた事をこの帝国の民、皆が知っている。その彼らがまた現れたと言うことは帝国民の不安を煽りかねない。恐らくその者らは騙りか、残党達かも知れぬ」
宵闇の海賊だったサイガらは現在、ハヤスタン帝国の海軍の一員として組み込まれている。その事を知るのは父ヴァハグンと、皇帝、皇太子、宰相と一部の者たちだ。
アイギス公子との婚約破棄後、彼らを更生させた功績を買われて、ヴィナールは軍艦を与えられ、彼らを配下に海軍少佐の地位に就かされていた。本人としては望みもしない結果だ。
そのせいで婚約破棄後タイミング良く、海軍少将の地位についたヴィナールを、快く思わない貴族子息達からはやっかみを買い、婚約破棄されてヤケになった女だと陰口を叩かれたりもした。
皇帝は危惧していた。彼らの名を騙る者が現れたと言うことは、その事を公にしてハヤスタン帝国を貶めたい誰かの仕業かも知れないのではと疑っていた。
ドイア王国とは海を渡った先にある国で、昔から帝国とは商船を介して物が流通している。
「さっそく真相を探ってもらいたい。現場に赴き調べてもらえるか?」
「畏まりました」
皇帝の前を辞して廊下に出たヴィナールの後を、従兄の皇太子バルジャミンが追い掛けてきた。
「ヴィヴィ」
「バル兄さま?」
バルジャミン達、皇子や皇女はヴィナールの従兄弟で幼馴染みでもある。政務から一歩離れれば愛称で呼び合うほど仲は良かった。
「イディア公国とドイア王国の繋がりを知っているか?」
「ええ。このハヤスタン帝国と、ドイア王国の間にイディア公国がありますもの」
なぜここでイディア公国の名があがるのかと、ヴィナールは首を傾げた。帝国からドイア王国は海を挟んだ向こう側の大陸にある。そこまでに船で向かう間にある島国がイディア公国だ。イディア公国を拠点として、各大陸にある国へ行き来する商船も多かった。それとイディア公国は島国なので、ほとんどの物資を輸入に頼っている。その主な取り引き先がドイア王国なのだ。