7話・うちでもらってあげましょうか?
数時間後。ヴィナールは、濃紺の軍服ワンピースに身を包み、皇帝の待つ謁見室へと向かっていた。肩から金色のモールがついていて、胸に1つ星の階級勲章が輝いている。
この軍服ワンピースは、ヴィナールが考案し、お針子に作らせたものだ。男性仕様の軍服を着ることに抵抗があったヴィナールは、自分用の制服ワンピースを作ることにしたのだ。
この軍服ワンピース、自分では気に入っていたが、宮殿ではご年配の方々には不評だった。この世の中、特権階級者のご令嬢方は、夜会で肩を見せるドレスは着ていても、人前で足下を晒すのは恥ずかしいこととされていた為、ヴィナールが軍服ワンピースを着て登場すると、皆が困惑した。
本人としては、別に足を見せ付けているわけではない。長い膝丈のブーツを履いているので、中身が見えている訳ではないし。と、思うが頭の固い高位貴族ほど見る目は険しかった。
それでも人の目を気にせず胸を張り、颯爽と大理石の床の上をカツカツとブーツを鳴らして進めば、すれ違う女官達が目を逸らし後方に目をやる先で、文官らしい男性達が3名ほど廊下の端によってヒソヒソ話し出す。
「ああなったら女は終わりだな」
「いくら見た目が綺麗だろうが、あれでは嫁ぎ先もないだろうな」
「だからあのような膝丈の服を着て、アピールしているのだろうよ」
「なるほど男を誘っているわけだ。3年前に婚約者を奪われた哀れな女の末路だな」
可哀相にと男達はヴィナールをせせら笑う。ヴィナールとしては、可哀相なのはおまえらの頭の中身だと言ってやりたくなる。まだ自分は18歳。勝手に行き遅れなどと決めつけられては困る。それに結婚することが女の幸せだと、誰が決めた? 仕事に生きて何が悪い?
不服に思うヴィナールは、笑っている文官らの前で足を止めた。
「文官とはよほど暇なのですね? そうやって人の悪口を言うしか能がないとは」
「なんだと?」
「文官の就職は難関だと思われているので、無事に就職できた者は有能な者と思われがちですが、そうでもないらしいですわね? 宰相が嘆かれていましたよ。裕福では無く、今にも職位を失いそうな低位貴族の子息を救うための救済措置なのでその結果、仕事もせずにぷらぷら宮殿内を闊歩する者がいて困ると」
ヴィナールの言葉に、文官達はお互いの顔を見回す。
「どうもあなた方の礼儀はなっていませんね。わたしの階級章はご存じ? 宰相に一言、申し上げておきましょう」
「いえ。そんな……」
ヴィナールに反撃されるとは思ってもみなかったのだろう。いつもなら素通りする彼女が目の前に来て、今更ながら文官達は青ざめた。ヴィナールの胸元に輝く階級章は星1つ。星5つは大元帥でこの国のトップ=皇帝がその座に着いているが、実力を重んじる海軍では、容易に星など取れない。そのことは優秀な文官のあなた方なら分かっていますよね? とのヴィナールの嫌みに3人は何も言えなくなった。
「もしも、あなた方が宰相から不興を買って文官を辞めさせられたとしても安心なさって。海軍では人手不足ですからいつでも受け入れてあげ──」
「「「失礼致しましたっ」」」
3人仲良く、綺麗に言葉がハモる。先を競うようにして不快な男達は去って行った。
「何かしら。あれ」
呆れるヴィナールの背後で突如、黄色い声が上がった。
「きゃあ、可愛い」
「もこもこ──」
「それって何ですか? ハイク少佐のお供ですか?」
女官に話しかけられて、そう言えばとヴィナールは思い出した。今日は連れがいたのだ。その小さな連れはヴィナールの足下でぴょんぴょん跳ねている。
抱っこして。とでも言いたそうなその円らな瞳に促されて抱き上げると、数名の女官達に周囲を取り囲まれた。
「先ほどから元帥の後ろをポンポン跳ねてついてくるのが愛らしくて気になっていました」
「まあ、子羊」
「可愛い~」
「見ていて飽きないです」
普段は遠巻きに観察している女官達が近づいて来て、ヴィナールは嬉しくなった。
「この子、モコと言うの。抱っこしてみる?」
「えっ? 良いのですか?」
ヴィナールは自分の横にいた女官にモコを手渡す。女官は「温かいわ」と言い、頬を緩めた。次々、仲間内で回して抱っこされてモコがヴィナールに戻って来たときには「また抱かせて下さいね」と、言って女官達は笑顔を見せて去って行った。