57話・好きだよ。ヴィナール
その晩。
バスローブを着て、シャワー室から出て来たヴィナールは、寝台の上に蹲っている小羊に聞いた。
「ねぇ、モコ。わたしのドキドキの理由を教えてくれるって言ってなかった?」
「……ああ。あれのこと」
ベッドから降りたモコは、その場で長身の人の姿に変わった。白金の髪に、透き通った青い角がついた異形の姿をしていても彼は美しかった。蜜を吸い込んだような琥珀色の瞳から目が離せなくなってしまう。
「どういうことかきみにも大体、予想がついているんじゃないの?」
「……」
呆けているヴィナールに、ミフルは近づく。
「私もきみを前にするとドキドキする。確かめてみるかい?」
何を確かめるの? と、理解が追いついていないヴィナールをミフルは抱きしめた。
「私の心臓の音はどんな風だい?」
ミフルに促されて、彼の胸に耳を押し当てたヴィナールにも何のことかようやく分かった。男女の色恋沙汰に疎くとも、前世には一応、夫を持った身だ。
前世ではよくテレビドラマで運命の恋だとか、本気の恋だとか演出されて放送されていたし、周囲には恋愛にのめり込んだあげく、相手に突如、失恋してその傷心で仕事を休みます。なんて言っている若い子達もいた。
仕事と恋愛は別物。そんな理由で仕事を休むなんて馬鹿馬鹿しいと思ってもいた。そして恋なんて熱病のようなもの。自分とは無縁だと思い込んでいた。夫にときめくことなんてなかったから。
ドキドキ、そわそわなんてテレビや小説の中だけだと思っていた。ヴィナールは答えを見つけたような気がした。
「これのことね? あなたもドキドキしているのね?」
「そうだよ。こうなるのはきみを前にした時だけだよ。私達は同じ病にかかってしまったようだ」
「まあ、なんてこと。この病に効く薬はなさそうね」
「私はね、きみと特別な仲になりたいと思っている。きみはどう?」
「特別? あの叔父さんと、レコウティアさまみたいな?」
先ほどのアランと、レコウティアの二人の様子を思い出して、頬を赤く染めたヴィナールを、琥珀色の瞳が愛おしそうに見つめ返してきた。
「好きだよ。ヴィナール」
「わたしもよ。ミフル」
ミフルの整った顔がすぐ目の前にあって、ヴィナールは静かに目を閉じた。




