54話・何様のつもりだ!
「あんたのことを信用していた俺が馬鹿だった。あんたは俺を騙したんだな?」
「騙すだなんてそのような恐れ多いこと……」
「ああ。謙虚な姿勢は演じる必要もないぜ。あんたのことはもう信用してないからな」
「そんな、ヴァハグンさま。私はあなたさまには何一つ、害なんて……」
「偽善ぶっても無駄だ。あなたがしてきたこと全て知っている」
「偽善だなどと誤解です。ヴァハグンさま。お助け下さい。私はこの者らに陥れられたのです。してもいない事をしたように言われて冤罪で処刑されようとしています。お願いです。私を信じて下さい」
後ろ手に縛られ、膝をつかされた元大公は縋るようにヴァハグンを見た。でも、ヴァハグンに冷たく見据えられ期待が出来ないと悟ると、今度はその隣のヴィナールに目を移した。
「ヴィナールさま。どうか、お助けを。あの子はあなたの許婚だった時もあったではないですか? そうだ。もし、私を助けてくれたのならアイギスと婚姻させてもいい」
「おまえ、俺の娘をどこまで愚弄する気だ?」
元大公の言葉を聞いて呆れるヴィナールの横で、ヴァハグンは苛立ちを露わにした。ツカツカと元大公の前に行き、胸元を掴み上げる。
ヴァハグンの行動を、誰も止めなかった。元大公を連れて来た兵達も黙って見ていた。
「おまえの息子はヴィヴィの、初の晴れ舞台を穢しやがった。社交界デビューだったんだぞ。それを台無しにしやがって! こんな事になるなら、アストヒクに止められても無理してでも顔出すんだった」
せっかく初々しい婚約者達が二人揃って顔を出す場に、保護者が付き添うなんて無粋でしょう。と、アストヒクに止められて、「若い二人でどうぞ」と、気を利かせた結果がとんでもないことになった。と、ヴァハグンは激怒していた。
ヴィナールは、初めてそんな裏事情を聞かされて戸惑った。今まで放置されすぎていて、「くそ親父!」と、何度思ったことか。だけどヴァハグンは、娘である自分のことをそれなりに大切に思っていてくれたらしい。
でも社交界デビューの日は、父がいない方が確かに良かったとは思う。今頃、血の惨劇になっていたかも知れない。
「それは……申し訳ないことを──」
「本当に心の底からそう思っているのか? 口先だけの謝罪なんかいらねぇ。その上、ヴィヴィに対して今、なんて言った? 自分を助けてくれたのなら、アイギスと婚姻させてもいいだと?」
ふざけているのかとヴァハグンは言い、元大公から手を離した。どさっと床の上に落ちた彼を蹴りつける。
「何様のつもりだ? てめえんとこのアイギスなんか、俺の娘の相手になど一万年早いわ!」
「お父さま。お父さまっ」
「なんだ? ヴィヴィ、止める気か?」
ヴィナールは、周囲の人達がヴァハグンの怒りを前にして完全空気状態になっているのに気がつき止めた。ヴァハグンはこんな奴に温情を掛ける気か? と、聞いてくる。元大公は助かったと安堵した表情を見せたが、英雄の娘はそんなに甘くなかった。
「別に止めません。お父さまの気が済むまでされればいいと思います。でも、許可を頂いたのは殴る方ですよ」
蹴る許可は頂いてないと思いますと、ヴィナールに言われてヴァハグンが、それもそうだったなと拳を握りしめた。元大公は青ざめた。




