4話・末恐ろしい娘
「あれは腕にくっついて離れなくなったからお父さまに助けを求めたのに、ゲラゲラ笑って見ているから仕方なくですわ。そしたら逃げられましたけど……」
「おまえを怒らせると怖いからなぁ」
「あと、ほら10歳の時に頂いた羽無しヒポグリフ!」
「俺が羽を毟ったことを知って怒っていたのに、なぜか庇っていたはずのヒポグリフから、顔めがけて火を吹かれて怒りまくっていたよな」
あれは可笑しかったよなぁと、思い出し笑いをする父をしばき倒したくなる。誰のせいで危険な目にあいそうになったと思っているのだ。
「首しめて殺すような勢いだったもんな。あいつ、身の危険を感じて俺に助けを求めてきたんだっけ」
「仕方ないではないですか。あの恩知らずに己の立場を思い知らせたまでです」
それまで大人しくヴィナールに背を撫でさせていた子羊は、彼女から距離を取ろうとしたところ抱き上げられて無理だった。話を聞いていた子羊は、似たもの父娘だと思い身を震わせる。明日は我が身かも知れないと。
「それと12歳になった時には──」
「おまえは勉強ばかりしていたから、遊び相手がいないだろうと心配して連れてきた奴らのことか?」
「あれも最悪だったわ。いくら腕が良くとも荒くれどもなんて。躾けるのに時間はかかったけど、いくらかまともになったようには思うわ」
ヴァハグンは勉強ばかりしていたと言うが、もともと彼がするべき事を、その娘であるヴィナールが伯父の命でさせられていただけだ。尻拭いしていると言ってもいい。
そこへノック音がした。
「お入りなさい」
「失礼致します。お嬢さま。お茶をお入れしました」
「ありがとう。クルズ。そこに置いていって」
部屋に入ってきた、焦げ茶色の髪に黒い瞳をした優男風の二十代の執事を見てヴァハグンが驚く。
「おまえ、あのクルズか?」
「あの頃は大変失礼致しました」
綺麗な所作で彼がお辞儀すると、ヴァハグンが「へぇ」と、声をあげた。彼はたった今、話題に上がった荒くれどもの一人だ。
「あの時のわたくしたちはどうかしていました。間違っていました。強奪の世界しか知らず、海上では自分達が一番強いのだと驕っていました。それがあなたさまにコテンパンにやられて悟りました。上には上がいると」
「いやあ。変わりすぎじゃないか。驚いた。見違えたなぁ」
謝罪したクルズの背をヴァハグンは「立派になったなぁ」と、容赦のない力でバンバン叩く。本人悪気がないのは分かるが、力の加減を知らない。クルズは涙目になっていた。
「そうか。そうか。ヴィナール、これは一体、どうしたんだ?」
ヴァハグンは、あんなにも血気盛んだったクルズが、大人しめの男に変わったことに関心を持ったようだ。
「彼らは楽をして、ただ飯にありつこうという魂胆が見え見えだったので、まずはわたしの可愛いペット達のお世話を頼んだのですわ。そしたら悲鳴を上げて、何でもするから許して欲しいなどと言って失礼だったわ」
ヴィナールは、わたしの可愛いペット達のどこが悪いと言うの? と、その当時のことを思い出したようで、冷たい目をクルズに向けた。それを受けクルズは、背中に冷や汗が流れるのを自覚した。そのクルズの肩を抱き、ヴァハグンがこそっと耳打ちする。
「おまえ、一体何しでかしたんだ?」
こいつを怒らせたら怖いんだぞと囁く。クルズは遠い目をしかけて言った。
「何もしていません。と、いうか出来ませんでしたね。お嬢さまのペットが凄すぎまして。大蛇に、巨大タコに、火を吹く変な顔した馬のお世話なんて無理でした。逆に餌に思われて食べられそうになりましたから」
「大蛇に巨大タコに、変な顔した火を吹く馬?」
なんか既視感があるなと思うヴァハグンに、ヴィナールが言った。
「お父さまが下さったお土産ですわ。皆、伸び伸びと元気に育ってくれました」
娘の言葉に、その他諸々察したヴァハグンは、クルズにお気の毒様と同情の目を向けた。彼はすっかり忘れていたが元々、それらは彼が腕試しをした相手で皆、ヴァハグンにやり込められて力を失った魔物達。力を失い害はなくなったと判断した上で娘に、「お土産」として下げ渡していたが、数年の時を経て力を取り戻していたようだ。
それにしても、あいつらをペットにしてしまうとは末恐ろしい娘だと、ヴァハグンは自分のしでかした事は棚に上げて、娘をマジマジと注視した。