35話・ヴィヴィも家族の一員ですよ
「ねぇ、あれで良かったの? 乗船時間なんて遅らせても良かったのよ。次の便に乗れば良いだけだし」
「良いんですよ。今更、祖父だという人が現れても、自分にはどうしたら良いか分からなかったですし」
帝国へと向かう客船の中でヴィナールは、クルズに問いかける。ヴィナールは、別れ際のロンカー老人の、寂しそうな顔が引っかかっていた。
「両親が亡くなって連絡がつかなかったと言っても、自分の存在を気にもしてくれなかったロンカーさんのこと、許せなかったりする?」
「許すも何も何とも思っていません。私は両親に愛されて育ちましたし、その後、両親を失って孤児となった時も、側にはサイガ達がいてくれましたから、両親の死を悲しんでも寂しくはなかったのです。だからあの人にいきなり祖父だと言われても戸惑いしかなくて」
血縁者が見付かったと言うのに、反応の薄いクルズにはそれなりの理由があったらしい。彼としては期待してなかっただけに、祖父だと言われても、どうそれに反応して良いのか分からなかったと言った。
「まあ、そっか。クルズには、サイガ達が家族のようなものだものね」
血の繋がりのある親子といえど、共に暮らしているのが幸せとは限らないことを、ヴィナールは身をもって知っている。彼女の場合は、やや特殊ではあるけれど。
「ヴィヴィも家族の一員ですよ」
「ありがとう。わたしも皆を大切に思っている。だからクルズの血縁者が見付かって嬉しく思っているわ」
「ヴィヴィが嬉しいですか?」
「そうよ。クルズは嬉しくない?」
「ヴィヴィが嬉しいなら、わたしも嬉しいですかね?」
「そこでなぜ疑問符?」
クルズは感情が表情に表れにくいから、心情が分かりにくいけど、ロンカーさんに頼って欲しいと言われた時には、目を見張っていたから心には響いたはずだ。
不器用なんだから。ヴィナールの呟きが、甲板から望む波飛沫の中に消えていく。
「そろそろ客室に戻りますか?」
「そうね」
この船には何室か個室がついており、その一室をヴィナールは予約して取っていた。部屋に移動する途中、船員が何人で「いたか?」「いや、こっちにはいない」と、何か探し物をしているようだった。
「何かあったのかしら?」
「さあ?」
「騒々しいわね」
ふたりで予約していた個室に入ると、そこに黒いローブを着て蹲る者がいるのに気がついた。
「ヴィヴィ」
「誰? 何者?」
ヴィナールを庇うように、クルズが前に進み出た。
「怪しい者ではない。少し匿って欲しい」
「あなたは……! アイギス公子」
黒いローブを着た男が立ち上がってこちらを見た時、ヴィナールは凝視した。彼はアイギス公子だった。
そこにノック音がして、アイギス公子はテーブル下に転がり込む。クルズがドアの前に立つと顔を出したのは船長だった。
「おくつろぎのところ失礼致します。ただ今、船内に不審者が入り込んでその行方を捜しております。もしも、怪しい人物を見かけましたら、我々までお知らせ願えますか?」
「その怪しい者の特徴とは?」
「黒いローブを着た中肉中背の若い男です。目撃した船員の話だと黒髪の男だと聞いております」
どうするか?と、クルズがヴィナールを振り返る。彼らが捜している人物はアイギスのようだ。ここにいると教えるか? と、目線で問いかけて来る。ヴィナールは船長に言った。
「分かりました。不審な男がいればすぐに知らせますわ」
「ご協力感謝致します」
一礼して船長は去って行った。扉を閉めクルズは言った。面倒事を増やしてどうするんですか? と、その目は責めていた。




