31話・新大公殿下とコブリナ
「レコウティア大公殿下。こちらへ」
「レコウティアだと? 本物か?」
「疑っているのですか? 彼女は本物のレコウティアさまですよ」
新大公の名前を聞いて訝る大公に、マロフ公爵は言った。女官の手から彼女を引き受けると、玉座まで導いて座らせた。
「その女がレコウティアのはずがない。レコウティアは18年前に死んでいる」
「確かに18年前、前大公のご子息ローランさまとご息女のレコウティアさまの葬儀は行われましたよね。その時の葬儀の用意全てを誰に任せたかお忘れですか?」
認めようとしない元大公に、マロフ公爵は笑った。
「まさかレコウティアは生き延びていたのか? おまえはあの時からずっとわしを欺いてきたというのか?」
「勿論です。私はね、どうしてもあなたのやり方が許せなかった。前大公は公国民の事を考え、彼らの為に善政を敷いていた。ところがあなたはその兄夫婦を追い落とし、大公の座を得ることに躍起となった。しかも大公を亡き者にしようとした理由が、前大公の妻に懸想していてそれを拒まれたせいだったのだから何とも稚拙だ」
「馬鹿な事を言うな。そんな証拠はどこにある?」
「証拠ならわたしが持っています」
「宰相」
宰相は前大公夫人の実兄だった。胸元から手紙の束を取り出す。
「妹のリリーアは、あなたからの一方的な好意に困惑していました。兄であるわたしに万が一のことを考え、あなたから送られてきた恋文や、脅迫文を死ぬ数日前にわたしに預けてきました。もしも、自分の身に何か起きたなら子供達を頼むと言い残して。あの日、レコウティアさまを発見したのは、マロフ公爵だけではありません。その場にわたしとテーラー将軍もいたのです」
宰相はこの事は、3人で計画した事だと言った。大公はずっと3人に欺かれてきたと知り落胆した。夫人も唖然としていた。その中でコブリナだけが平然としていた。
「さあ、元大公さま。ご夫婦仲良く牢屋へ行って頂けますか? 処分が決まるまで大人しくして頂きたい」
マロフ公爵が顎をしゃくると、数名の兵が出て来て元公爵夫婦を伴うと牢屋へと連行した。その場に残されたコブリナは、夫婦を見送るとアランに言った。
「ねぇ、アラン。わたくしと結婚してくれるのでしょう?」
「唐突に何を言い出すのかと思えば、あなたさまは修道院行きが決定しております」
アランは可笑しそうに言う。コブリナの発した言葉に玉座のレコウティアがピクリと反応するが、コブリナは自分が彼に選んでもらえると信じていた。
「修道院ですって? なぜよ? なぜわたくしが修道院に? まさかあなた、そこの女と結婚するんじゃないでしょうね?」
「ここにおわす御方はレコウティア大公殿下です。失礼のないようにお願い致します」
「わたくしはハヤスタン帝国皇女よ。それがどうしたというの?」
宰相の指摘に、コブリナは強気で返した。彼女にとってイディア公国とは、帝国の属国のようにしか思っていなかった。帝国の皇女である自分は、大公よりも立場は上なのだと思い込んでいた。それというのも父親だった前皇帝が彼女の我が儘を何でも聞き、叶えて甘やかした結果だ。
彼女自身、自分は特別な存在なのだと思い込んでいた。その特別な庇護者を失って、帝国ではお荷物扱いだったことを理解していない。
「そう言えばあの人はどうしたの? アイギスは?」
今ここでようやくかとアランは思った。大公夫妻らは自分達のことで頭いっぱいだったので今頃、牢屋で息子のことを思い出しているだろうが、コブリナは仮にも彼の妻だ。一番に気にする相手ではないかと。




