30話・大公の退任
「宰相。暴徒の様子はどうなりましたか?」
「収まりました。大公殿下が代表と話し合いをしてそれを全面的に受け入れることになりましたので、わたくしがお迎えに参りました」
「良かった。無事に収まったのね?」
「さあ、それはどうでしょう? 詳しくは謁見室にてお話しがあります。参りましょう」
宰相に促されて、訝る大公夫人とコブリナは謁見室へと連れられていった。謁見室には玉座の横に並び立つマロフ公爵とテーラー将軍がいた。その手前には後ろ手に縛られた大公の姿があった。
それを一目見て大公夫人は青ざめ、コブリナは顔を輝かせた。
「連れて参りました。閣下」
「ご苦労さまです」
宰相の報告に、鷹揚にマロフ公爵が頷く。この場で大公の甥であるアランが、皆に指示を出していた。ただ事ではない様子を感じて夫人は戸惑った。そこに暢気な声が上がる。
「アラン。とうとうやったのね? おめでとう。大公になったの?」
「コブリナ、あなた……」
やったわね。と、この状況を喜んでいるようなコブリナに、夫人がねめつけたが彼女は平然と受け流した。
「ご察しの通り、大公殿下にはご退任頂くことになりました。宵闇の海賊を身内にお持ちの御方に、この国のトップになって頂くのは些か外聞が悪いのでね。大臣らにもお認め頂き、民衆の支持を得て新たな大公を立てることが正式に決まりました」
「これは簒奪ではありませんか。こんなの許されるはずがありませんわ」
「おや、元大公夫人はお忘れか? あなた方が大公になった時には、速やかな交代劇があったとでも? 元大公には、前大公夫妻殺害とご子息並びに、ご令嬢の毒殺の疑いがかけられています」
「殺害ですって? うちの人がそのようなことするわけがないわ。前大公夫妻が事故でお亡くなりになられたことはお気の毒でした。でも、それを計画しただなんてとんでもない。濡れ衣です」
マロフ公爵は仰々しくため息をついた。
「信じたいお気持ちは分かりますが……」
「嘘よ! うちの人がそんなことするわけないもの。言いがかりよ」
マロフ公爵の言葉に被せるように夫人は言い切った。夫人にとって夫は信じるに値する人だったらしい。
「それに大公は今回、宵闇の海賊を名乗って海賊行為を行っていたご自分のお子の存在を隠蔽し、密かに処分するよう命じていました」
「……!」
「大公にとって都合の悪い人間は処分対象にして来たようです。先の大公の血を組む者も毒を盛って根絶やしにしたように」
夫人は自分の知らなかった夫の一面を知らされて、愕然となった。
「あなた……」
「すまない。ローチェ」
大公から謝罪の声を聞き、夫人は項垂れた。再びそこにコブリナの声が上がった。
「ねぇ、今度の大公さまはどなたなの? もしかしてアラン、あなたなの?」
「いいえ。私ではありません。しかるべき御方について頂くことになっております。新しい大公さまにお入り頂いて下さい」
マロフ公爵は謁見室の玉座脇の、カーテンの下がった入り口に向かって声をかけた。そこから一人の女性がしずしずと、女官に手を引かれて出て来た。黒髪に紫色の瞳をした美しい娘だ。でも視線は宙を見つめていて、おつきの年配女官が、彼女のおぼつかない足下を気遣っているように見えた。コブリナはそれを怪訝そうに見た。




