18話・強いおまえらは何者なんだ?
「おら。者ども。かかれ──!」
「おおっ」
岩石の島影に隠れていた古船は霧を利用して、商船の後ろに近づいた。鉄の爪のついた縄を相手の船の柵に投げつけ、しっかり巻き付いたのを確認すると縄を伝って商船に入り込んだ。
「オレ達は宵闇の海賊だ。観念しろ!」
「ひっ、ひぃ──。宵闇の海賊ぅ?」
「お助けを──」
「海賊怖い──」
大抵の商船は「宵闇の海賊」と、聞くと怯えて震え上がり抵抗もせずにこちらの言いなりになる。今回も簡単に事が進みそうだと、コルビンは考えていたが、何となく違和感を覚えた。
船の中にいる商人達はやけに体躯が良い。しかも強面。目つきも鋭く威圧感が感じられる。彼らに囲まれて、仲間の中でも大男のバンドも唖然としていた。彼らは怯えて見せるが、どこか棒読みに感じられる。その上、こちらを興味本位にジロジロと見てくる癖に、目が合うとすぐに下向く。
一体、何だろう? 男達の不躾な視線が気になった。そこへ強烈な視線を感じて目をやった先には、頬に傷のある強面の顔した男と目が合った。背中がぞくりとした。男に気圧されたなんてあってたまるか! 気がつけば怒鳴っていた。
「なに見てんだよ!」
「ああ。いやぁ、海賊さまのお仲間はこれが全部で?」
「それがどうした? 少数でもオレらは最強だぜ」
「へぇ。さすがは宵闇の海賊さまだ」
「いやあ。それほどでも。オレ達の手に関われば、ちょ、ちょいの、ちょいさ」
頬に傷ある男は意外と話が分かる奴だったらしい。こいつなら仲間に加えてやってもいいな。コルビンは誘いをかけた。
「あんた、良かったらオレらの仲間にならねぇか?」
「こいつの親父は大公さまだぞ。偉いんだぞ」
コルビンの仲間の一人が、重大なことを漏らす。
「ば、ばか。余計なことを言うな」
「隠すこともないだろう? 本当のことじゃないか」
コルビンの父親とこの間、対面した仲間達は図に乗っていた。大公の息子のコルビンについていけばこの先、自分達の未来は安泰だと躊躇いもなく信じていた。
コルビンとしては所詮、愛人の子なのでいつ、大公から切り捨てられるか分かりもせずに。
コルビンは祖父母達が甘やかして育てた為に、現実が見えてなかった。別に働かなくとも大商人の祖父から多額の小遣いはもらえたし、生活に不便もない。
仲間と連むのは、一人でいるのがつまらないから。仲間といれば楽しいし、馬鹿をやって騒いでいるこの時間が幸せだった。
「断る」
「えっ? なんで? オレら宵闇の海賊だよ」
呆気にとられるコルビンを見て、頬に傷ある男は笑い出した。
「ハッハッハ。オレに仲間になれだ? おまえらどう思う?」
周囲からも笑いが起きた。
「馬鹿も休み休み言え」
「なんだと? このオレにかなうとでも思っているのか?」
コルビン達の周囲に男達が集ってきた。体躯の良い彼らに囲まれて嫌な汗が背中を伝った。
「こんな、へなちょこらが宵闇を名乗っていたとは片腹痛いわ。詐欺もいいとこじゃねぇか。少しは気骨がある奴かと期待したんだがなぁ」
「へなちょこだと? 舐めんなよ」
コルビンは馬鹿にされて悔しくなり、拳を男の頬にお見舞いした。男はそれを黙って受け止めた。
「ちっとも利かねぇな」
男は首を捻り、腕を振り上げてコルビンを殴り飛ばした。ぐえっと、変な声を漏らして彼は板の上に転がった。
「コルビンッ」
「コルビンをよくもっ」
仲間が揃って男に殴りかかるが、逆に投げられて終わった。周囲から怒濤の笑いが起きた。こいつら只者じゃない。そう気がついた時には遅かった。
「くそお。強い。おまえら何者なんだ?」
周囲を取り囲む男達に聞けば、男達は一斉に着ていた商人服を脱いだ。そこから現れたのは、胸にグリフィンが両手を広げたバッチが煌めく紺地の軍服。
そのマークは、海賊泣かせのハヤスタン海軍に違いなかった。話には聞いたことがあった。でもコルビンらは、実際に目にしたことはなかった。
「捕らえろ!」
頬に傷ある男の号令で、周囲の男達は速やかに動き、呆気にとられたコルビン達は、抵抗することすらなく、あっさりと捕まった。