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14話・イディア大公の悩みの種


「大公さま。本日は如何なさいましたか?」

「あれはどうしている?」

「コルビンさまは──」


  郊外の商家の屋敷の前で馬車を止めさせると、大公は護衛数名を連れて重厚な屋敷の門を潜った。イディア大公の先ぶれなしの訪れに、その屋敷の主人である年老いた男が慌てて中から出て来た。大公に「あれ」と言われて何のことだか思い当たった屋敷の主人は戸惑った。その背後からワハハと大声で笑う男達の声がする。その中に聞き覚えのある声が聞こえて大公は顔を顰めた。


「どうせ昼間から酒盛りでもしているのだろう」

「お待ち下さい。大公さま」

 

 それで大体のことを悟ったらしい大公は、止める家令を振り払い、屋敷の中へと踏み込んだ。屋敷の奥から浮かれたような大声が聞こえてきた。


「飲め、飲め──っ。オレの奢りだぁ」

「馬鹿やろう。何が奢りだ。これは俺たちの戦勝祝いだろうが?」

「そっか。悪かった。好きなだけ飲んで食ってくれ」


 ワハハと上がる男達、数名の声。皆、上着を脱ぎ捨て白シャツを着崩して「乾杯~」と、グラスを持った手を天井に突き上げていた。その中央でご機嫌にグラスをぐいぐい空ける男がいた。見た目は二十代の男子で、茶黒の髪に黒い瞳をしていたが整った顔立ちをしていた。


「あいつら弱っちいよな。すぐにオレらにしてやられるんだから」

「今回は良い思いもしたよな。しかし、バンド。やり過ぎじゃねぇか? 興奮したからって女の首を絞めやがって」

「あっけなく死んだから2回目は回らなかった」

「ああ。勿体ねぇ。ムチムチとした体付きが堪らなかったのによぉ」


 そう言って仲間の一人が、料理を運んできた侍女のお尻を触れた。


「きゃっ」

「いい尻しているじゃねぇか。こっち来てオレらの相手をしろよ」

「お止め下さい」

「良いだろう。ちょっとぐらい」

「でも私は仕事がありますので……」

「オレらの接客も仕事の内だと思うけどな。そう思うだろう? コルビン」

「ああ。おまえこっち来てお酌しろ」


  嫌がる侍女を側にいた男がコルビンの元へ差し出そうとした時に怒声が響いた。


「コルビン! 一体、何をしているっ」

「お、親父」


 怒髪の勢いでこの場に乗り込んできた大公を前にコルビンは萎縮する。周囲も静まり返った。その隙に侍女は護衛に促されて退出した。


「成人しても定職につかずぷらぷらと。この者らはなんだ?」

「オレの友人です」

「友人?」


 米神を引き攣らせる大公の前で、仲間は顔を見合わせあった。仲間のコルビンが大公と知り合い、いや、血縁関係があると知り青ざめた。


「コルビン。おまえは人を見る目がないな。このようなクズどもと連むとは」

「オレの友人達を貶めるのは止して下さい。これで皆、気の良い仲間なんだ」

「ほう。そうか」


 父親の鋭い視線に怯む様子を見せながらもコルビンは口答えした。大公にとってコルビンは、愛人が産んだ息子で公には存在を認められなかった。彼の存在は大公の妻しか知らない。公子のアイギスには秘密にしてあった。

 愛人は商家の娘で大層美しかった。外見に惹かれてお手つきにしたが、中身は最悪だった。両親が年老いてから出来た娘だったので、我が儘いっぱいに育てられていたらしく愛人の立場に甘んじるような女ではなかったのだ。


 大公が政略結婚で迎えた許婚に会いに行き、自分や子供の存在をひけらかそうとしたので密かに始末した。表向きは若い男と駆け落ちしていなくなったことにしてある。邪魔になった女がいなくなったことで、あとは息子をその祖父母らに預けることにした。養育を彼らに任せたのが間違いだったと知ったのは、数年後、コルビンが悪童で知られるようになってからだ。


 祖父母は父親に見向きもされず、いなくなった愛娘が残した孫が可哀相だと溺愛した。何でも孫が望むままに与え我慢を覚えさせなかった。その為、ろくな人間に育たなかったようだ。苦々しい思いで大公はコルビンを見た。

 少しは見所があれば自分の懐刀として使えたかも知れないが、これではただのゴミだ。何の役にも立たない。そればかりかもしも、彼の存在が公にでもなれば大公家に傷がつく。


「おまえ、仲間達と宵闇の海賊を名乗って商船を襲っているらしいな?」

「さすが親父。知っていたのか?」


 息子の馬鹿丸出しの発言に大公は頭が痛くなる。父の心情など知らないコルビンはペラペラと得意げになって語り出した。


「オレ。宵闇の海賊に憧れているんだ。いずれあいつらを越える海賊になってみせる。海賊王、いや海賊の神とでも呼ばれるような大物になってみせる」


 どうやらこいつは海賊とは国の逆賊と知らないようだな。大公は内心、呆れた。仲間達は「よっ、海賊神」と、囃し立てて誰も止める様子がない。

 やはり馬鹿なのか? 母親に似て容姿だけは良いのにおつむの方はいかれているらしい。


 海賊を騙り、商船を襲っているのが自分の息子と知られれば厄介なことこの上ない。早急にこれも消してしまうのに限るだろう。

 大公は踵を返した。


「親父。もう帰るの? 今度、いつ来る?」


 背後からは暢気な馬鹿息子の声がしたが、それに対応する気にもなれず大公は無言で立ち去った。


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