11話・ヴィヴィの姉貴頼みます
「どうしてテクちゃんが軍艦を? 誰か怒らせたの? まさかサイガ、あなたではないわよね?」
「ち、違う」
その昔、テクちゃんを「変な顔した馬」と、言ったことで怒りを買い、頭から炎を被ったことのあるサイガはブンブン頭を横に振った。
「とんでもない。テクちゃんを誰が好き好んで怒らせるかよ。オレらは作業に取りかかっていた」
「じゃあ、なぜ?」
見た目は大きく、人間には驚異を与えるヒポグリフだが、ヴィナールが躾けているおかげで人間に害を及ぼしたことは一度もない。ヒポグリフはもともと大人しい性質なのだ。怒らせなければ火を吹くこともない。それは領民達も分かってきていて、恐れられることもなくなってきていたのに何故? と、いう思いしかない。
「子供らだ」
「子供?」
「港で子供らが遊んでいて、現れたテクちゃんを見て変な顔した馬だと笑ったんだ」
何となく状況が読めてきたヴィナールは聞いた。
「それで?」
「子供達とテクちゃんとの間で追いかけっこが始まった。キャーキャー騒いで子供らが軍艦に乗り込んできたと思ったら、いきなりボワっと焼かれちまった」
「つまりテクちゃんから逃げてきた子供達は軍艦に逃げ込んで、そこをめがけてテクちゃんは火を吹いたという事ね? 子供達に怪我はなかったの?」
「ああ。怪我も火傷もない」
「そう。それは良かったわ。焼かれてしまった軍艦の方は?」
「後方を駄目にしてしまってしばらく使い物にならない。修理が必要だ」
サイガが申し訳なさそうに言う。軍艦が使い物にならないと聞き、ヴィナールは嫌な予感がした。
「修理ってどれぐらいかかりそう?」
「最短で2ヶ月ぐらいだ」
「はあ? そんなのを待っていたら、宵闇の騙り者に好き放題されてしまうわ」
参ったわねぇとため息をつくヴィナールの言葉に、サイガが顔色を変えた。
「宵闇の騙り者ってなんだ?」
「あなたにはまだ話していなかったわね。宵闇の海賊を名乗る者が現れてドイア王国の商船を襲っているらしいの。それの事の詳細を調べて欲しいと陛下からの命が下ったのよ」
「何だって? 宵闇の海賊って俺たちの……! 許せねぇ」
サイガは憤慨した。無理もない。彼は宵闇の海賊の元頭領だった。その名前を騙る何者かがドイア王国商船を襲っていると聞き、落ち着いてなんていられなさそうだ。
「参ったわね。軍艦がないと──」
「船のことなら任せろ」
ため息をつくヴィナールに、サイガが胸を叩く。
「サイガ。心当たりあるの?」
「放置していたのがあるじゃねぇか」
「放置??」
「ああ。私達の以前、使用していた海賊船ですね」
クルズが苦笑いする。彼らの乗っていた海賊船を壊さずに残しておいたらしかった。まさかその時の船が残されているとは知らなかったヴィナールは驚いた。
「その船は使えるの?」
「当然だ。オクちゃんの住む十字島に置いてある」
「十字島? 十字架の形をしているあの無人島?」
「あそこなら誰も近づけないし、最高の番犬がいるからな」
「番犬って、オクちゃんを変なことに使わないでよ」
オクちゃんはヴィナールの可愛いペットその1だ。巨大タコで普段、誰も近寄らない海流激しい十字島の海底に身を潜めていた。
でもオクちゃんはヴィナールが乗る船の気配には敏感で、近くを通り掛かると片手をあげて挨拶してくれるし、ちょくちょく軍船の後を追い掛けてきていた。
そのせいか、乗組員の元海賊達の顔も覚えたみたいで、ヴィナールに害を及ぼさないと分かれば、攻撃することもなく見守ってくれていた。
ヴィナールとしては、可愛いオクちゃんを良いように使われた感がしないでもなかったが、とにかくすぐ使える船があるのは有り難かった。
「ところでその船は誰が取りに行くの? 帆船も焼かれたんでしょう?」
「あっ」
今、気がついたような顔をサイガがする。駄目だ。こりゃあ。と、言いたげのヴィナールに、サイガとクルズが顔を見合わせ何かを決意したように頷く。そして二人はヴィナールの前で頭を下げた。
「ヴィヴィの姉貴。すみませんが、オクちゃんにその船を港まで引っ張ってくるようにお願い出来ませんか?」
「しょうがないわね。分かったわよ。言えばいいんでしょう?」
二人に頭を下げられたら断るなんて出来ないじゃないと良いながらも「姉貴」と、呼ばれて気を良くしたヴィナールは請け負った。
「任せておいて」