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1話・父帰る

「おーい。帰ったぞっ。ヴィヴィッ」



 ある穏やかな昼下がり。


 静かな王都の郊外にあるお屋敷に大声が響き渡った。この屋敷の主人、ヴァハグンの6年ぶりの帰宅。その娘であるヴィナールは、執務室の机の上に乗せられた書類に黙々と目を通していた。いま帰ったぞ。の大声には我関せずの姿勢を貫く。


 どがどがと近づいてくる足音。不躾にも思われるその音が執務室前で止まった時に、彼女は作業の手を止め、顔を上げた。同時に勢いよくドアが開け放たれた。


「パパのお帰りだよっ。ヴィヴィッ」


 パパじゃねぇ!と、ヴィナールは内心毒づきたくなる。彼女にとって父とは厄介な存在でしかなかった。執務室に一歩足を踏み込むなり両手を広げる父親ヴァハグンは、大男で体躯も良いが、金髪に碧眼で無駄に顔が良い。その彼は両手を広げたまま待つ。愛娘が飛び込んでくると信じて疑わないのだ。

6年ぶりの再会に言いたいことは山ほどあるが、ヴィナールは大人の対応で一言応じた。


「お帰りなさいませ。お父さま」

「あれれ。ヴィヴィ。どうした? いつもお帰りなさい。パパって出迎えてくれるじゃないか? 怒っているのかい?」


 肩すかしをくらった形となったヴァハグンは、寂しそうに言う。40歳過ぎたおっさんが、こちらの顔色を窺っている。ヴィナールは心の中で「あんたはかまってチャンか!」と突っ込みを入れた。

 一応、ヴィナールは、貴族令嬢としてそれなりの教育を受けてきている。父親相手に心の中で毒づいたような言葉を投げつけたりはしない。畏まった様子で話を進めた。


「お父さま。私はもう18歳になりました。成人したのです」

「えっ? もう18? あれからそんなになるのか? ヴィヴィは、ますますアストヒクに似てきたなぁ」


 それまでどこほっつき歩いていたんだ? と、いうヴィナールの批難にヴァハグンは全然気付かない。そればかりか眩しいものでも見るように目を細めた。アストヒクと言うのはヴィナールの母の名前だ。

 彼から見れば娘ヴィナールは、愛妻に良く似た愛らしい顔立ち、母親譲りの銀髪にヴァハグン譲りの青い瞳をした幾つになろうとも可愛い愛娘なのだ。


「それはどうも」

「どうした? ヴィヴィ。怒っているのかい? 社交界デビューには付き添えなくて悪かった。でもあのイディアのアイギス公子がエスコートしてくれたのだろう?」


 娘の反応が薄いことで、普段から脳天気なヴァハグンも何か怒らせているとは感じ取ったようだ。でもその後にさらりと告げられた娘の言葉に絶句した。


「いいえ。一人で参加しました」

「……!」


 このハヤスタン帝国での成人は15歳。貴族令嬢の社交界デビューには大抵、許婚が付き添うことになっていた。許婚がいない令嬢には父親がエスコートする。父親がいない場合はその兄弟、もしくは祖父、または従兄弟だ。

 ヴァハグンは娘の社交界デビューを甘く考えていた。自分がいなくともどうにかなっただろうと。


「どうしてだ? 二人は許婚同士だろう?」

「いつの頃の話ですか? とっくの昔に婚約は解消されています。彼はコブリナさまと結婚しました」

「コブリナ?」


 ヴァハグンの思ってもみなかったという反応に、ようやくヴィナールは胸がすくような思いがした。ヴィナールには許婚がいた。島国イディア公国のアイギス公子だ。ヴィナールが8歳の頃に、イディア公国を訪れたヴァハグンが、刺客に襲われかけていた公子を助けたことが縁で結ばれた婚約だった。


 ヴィナールとアイギス公子は同い年。アイギス公子は父親譲りの端正な顔立ちに、黒髪に黒水晶のような瞳を持つ血気盛んな少年で、初対面から二人はすぐに気があった。別れ際は泣き出すほどお互いが気に入っていた。

それから彼とは、気軽に会える距離でもなかったので、文通をして仲を深めてきていた。そのことは父親のヴァハグンも知っていた。


「なぜそのようなことに?」

「アイギス公子がそれを望んだからです。名ばかりの許婚よりも、愛した女性と一生を共にしたいと大公様にも話したようで……」

「名ばかりだと? あんなにも親しくしていたではないか。そりゃあ、毎日、会える距離でもなかったが手紙のやり取りはしていただろう?」



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