新米冒険者・ノゾム
ミディに案内され、小さな喫茶店に入った。コーヒーと焼き立てのパンの香りが漂っている。
いつもなら心地よく感じる匂いだが、本当に自分が死んでいるのか死んでいないのかわからなくなるだけだった。
ミディに促され、彼女の向かいの席に座る。
「コーヒーでも飲みましょうか。特別に私が奢ってあげますよ」
「……ありがとう」
「店員さん、コーヒー二つ」
ミディは店員にコーヒーを注文した後、こちらを向いて話し始めた。
彼女の話を聞いていくうちに、霧がかかったようにぼんやりとしていた頭が冴えていった。なぜなら、彼女が語ったことは全て聞き覚えがあったからだ。
俺は幼少期に魔物に家族を殺され、天涯孤独となっていたところを元傭兵にして冒険者の男性・キールに拾われ、剣士として育てられた。そして16歳になり、一人前の剣士となった俺は冒険者として旅立ち、仲間を集めようとしていたところだったらしい。
これはスパイラルナインにおけるプレイヤーの分身──主人公の話だ。
スパイラルナインには九つの役職があり、最初にチュートリアルでもらえるキャラクターを一人選ぶことで主人公の役職が決まるのだが、剣士のキールを選んだということはこの世界における俺の役職は剣士か。
生前の俺は友人が最初に選んでいたからという理由で弓使いのハンナを選んでいたけれど……。
相違点はそのくらいで、あとは全てスパイラルナインの流れと同じ。
──ということは。
ミディの存在といい、彼女が語った話といい、俺は死後の世界ではなくスパイラルナインの世界に来てしまったのではないか?
なんとも信じがたい話だがそうとしか考えられなかった。
「えーと、私の話理解できました?」
店員が持ってきたコーヒーを一口啜ったあと、ミディは心配そうに問いかけた。
「うん。大体わかった」
「大体ですかー」
まさか落雷で死亡したらプレイしていたソシャゲの世界に来てしまうとは。スパイラルナインにどハマりしていた友人に聞かせたら嫉妬されそうだ。
──いや、俺死んだから聞かせられないか。
コーヒーを飲みながら俺は生前の生活を思い出す。
思い出してみれば生前の俺はろくなことをしていなかったし、ろくな思い出がなかった。
小学生時代。自分より5歳年下の男と浮気していた母さんが蒸発。以降父さんとお婆ちゃんと弟と俺の四人で生活していた。学校では男子としか遊んでいなかった。
中学生時代。女子に蛇蝎の如く嫌われている男子生徒と名前が同じだからという理不尽な理由で俺まで女子に嫌われ、3年間まともに女子と会話ができなかった。
高校。近くの男子校に入学。ここからさらに同年代の女子との出会いが減っていく。一応合コンに誘われたりもしたけど女性陣誰一人俺と会話してくれなかった。
ああ、虚しすぎる。彼女どころか女友達すらできず、同年代の女子とまともに触れ合えずに死んだのか。
あまりの虚しさにボロボロと涙が溢れる。
「えっ、な、なんで泣いてるんですかノゾムさん!」
「俺……今までろくに女子と触れ合ってこなかったなって……」
「あー、たしかノゾムさんってずっと剣の修行にかまけてたんでしたっけ? でも村の女の子と会話する機会くらいあったんじゃ……」
「ねえよ! なかったよ! そんなの!」
「かわいそ……」
さっきとは違った哀れむような視線がさらに突き刺さって痛かった。
「よーしっ、そんな哀れなノゾムさんのために、頼れるガイド役ミディが素敵な仲間を紹介しちゃいますよー!」
「……マジで? どうやって?」
ミディはコーヒーを一気に飲み干し、立ち上がって不敵に笑った。
「ズバリ、パーティメンバー募集です!」
「パーティメンバー募集……つまりガチャか……!?」
「ガチャ?」
「なんでもない。で、募集ってどうやるの?」
「まずですね、ノゾムさんには冒険者ギルドにこの書類を出してほしいんですよ」
ミディは茶色のショルダーバッグからA4サイズの紙を出した。
文字は日本語や英語とは違う、まさに異世界の文字……なのだが、なぜか俺にはそれが読めてしまった。
「パーティメンバー……募集要項……」
「ここに自分の名前、レベル、役職、任意で所属ギルドと得意分野。その下にどんな人材が欲しいのか条件を具体的に書いてください。あ、パーティ組んで何がしたいのかもちゃんと書いてくださいね」
ゲームと違って石を使って仲間を集めるわけではなく、ちゃんと求人募集するらしい。いきなり金を払えと言われるのではないかと身構えてしまった。
「条件ってどんなふうに書けばいいの?」
「レベル50以上の氷魔法が得意な魔法学校卒の魔法使いとか、ドラゴン討伐経験アリの人ーとか。クエスト攻略で役に立ちそうな人を募集すると良いですよ」
「なるほど……」
だが今の俺は冒険者になりたてで、クエストもまだ受注していないから具体的な条件が思い浮かばなかった。
「ノゾムさんは女の子と触れ合いたいみたいですし一言女性なら誰でもいいって書いときゃいいんじゃないんですかね」
「いやそんな欲望に忠実すぎる条件じゃ誰も来ないと思いますけど」
とりあえずレベル5以上の剣士、魔法使い、治療士を募集することにした。
「あ、そうだ。名前とレベルと役職も書いておかないと。って俺自分のレベルわかんないや」
「ノゾムさんは始めたばかりなのでレベル1ですね」
「はいはい。ノゾム……レベル1……役職は剣士っと」
書類を書きながら「そういえばゲーム内のプレイヤーレベルは30くらいだったなあ」とそんなことを思い出す。
レベル1からスタートか。せめてこの世界に飛ばすならゲームの続き、レベル30からスタートさせてほしかったと思わなくもない。あとガチャで高レアな女の子のキャラクター何人か引いていたし、その子たちをパーティメンバーにしたかった。
「書き終わりましたね。お疲れ様です! ではさっそくこれを掲示板に貼ってきますね!」
「よろしく頼むよ」
ミディは書類を丁寧に折り畳んでバッグの中に入れた。
ふと、ミディはバッグの中身を見てハッとした表情を浮かべる。
「……あ、そうだ! ノゾムさんに渡すものがありました!」
「俺に?」
ミディはバッグから小さなカードを出して、それを俺に差し出した。
「これは、ノゾムさんが冒険者であるという証。冒険者登録証です」
「登録証か。そういえばそんなのあったな」
ゲーム内にもプレイヤーのプロフィールという形でそういうものがあったことを思い出した。
「さきほどこれをお渡ししようとしたところ、突然後ろから倒れて後頭部ぶつけて気絶してしまったので本当にびっくりしましたよ〜」
「あ、俺ぶっ倒れてたんだ」
「これはクエスト受注やクエストの達成報酬の際に必要になりますので、絶対に無くさないように大切に保管してくださいね」
昔からお婆ちゃんに物の管理はしっかりするようにしつけられていたので大切なものを保管するのは得意だ。
「では、応募が来次第連絡しますのでしばらくお待ちください!」
「……ありがとうございます」
ミディの優しい笑顔に冷えていた心が温まっていく。これからは彼女のことを「ミディさん」と呼ばせていただこう。
その後、ミディさんと別れた俺は近場の安い宿屋に泊まることにした。奇跡的にもポケットの中の財布には十分とまではいかないまでもお金が入っていた。キールが渡してくれたのだろうか。
部屋に着くとドッと疲れが出た俺はベッドにダイブして枕に顔をこすりつけた。
安い宿屋なだけあって布団の触感はあまり良くはなく、実家の布団が恋しくなる。
──いくら恋しくなっても、俺は死んでしまったからもう二度とあの場所には戻れない。
ごろん、と寝返りを打って薄汚れた天井を見つめる。
突然死んで、突然スパイラルナインの世界に飛ばされて、突然ここで冒険者として第二の人生を送ることになって……本当にいろいろなことがありすぎた。
やっぱり家族や友人が恋しい気持ちは消えないし、生き返れるのなら生き返りたい。
でも、それが無理だと言うのなら受け入れるしかない。
受け入れて、この世界で冒険者として生きていこう。
そうだ、せっかくパーティメンバーを募集したんだ。生前よりも女の子と触れ合ってやる。
今度の人生は、前の人生よりも華やかにしてやる!
自分の運命を受け入れ、前へ進むことに決めた俺は「どうかパーティメンバーになってくれる女の子が来ますように」と祈りながら目を閉じた。