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目覚めるとそこは見覚えのある町だった

「──い──おーい──」


誰かが俺を呼びかけている。

声の質的に若い女の人のようだ。


「ノゾムさーんー起きてくださーいー」


なんだかどこかで聞いたことのある声だ。家族……の声ではないな。俺の家族で女性はお婆ちゃんだけだし。それに友人でもない。俺に彼女も女友達もいないし。あとクラスメイトでもない。俺が通っているのは男子校だから。


「起きないといたずらしますよー」


それにしても随分とアニメ声だなこの人。無駄に声が高い。

目を閉じたままぐるぐると声の主を推理する。

どこかで嫌というほどこの声を聞いたはずだ。どこかで……。


「ああ〜もう! いい加減起きろっつーの!!」

「ぐぁっ!」


声の主に無理やり目をこじ開けられる。

2、3回瞬きした後、俺の視界に映ったのは見覚えのある町の風景と、少女。

俺が住んでいた場所と違い、ファンタジー作品に出てくるような洋風の町だった。スパイラルナインのストーリーにもこんな感じの町が登場していたような気がする。

黄色の瞳。エメラルドグリーンの髪をハーフアップにまとめたエルフ耳でメイド服。おまけに無駄に大きい胸……。

俺は彼女を知っている。


「……ミディ?」


その名前を呼ぶと彼女は瞳を輝かせ、ズイッと顔を近づけてくる。


「ええ、そうです! 冒険者ギルドからやってきたあなたの頼れるガイド役ミディです!」


ミディとはスパイラルナインにおけるチュートリアル・ショップ店員を担当するNPCだ。一部のファンからは親しみと畏敬の念を込めて「ミディさん」と呼ばれている……と友人が言っていた。

そのミディがなぜ俺の目の前にいるのか、そして俺はなぜこんな場所にいるのか。

そして……なぜ俺はスパイラルナインの主人公の初期装備みたいな格好をしているのか。


「ああ、これは夢か。スパイラルナインやってる途中に寝落ちしちゃったんだな」


夢だと自覚できるということは明晰夢か。まさか電車の中で明晰夢を見ることになるとは人生何が起きるのかわからないものだ。

それにしてもスパイラルナインのキャラクターが出てくる夢を見るなんて自分でも驚きだ。てっきり自分はこのゲームに飽きていたと思っていたけれど、本当は夢に見るほど気に入っていたのかもしれない。


「そして夢にミディが出てくるということは……俺って自分が思っているよりミディのことが好きだったってこと……!? うわーそう思うとミディが可愛く見えてきたな。ハグしていいですか?」

「えっいきなり何を言うんですか気持ち悪い。にやけヅラのまま抱きつこうとしないでください」


一瞬で笑顔から軽蔑の表情に変わり、辛辣な言葉をぶつけてくるミディ。彼女のほうはそうでもなかったらしい。


「ていうか私、彼氏いますし。ノゾムさんとはガイド役と新米冒険者の関係っていうか」

「あ、そう……」


まさかのミディの恋愛事情を知って心がしなしなと萎えていく音がした。

ゲームのキャラクターに彼氏がいると知らされる明晰夢ってなんなのだろうか。


「いや待て。明晰夢って自分で夢を思い通りに変えられることもできるよな? 今からでもミディが彼氏のいないフリーってことにできないか?」

「えっ、なんですかノゾムさんそこまでして私と付き合いたいんですか? ってそもそもこれ夢じゃないですし! 現実! ですよ!」

「これが現実? まさか」

「まさかと思うなら夢から覚めて起きてみてくださいよぉ」


起きろと言われてもどうすれば夢から覚めることができるのかいまいちわからない。

とりあえず目をぎゅっと閉じて、開けてみよう。


「……あれ」


何度目の開閉を繰り返しても景色は変わらなかった。

ベタだが念のため頬をつねってみる。

──痛い。

頬をつねった時の痛みが俺の頭を混乱させる。


「おい……嘘だろ? これが現実? 夢じゃ、ない? どういうことだよ! 俺は電車の中にいたはずだろ!? なんでこんなところにいるんだよ!」

「デンシャ……?」


喚き散らす俺にミディはただ怪訝そうな表情を浮かべるだけだった。

そういえば夢の中へ落ちる前に何か大きな音と共に何かが落ちてきたような気がする。たしか一瞬だけビリビリとした激しい痛みもあったような。


「そういえば……雷、鳴ってた……まさか!」


俺は電車の中で雷に撃たれて死んだ……ということ?

だとしたらここは、死後の世界だというのか?

いや、それでも納得できない。ここが夢の中ではなく死後の世界だと言うのならなぜゲームのキャラクターであるはずのミディがいるのだろうか?

さらに混乱する俺をよそに、ミディが俺の頭を撫でてくる。


「可哀想なノゾムさん。きっと頭をぶつけて意識が混濁してしまったんですね」

「そう……なのかな」

「いろいろ忘れてしまったのでしょう。仕方がありませんね! ガイド役であるミディがいろいろ教えてあげましょう!」


ミディは立ち上がって俺の手を引く。立て、ということだろうか。

もう何もかも訳がわからない。何も考えたくない。

考えることに疲れた俺はミディに着いていくことにした。

さっそく女の子キャラクターが登場しましたがミディはヒロインではありません。

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