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ふしあわせになろうよ  作者: 鈴木寿実
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第四話 球

朝4時59分。ぎりぎり間に合った。言われた時間の少し前、わたしは河川敷に来ていた。一晩眠ったおかげで熱は下がったが、その代わり痛みがはっきりと感じられるようになりなんともはや。ここまですこし焦って無理して走ってきたため湿った空気がよくまとわりついて首筋を流れ、ポニーテールからこぼれた髪の毛が首にへばりつく。カルキがいるか、いないのか、どきどき、どきどき、切れた息で口が乾く。土手の歩道から不揃いな石階段で広い河川敷へ降りるけれど、それらしき影は見えない。息を整えながら歩き回り、少し残念な気持ちで河川敷にある時計を見る。あと数秒で5時。

「やっぱり、ただの夢?」

カチッ

呟くと後ろから時計の音が響き渡った。わたしはばっと振り返り恐る恐る声をかける。

「おはようございます…?」

河川敷を、太陽は照らし始めて30分。すっかり明るくなってきた道を川がてらてら輝いてゆらめかせていた。そんな川の向こうから同じく照らされて、先日逃した大きい時計の人がやってきた。

「始業だ」

その人は川を渡り切ると乗っていた球をこちらに蹴り出して草地に降り立った。

「うわっ!」

その攻撃をすかさず避ける。さすがにそうだろうなと思ったから避けれたよ!素敵!ウーロン!

「なんでここに!?」

こちらを見ているその人に問いかける。あ、今日も制服なんだ。

「あんたを殺せと命令された」

「誰に!?」

「ボス」

言葉を返す前にちらと球を見ると、数学でこの前やった点Pみたいに同じ軌道上を帰っていく。結構早いのにピタッと止まって元の方向へ同じ速度で動くからとても不思議だ。距離を取った方がいいな。後ろに下がる。

「だから誰!」

その人は少し考える素振りをしながら足元でキャッチした球を器用に投げた。やっぱりハンドボールっぽいからなにか部活をやってるのかな?

「個人情報は言えない」

「確かに!あっ!いって!うぐっ!」

うっかり避け損ねて右脚の傷に掠る。とても痛い。これは注射器の発動条件に当てはまるかな?ちらっと右手首を見るも、すぐに返ってきた球に同じ箇所をぶつけられてそれどころじゃない。体勢が崩れる。河川敷の草が腕や顔をくすぐる。あ、わたし転んだのか、と意識が状況に追いつく。草の合間に見える右手首を見ると黄色の注射器が発動していた。ああ、安心する。昨日の切り傷も治っていく。ようやく、本調子、いい気分でにっこり笑顔になる。

「は、ヤク中だな」

気付いたら結構近くに来ていたその人はそう言ってまた球を蹴った。人の頭の近くで。背には河川敷の階段。この球、壁まで行ったらどうなる?やばい!!!!!

「こわー!!!」

起き上がりギリギリで避けた球は階段に深い穴を作っていた。これは球と何か硬いものに挟まれたら一発アウトだ。頭取られても注射器で治せるかどうかわからないしとても痛そう。

さて。戦いだ。昨日の報告会でみんなと軽く予想したこの人との勝ち方を考える。きっと軌道があって、発動条件がある。それを見極めるんだ。球は点Pみたいに直線上を動いてた。さっきは行き来で同じ箇所をやられた。

「あなた、そういや名前も知らないや。この球は直線にしか動かせないんだね」

そう言ってカマをかけると、その人は目を見開き瞼をひくつかせて、拾った球を持ったまま口を開く。なんだかすごく怒った表情。

「いいか、直線というのは目視で言ったのだろうが地球というのは球体だ。憎たらしいことに完璧では無いがな、その上で過ごす小さな人間にはこの球の軌道は直線に見えるだろうが、これは完璧な地球、つまり自転と公転が同じで一年が365日きっかりで動くと考えた地球の表面をなぞる線を描くように動いている。神が私に地球を完璧にする夢を叶えるように定規をくださったのだ」

「ほへぇ」

わかったようなわからないような相槌を打つとその人は少し赤くなって続ける。

「まあ、一年では地学基礎の履修もできない都分高校の生徒には難しかったかな?」

「偏差値4しか変わらないのに煽られた!高校を選ぶ理由なんて人それぞれなんだからカリキュラムであーだこーだ言うのよくないと思う!」

少しむっとして言い返すとその人は得意げな笑みを浮かべた。

「そんな風に人それぞれなんて言う甘ちゃんだからへっぽこな力しか無いんだろ?」

そう言われてハッとして今度はこちらが赤くなる。頬に熱が行くのを感じる。へっぽこ、へっぽこ。確かにそうだ。みんなと比べて役に立てるものじゃない。助けられるのは自分だけ。情けない気持ちが沸き上がる。あれ?みんなはわたしの力を戦いにどうやって役に立たせるか何か言ってたっけ?どうしよう、わたし、どうすればいいの。

「そうそう、名前だったかな?俺を殺した後にゆっくり調べるんだな、ウーロン」

名前を呼ばれて再びハッとする。そうだ、この人は明確にわたしを殺しに来てるんだ。ボスと呼ばれる人物の影、この人の夢、みんなに伝えて今後備えるために勝たなければならない!変なことを考えて気持ちが逸れていってしまうのは悪い癖だから直さないとね、ウーロン。さっきのこの人の夢を聞いた限り、球は軌道を途中で変えることはできなそうだ。あとは発動条件を見極めれば…と思っていたらいつの間にか目の前に球。

「ぐぁ」

おでこからの血で赤くなった視界は変な色の空を映す。あぁ、体が思うように動かない。また脳震盪だ。勢いのまま倒れた後頭部が思ったより痛い。視界には後追いで涙がやってきて空はマーブル模様になった。ぐちゃぐちゃの顔も気にせずなんとか肘で体勢を上げてその人を見る。球を拾ってこちらに足で蹴ってきた。ぐらぐらの頭で手首を見ると緑色の注射器は刺さっているけど避けられるかな?あー!ギリ間に合わなかった!攻撃を受けた右足首が変な方に曲がった!でも、わかった!

「あー!!」

これは注射器の治療範囲的にいけるのか?いける?あ、今安心感が来たからいけるか。うん、支えられた感じがした。立てる!よし、わたしは立ち上がるや否や後ろに壁のない所まで走った。そして。

「わたしあなたの名前、知れそうだよ」

たぶんだけど球は力を加えたときに決めた同じ軌道上しか動けない、そして発動条件は力を加えること。次の攻撃で反撃だ!

「そりゃよかったな」

そう言ってその人は腰あたりで球を投げる。わたしはそれを白刃取りみたいにかっこよく、はできなかったけどなんとか掴んだ。そのまま球の勢いに任せて一緒にその人の元へ返っていく。これで勢いをつけて殴ればいい!ってあれ?動きが途中で止まった!転ぶ!転んだ!

「動きを止めさせることはできる」

残念なものを見るようにそう言う。でも今度はこちらが得意げな笑みをしてみた。

「だけど一度軌道から外れた球を動かすことはできないんじゃない?」

球はまだ手の中、結構重いけどそのままエイヤと川へ投げる。河川敷に呼んだのが間違いだったね!

「え!!!!人のもん川に入れるのはないだろ!」

「それは…ごめん」

球を拾おうとして川に入っていったその人の背中をドンと押して頭を川底にぶつけさせて、わたしは戦いに勝った。


「起きてー!!!」

気を失ったその人を川から上げ、持ってきていた縄で縛り上げたあと、ふと打ち所が悪くて殺してしまったのではと思い揺さぶっている。時刻は朝5時30分。そろそろ河川敷でランニングする人が現れる頃だ。気を失って縛られてる人と揺する人、警察を呼ばれかねない。起きないので仕方がなく脇を持って橋の下の陰まで引きずる。あー、川で濡れたから容赦なくこの人の服が泥に汚れてく、申し訳ない!

「ふぅ」

さて、ここならもうちょっと持ち物見せてもらっても大丈夫だよね?きょろきょろして周りに人がいないのを確認してからポケットをまさぐる。

「失礼しまーす」

すると、袋に入ったコートがポケットから出てきた。この前どこから出したかと思ってたけどポケッタブルコートだったんだ。名札ないかなと思ってコートの内側、左下のタグの辺りを見る。書いてない。というかもしうちの高校と同じならネクタイ裏に書いてあるんじゃ?と思って縛っている縄の隙間からネクタイを引っ張り出して裏を見る。あった!アース…持ち物にあだ名書いてる人初めて見た!

「アースさん!起きてー!」

「く…苦しい…」

ん?苦しい?と思って首元を見ると引っ張ったことでネクタイが首を圧迫していた。

「ご、ごめん!!!これで大丈夫!さあ話を聞かせてもらおうか!」

しっかりアースさんの目を見て話す。みんなには悪いけど、こっそり聞かなければならないことがある。

「…どうやってわたしを呼びつけた?あの夢、あの傷はなに?」

「夢?あー、あれか、あいつの力か」

「夢に引き込む奴がいる。」

アースさんはひと息して諦めたような顔をしたあと答えた。どきり、唇が震える。血の気が引いて口に力が入らない。

「それは…カルキ?」

「誰だよそれ?…って言って欲しそうな顔してんな」

そう言われさらにどきりとした。悟られてる、尋問に向いてないな、ウーロン。

「安心しな、違うぜ、ただこれ以上は何も言わない」

「そう…ありがとう」


不審者捕まえましたというわたしの連絡で飛び起きたとかりとカラが河川敷にやってきた。時刻は朝6時。日曜日なのにこんな早くに呼び付けて申し訳ない。

「どういうこと…?」

2人は怪訝な顔をしている。カラは日焼け対策で帽子にサングラスだからよくわからないけど、たぶんそう。日焼け止めも塗らずに急いで来てくれたんだ、嬉しいな。

「なんか河川敷に来たらこの人、この前の球投げてた人でアースさん、殺しにかかってきたから捕まえてみた」

「なんでいるのさ」

「なんか、ボスってのにわたしを殺すよう言われたんだって、ウーロンって呼び名も知ってた」

2人は深く考え込んでいる。どうしよう、捕まえたのが良くなかったのかな、喋らないし。

(今日は日曜で先生もいないし…どうする?)

とかりがインカムで念話のようなことをしてきた。ほんとに素敵な夢のお手伝いさん。因みに先生とは生徒会顧問の先生のことだ。先生の夢のお手伝いさんなら人からものを聞き出すの得意なんだけどな。

「とりあえず二人とも川入ったみたいだし綺麗にするね」

「ありがとう〜!」

「じゃあ、団体本部にでも連れてく?」

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