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「ころす」

 抑揚のないその声の、どこか舌足らずでさえある響き、だから余計に不気味だった。

 かばうようにかざされていた手もどけられ、視界もクリアになったアリアは、至近距離でユーリーの表情を伺った。

 その口元にうっすらと笑みが浮かぶのを見て、背筋に悪寒が走る。

 人は、あまりに怒りが過ぎると、感情の揺らぎも見えず、かえって無表情になることがある。あるいは、笑ってしまうことすらある。 

 アリアにも、身に覚えのあることだ。

 理不尽の権化に、マグマのような怒りがうねり、暴れ狂い、やがてそれは行き場をなくして凪いだ湖面のように平らかになる。

 限界まで引き伸ばされ、熱された感情の行き着く所は、平面であり、残酷なまでの冷却なのだ。

 振り切れる、と言い換えてもいい。

 ある意味、人が人であるための安全装置なのかもしれない。

 そうこうする内に、ユーリーがメーターを振り切って静かに戦闘態勢へと移行したのが分かった。ぎしり、と鎧が音を立てる。それは主の殺気に耐えかねた鎧の悲鳴にも聞こえた。伸縮自在に見えるサーガ級の鎧をして、耐久度が足りなくなるユーリーにアリアは引いた。

 威圧感だけで肌にびりびりと痛みが襲ってくる。本当に人外だな。とうてい同じ人間とは思えない、という酷すぎる感想だ。

 人外VS人外が始まろうとしている。

 青ざめるアリアを置いて、事態は進行する。

 不意に、ぐうっ、とユーリーの身体が沈む。爆発的なエネルギーが全身に溜められ、今にも解き放たれようと――

「リーダー、ここは私に任せてもらえませんか」

 出鼻をくじかれた。ユーリーは殺気をゆるめ、声をかけた魔法使いの女の子の方をうっとうしげに見やる。

(――うっとうしそうだと?) 

 先ほどから違和感満載で、アリアはついていけないでいる。

 ユーリーは小さく嘆息し、「勝手にしろ」と吐き捨てた。魔法使いは自分の背丈よりも大きい杖を手に、得たり、とうなずく。

「おやおや、ずいぶんかわいらしい方が私の相手をしてくださると?」

 笑い含みに銀色の頭髪をした魔神が言えば、

「僭越ながら――」

 魔法使いは、杖を握っていない片方の手で己のローブのすそをつまみ、貴婦人のように礼をしてみせた。

「このスズキがお相手つかまつります」

 言うなり、杖を……投げ捨てた。

(んんん……!?)

 アリアも大混乱した。

(その杖意味ないのか!?)

 魔法使いの女の子、スズキはとっさの瞬発力を駆使して、魔族に急接近し、殴りかかる。

 殴りWIZである。

 壁を大きくぶち破り、勢い、彼らは戸外へ。

(家が……)

 アリアの目は更に死んだ。

 ぱあん! と次々に空気の弾ける乾いた音がして、凄まじい肉弾戦が開始されたらしいが、アリアには何も見えなかった。

 アリアの動体視力は……村人なのだ。

 実にあじけない実況となった。

 よくわからないが、アリアは謎の申し訳なさに包まれた。

 珍しく空気を読んだのか、ユーリーが何故か解説してくれる。

「ああ、あの変態は影世界に入ったようだね。あいつらの得意技だよ。本体は影世界に潜んで、分身や護衛兵を陽世界に出す。さすがに腐っても上位魔神だな、戦術級指揮官なんだろう。今変態が展開した百三十体のうち、兵隊ポーンを八十八体撃破したね。騎士ナイト級はさすがにてこずっているな。まあ時間の問題だろうけれど」

 意味が分からない上に、実際時間の問題だった。

 護衛達は順調に破壊むしろ破裂させられ、本体が引きずり出されるにあたって、彼女はようやく魔法使いらしい呪文を唱えた。

「召喚。火球を千。氷の矢を千。雷槍を千」

 空中に赤、水色、黄色の鋭い何かがびっしりと浮かび、隙間もないほどに空間を埋め尽くして、魔神を包囲する。

「目標。変態。襲え」

 アリアは内心、つっこまざるを得なかった。

(それは呪文ではないと思う)

 空中に展開していた物騒極まりない物質によって構成された大きな魔方陣は、彼女の一言で点に収束した。あれだけの物量攻撃は、もはや数の暴力=破壊の力だ。魔神は避けうるべくもなく、大量のそれこそ点が面へと至る攻撃に押し潰されて、見えなくなっていく。

 だが。

「――あれも影」

 ガードしてくれてはいるのだろうか。アリアの腹に腕を巻きつけて引き寄せたまま、ユーリーが静かに指摘する。本体ではない、と。

 気づけば、魔法使いスズキの背後に、真っ赤な口を耳まで裂けんばかりに、がっぱりあけて笑う魔神が現れていた。

「甘いですねえ。チェックメイト」

 血も滴るような赤い口腔に剣山のような鋭い歯が並び、スズキにかぶりつこうとした瞬間、

「甘いのはあなた」

 串刺しになっていたのは、魔神の方だった。

 地中から、百、千、いや、万の針のごとき剣が。

 魔神の身体を貫く。

 アリアは拘束されている、いないに関わらず、瞠目して動けなかった。

「ばかなの? 死ぬの? ああもう死んだ。いちいち呪文唱えて、手口晒す馬鹿がどこにいますか。フェイクに決まっているでしょう」

 そうだ。

 千の火球。

 千の氷の矢。

 千の雷槍。

 そして、本命は、地中に潜む万の魔剣。

 魔法使い。

 魔法を使うものではない。

 火の玉を出したり、物を凍らせたり、放電したりは、できる人も割と多い。

 だが、それの使用を戦術まで高め、あるいはなんらかの汎用性を見つけて大衆に還元するものをこそ。

 魔法使いというのである。

 真の魔法使いは少ないが、アリアは生まれて初めて『魔法使い』を見た。

 そして。

 空中で燃え上がる炎と帯電する青白い火花、氷は溶けて蒸気をもうもうと巻き上げ、止めとばかり地面からの魔剣に突き破られ、崩壊した我が家を見た。

 倒壊する前に、ユーリーが抱えて外に移動してくれたのだが、どうしてもアリアは思わずにはおれなかった。

(お前ら本当に消えてくれ)

 さすがに冷静ではいられない。

(一応……家族の思い出というか……いや、まあ、それより、仕事……仕事をこれからどうするんだ?)

 もはや、呆然と燃える家屋を見つめる。

(今後どうやって生きていけばいいんだろう……仕事道具は全て中なんだが……筆も画材も自転車操業で遣り繰りしていたし……大枚はたいて買った呪物デザイン画集ミレニアム限定版……燃えたんだろうな……はは……もうどれだけ金を積んでも手に入らない……現存する部数はどれほどのものか分からないし……鑑賞に堪えうる現物を、コレクターが手放すわけないよな……ははは……はは……こいつら本当に……明日からどうすればいいんだろうな……ははっ……終わった……)

 灰になるアリアに、ユーリーがいそいそと声をかけてくる。

「あの、あーちゃん。俺、これから一緒に」

 アリアは、ユーリーの言葉を無視した。

 次第と、絶望は鎮火し、怒りが沸き上がってきた。

 ユーリーの前を素通りして、魔法使いスズキの前まで歩いていく。彼女は、ちょうど瓦礫の下に転がる杖を億劫そうに引っ張り出しているところだった。その彼女を捕まえ、

「賠償と謝罪を請求する」

「いきなりそれですか」

 スズキは杖を拾って装備すると、ぶかぶかの三角帽子の下から平然と応じた。

「我々には大陸間勇者特例措置法が適用されますから、魔族との戦闘によって生じた景観の破壊、建物の損壊、私有財産その他人命の損失等については、一切責を問われないことになっています」

 アリアも知っている。その悪法を作った奴を今心底呪殺したいと思っていたところだ。

「いちいち破壊活動の責を問われていたら、勇者業なんてやっていられませんからね」

「ああ、それはそうだろうな」

 交渉事は、まずは相手の肯定からだ。

 魔法使いの言う通り、国も、個人の財産権の侵害など、魔族侵攻という大事の前の小事とそのような法の整備を行った。

「私が言いたいのは、わざと私の家を壊したことだよ、お嬢ちゃん」

 スズキは薄い紫色の三白眼でじろりとアリアをねめあげた。

「なるほど。頭は、そこそこ回転されるようですね。失礼しました」

 馬鹿にしているのか、本気で感心しているのか、微妙な線だが、それはいい。

 問題は、彼女がにやりと笑って続けた次の台詞。

「私はスズキと言います。この村落周辺を含む半径百Kの地形を利用した巨大立体魔方陣。とても見事です。この要が、あなたのうちだったんですが、壊したらどうなるのかと思って、ついでに職権乱用しました」

 小娘。

 何を言うか。

 アリアもまた、笑い返した。

 意味が分からない。まったく分からない。半径百Kというのは、大体半径半径五十キロメートルと同義である。

(地形を利用した巨大魔方陣? 何を言っている。その扇の要がうちだと?)

「分からないという顔をしていますね。誰が仕掛けたのか、壊せば分かるかと思って。まあ、学術的好奇心というやつです。壊しても、自然災害が起こるといったことはないと思ったんですよ。非常に高度にピンポイントに集中する仕様の魔方陣ですね。ああ、今分かったんですが、これは各地のエネルギー集積装置みたいなものですね。この家に住んでいる限り、肩こり腰痛頭痛歯痛歯槽膿漏とは無縁の健康生活が送れたことでしょう」

 アリアは笑顔のまま固まった。

 もうどこに怒りをぶつけたらいいのか分からない。なんだその効能は。脱力させないでほしい。心からそう思った。

「それはさておき、あなた不思議ですね。何故生きているんですか? 物凄い禍ツ星、凶星の元に生まれていますよ。いつ死んでも……あ、それでこの魔方陣なのか」

 ぽん、と実に軽くスズキは手を打った。今、何か、とんでもないことを耳にしたような気がするが。色々と飽和状態になり、とにかく言葉が出てこない。

 その後、少し考え込むようにして、「もしかして、」と何か言いかけたのだろう。

 しかし最後までその言葉を口にすることはできなかった。

 ユーリーが、スズキの首にぴたりと剣先を当てていた。

「リーダー、私、一応パーティメンバーだったと思うんですがね」

「……」

 怖い。

 アリアは若干どころか、かなり引いていた。

 ユーリーが怖過ぎる。無言で口元は緩やかに弧を描いているが、目が笑っていない。仲間だろうと、首を切り落とすことに一切の躊躇をしない。そうその目が物語っている。

 アリアは嫌気がさしてきた。

(誰かまともな奴はいないのか。何のために口がついているんだ)

「おやおや、仲間割れですか」

 また聞き覚えのある声がして、怖気が走った瞬間、恐ろしい反応速度で咄嗟にユーリーがアリアを引き寄せる。盾になってもらってありがたい反面、アリアは表情に困って、無になった。

「――再生能力、か」

 ユーリーの呟きのとおり、魔神は串刺しにされたはずが、元通りに復活していた。

(なんなんだ、この再生能力。理解不能なんだが……次は第二第三形態かな……)

 十分ありえそうで、アリアは考えるのを止めた。

「まあその剣はしまってください。くくく、ちょっと遊んだだけですよ。さて、私は私の役目を果たさねば」

 魔神が懐より、何か取り出してみせる。プリズムに輝く球体。あれは、映像球だ。国家予算で購入するような高額商品である。魔神は惜しげもなく、映像球空中に放つ。

「リュ・リュリュリュリュリュ・リュ殿下の言づてを」

 大変つっこみどころのある名前を唱えるやいなや、たちまち、陽炎がほとばしり、空間が歪んだ。

 空中に浮かぶ水鏡に、映像が結ぶ。

『人の勇者の協力を感謝する』

 そこには、黒い髪、切れ長の赤い目をした中性的な美貌の魔神が映し出され、いきなり意味不明の台詞をのたまった。咄嗟にユーリーの横顔を見ると、無感動な目で見ているが、すでに既知のようで、耳を傾ける構えだった。どういうことだ。勇者と、恐らく皇族級の魔神が知り合いだと? どんな経緯でだ。

 疑問は尽きなかったが、今は映像球である。

『『災い』は聖都を目指し、集まりつつある。多忙のところ恐縮の限りだが、ぜひとも彼の地へ向かっていただきたい。私も配下の者を向かわせるが、我らの眷属ははっきりいって小細工に向いていない。人間など滅ぼせばいいではないかとの脳筋ばかりで、賛同者が多すぎて頭痛がする。奴らは、戦争は物量だと知らんのだ。脳筋どもを押しとどめるだけで、私は今にも過労死しそうだ。阿呆ばかりとはいっても、人間どもに何もかも我らのせいにされてはたまらん。『災い』の痕跡を探査し続けたが、どうやら発生源は宇宙空間で間違いないようだ。何百何千何万かも分からぬ断裂があって近づくことも容易ならん』

 黒髪の魔神はそこまで深刻な面持ちで言うと、語調を改めた。 

『追伸。言づてを頼んだカロン侯爵が、貴殿らに喧嘩を売っていないか激しく心配している。いい年をして子供の使いもできんのか。まさかそんなことはあるまい。そう信じたい。信じているぞ、カロン侯爵……信じていいよな?』

 さっぱり背景は分からないが、カロン侯爵とやらが全然信用されていないのは分かる。あと、カロン侯爵がここにいる魔神であるなら、彼は喧嘩をとても売っていました、とアリアは思った。

『奴は眷属でもインテリで売っている。信じて私はカロン侯爵に橋渡しを頼んだ。だが私は経験則故か、疑いの心に打ち勝てぬ。皆義務より何より自らの愉しみを優先しおる。戦闘狂ばかりで、目先の誘惑に飛びつく輩がほとんどだ。だから魔族は和平にむかんのだ。いつもいつも人がお膳立てした和平会談をぶち壊しおって、私はもう』

 追伸からと言うより、半ばからほとんど愚痴となり、途中で途切れた。

 恐らく話の中で言及されていたカロン侯爵本人であろう魔神が、大本の映像球を叩き割った為である。

 大変いい笑顔であった。



三人称版、どのくらいの方が継続して読まれているのか把握できていないため、もしよかったら、継続読みされてる方は、お気に入り登録していただけると大変参考かつ励みになります。よろしくお願いしますm(__)m 

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