かれらのラストバトル
時は巻き戻る。
――導こう! 異界の神のもとへ!
運命の女神のはからいによって、姿を消した四人の異種混合パーティは、突如として、崖の大地に立っていた。
暗く蠢きたゆたう暗黒の海の中から、無数の菌糸類のごとく細い柄を突き出し、不安定なバランスの『かさ』を虚空に開く。
その無限の気の遠くなる光景の中に、彼らは出現した。
更に、でたらめのフォルムの塔が、逆さまに空から生えている。はっとアズールが息を呑む。ドロテアが周囲を見渡し、鋭い声を上げた。
「ここは――⁉」
――事象の地平線。
――暗黒の宇宙。
――宇宙の地平面。
笑い含みの声が聞こえてくる。
――ようこそ、ひとがこられるはずもない『果て』へ。
――お前達を歓迎しよう。
「――異界の、神」
ユーリーが静かに呟く。
――いかにも。いかにも。
今にも上機嫌に腹を抱えて笑い出しそうなけはいである。
――ここは、本来ひとの観測できぬ、到達不可能なたそがれの向こう。
全員が空をふり仰ぐ。
菌糸のかさが開く暗黒の海と金色から赤黒へとオーロラのように揺らめく空の境界が混じりあう。
時間も。
空間も。
見た目通りではない。
全てが正しく歪んでいる。
『存在』すらも成立を許さぬ絶対の歪み。
「このような場所に、本来ひとは知覚も存在すらもできない、はず」
鈴木の師匠でもある魔法使いのアズールが、空から突き出す針のような塔に目を留めた。
「しかし――アルルヤード魔法の塔、あれのおかげか」
逆さまに生えるその塔は、時間と空間を彷徨うアルルヤードの塔。
その塔は、アズールたちの世界と、この『果て』の世界に二重存在する。
存在が世界を跨っているのだ。
そして、同時にこの『果て』に放り出された彼らと元の世界とを、布を縫い合わせるかのようにつなぐ針でもあった。
あるいは、正気であるための空気穴、向こう側へつなぎとめる錨でもある。
この針が二つの世界をしっかりと縫い合わせている限り、互いの世界は閉じた『孤立系』とはならない。そして、アズールたちは両世界から影響を受けてどちらにも存在できる。
果たして、この知覚される海や崖、大地、全ては、彼らの世界からみた認識に過ぎない。
つまり、己のホームグランウドを失い、自分の物差しで認識できなくなる時、人は発狂する。
――かかかかかか! 愉快ぞ愉快。さあ、わたしに見せておくれでないか。
――ひとの限界、超えてみせよ!!!
白い爆発的な光が、視界をホワイトアウトさせる。
白濁とした空中に、不意にぽつんと黒い染みが浮かぶ。
黒は点から円へ、円から巨大な蕾へと姿を変えた。
「ぬうっ」
マッシモがうめいた。
なんと禍々しい蕾か、それはいかなる花を咲かせるのか。
黒い色が零れ、蕾が花開けと結び解けた。
巨大な漆黒の花びらが、一枚、二枚、と惜しげもなくもげ落ちる。
花弁は大地に触れるか触れぬかの内に、炎と溶け出してたちまち地獄の光景を作り出した。
虚空に浮かぶ黒の花弁の中心、陽炎となって揺らめくそこから、白の指先が現れ出でた。
何かが生まれ出ようとしている。
アズールはぎょっと目を見開いた。
――NNンン野尾p@絵p@お嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼アン@に尾rんえいrdtyfぎjこp@「;:@亜ペア嗚呼エrhbllれ』@prk¥-あ09絵bにkねr@krdtふゅ8位おp@;:!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
産声を上げる何か。
白い翼、臓物、目玉、乳房、硝子質、甲殻、宝石、炎、氷、癇の強い子供が、破壊の衝動に任せてでたらめな材料からでたらめなオブジェを作った。
そんな何かが、産声を上げる。
「実に醜悪醜怪」
「「だがそれがよい!」」
マッシモとドロテアの咆哮が重なる。
「――救われん脳筋どもだ」
魔法使いは口端を歪め、
「だが、今はそれも心強い」
と言い切った。そして、たった一人の人族の勇者に問う。
「勇者よ、心の準備はよいか? 女神ではあるまいが、臆しても恥ではないぞ」
アズールの問いかけに、ユーリーは静かな笑みで答えた。
「もっと恐ろしいものを知っているよ」
だから大丈夫だと請け負う彼の表情には、何の力みもない。
選定者にして魔法使いのアズールは、ひょっとすると、このひとの勇者は前生での不完全な記憶が、魔剣と同じく魂に定着しているのではないかと疑った。
エレボスの渾皇子。
魔法使いは思い出す。
かつて。
エレボスは「呪術」の国であった。
「呪」を行うためには、その「血」が尊ばれる。血は濃いほどよいとされ、血族婚姻が盛んな国でもあった。
また、エレボスの大官貴顕は顕著に気狂いし易かった。そして、その気狂いこそ、神霊をよく降ろした一因ともいえる。
この「陰」の血は鬱々として、神霊を内に呼び込む。しかし、代々の皇族がその内に呼び込んだ神霊は、
「狂」
であった。これが全ての因果の始まりとも言えよう。
「狂」の国、エレボスは三祀によって回る。三祀とは、
「星辰」
「月」
「太陽」
この三種の信仰だ。「天体の運行」に照らして、皇位も「巡る」慣わしであった。
渾皇子は当時天体の運行の元に朝廷を斜陽の日となった「太陽」一族の出自である。その中でも、他に類を見ないほど古い家柄の「日」氏出身の妃、
「界」
より生まれた。
この界妃は、「太陽」派が衰退し、その重臣の失脚が相次ぐ中、当時の皇帝である遊帝の不興を買って、重刑に処された。
伝聞では、四肢を切断された上、生きたまま塩漬けにされたという。
なお、この母の肉を渾皇子は口にしたとも伝承えられる。渾皇子は塩漬けにされた界妃の壷とともに、湿気の多い土獄に繋がれた。幽閉である。
そのまま成人するまで生き抜いたのは、彼の恐るべき生命力のほかに、真実は、力を失った「太陽」派が、高貴な家柄の皇子を生かそうと奔走したのだろう。
だが、それは果たして。
本当に慈悲であったのか。
その地獄は。
いかなるものであったか。
彼の「狂」は、血ではなく魂にいまだ定着し、もはや一体となり、離れえぬ。
因業。
彼の最期を思い出す。
――たれにも抱かれたことがない。
常人なら発狂しかねない、おぞましい異形の内側に抱かれて、渾皇子は嫌悪よりもあたたかい、と笑った。それほどに彼は魂がひとの温もりに飢餓していた。もはや人でなくてもいい。母のように包んでくれるなら、悪神でも、化物でも。
そうして息絶えた。
なにゆえにか、とアズールは瞑目し、印を切る。
またかつて、このアズールは古トリエステに仕える宮廷魔術師であった。
危険人物とされ、主君に逆賊として討たれた後、後に冥府より蘇えっては、逆に元主君を殺害。
その王妃に「禁術に習い、衆を惑わし、法を破り、恩人を害し、全てを貪らんとする戒律破りの者よ、お前には永遠の劫火が待っている! お前の前には救済など一切ないだろう!」と罵られたその邪法の魔法使い。
だが、今は。
「さあ、来たれ。我が友よ。俺の盾となり、剣となるがよい」
はるか過去に殺した朋友でもあり、敵でもあるトリエステ国王。
若き頃の姿で双剣を携え、召喚される。
――自由自在に敵を呼び出しおって。いずれ貴様、冥府の深奥に送ってくれるぞ。
古トリエステ王は、苦虫をつぶしたような顔で吐き捨てるが、さあん、と双剣を十字に構えた。
「さもあらん。が、いまはその時ではない!」
己の手持ちは自由に使える、とアズールは確認して、浮かべる笑みは、残忍極まりない。
自分の体は自分で守る。攻撃特化の残る三名は、自由にやればよい。
「盾があるゆえ、俺の心配はいらぬぞ。思う存分戦え」
「「――言われずとも!!!!!!」」
火蓋は切って落とされた。
決着がつくまでは、百の年月、千の年月、ひょっとして万の歳月を。
諦めぬ限りは――!!!!!!!!




