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昔苛めていた幼馴染が勇者になって帰ってきたんだが 三人称  作者: ワシワシ/三月ふゆ


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23

 

 女神は、その手に一本の錫杖を携え、大地にたたきつけた。

 隆起する大地より、水がめをもった青白い女が伸び上がり、

 ――これより、一秒の時が、異界の神の元にて七日の時となる。

 更に女神が空中に杖を振るう。

 ――残された者たちよ、見守るがよい。

 宙から踊るように女達は姿を現す。

 その手にそれぞれ、水がめを持つ女達は、上下左右、重力とは関係なく四方に散ると、水がめを傾けた。

 ほとばしる水は空中にゆらぐ水鏡となり、鏡面に金色の炎が走る。

 まるで業火のごときそれは、何かの形をとり、

 【一年十五日】

 これは。

 これは、カウントだ。

 愕然とした。

 目まぐるしい勢いで、数字は変わっていく。

 【一年四十七日】

 【一年七十日】

 【一年九十一日】

 これほど、時が経つのを恐ろしいと思ったことはない。

 これほど、一秒の時を重いと思ったことはない。

 私の一秒が、彼らの七日間。

 私の一時間が、彼らの――二万五千二百日。ほぼ、七十年。

 私の一日が――彼らの千六百八十年!!!

 アリアは、震えすぎて合わせることも困難な指をぎりぎりと組み結び、額に押し当てた。

 もう、どうすることもできない。

 どうしようもない。

 ひとの力では、どうすることも。

 そんな時、ひとは。

 ひとは、祈られずにはいられぬのだと。

 神でも悪魔でもいい。

 なんでもいい。

 お願いだ。

 彼らを。

 ――を。

 どれほどの時が経ったのかすらも、アリアには分からなかった。

 ふと気づくと、茫然自失状態から己を取り戻した鈴木が、まだ目も赤いままに前へ進み出た。

「このような時に申し訳ありません。いずれか、日本からの転生者、あるいはトリップ者の方、集まっていただけませんか」

 このような時に、いったい何を、と思う。

 しかし、鈴木の表情はあまりに真剣だった。

「今、ここに正気を保ち続けている全ての転生者、トリップ者の皆さんが集まっていると信じ、お尋ねします。あなたのこられた西暦、こちらの世界に放り出された年代、場所等、なんでもいい、情報を教えてもらえませんか」

 意味が分からず、ぽかんとする者もいれば、魔法使い職らしき面々は、はっと顔を見合わせる。

 彼らは口々に情報交換し、それぞれの杖を用いて空中に何か書きつけていく。それぞれの名前。

 星のようにきらめく名前は、点と点が結びつき、線となり、線と線が二次元をなし、それに更に加わって三次元となる。

 杖の先端は光、その光の奇跡は何かの図形――いや、立体の何かをなしていく。

「それぞれの人間を星として、配置すればいいのか」

「これだけの要素では」

「いや、待て、これに――を加えるということだな」

「これに、――を通せば」

「まさか! おい、これは⁉」

「三次元の――ではない」

「X,Y,Zに、――の要素を加えるのか!⁉」

 彼らは興奮し、やがて、それは傍目にも、はっきりと、

「立体魔方陣」

 鈴木が静かに告げた時、我々は巨大な蜘蛛の巣、あるいは銀河を見上げていた。

 その中心には、鈴木美千瑠。彼女とその母である雪江を結びつけて一つの線とし、その彼らの周囲に人々が無数に配置されている。

「これに時間軸を通し、四次元のものとなりますが、理論上のもので、視認は不可能です。おそらく、これは――」

 何かを、封印するものでは、と。

 その続きを彼女がはっきり口にすることはできなかった。

「喝ッア、嗚呼嗚呼嗚呼あああああぁぁあああああ亜亜亜亜!!!!」

 恐ろしい音がした。声とすら思えない。悲鳴に混じって、ぼきぼきと血肉が再生されて行く。音だ。神子が、ミチルが再生される最後の苦痛を絶叫し、目を覚ましたのだ。

 アリアは初めて、他者の『蘇生』を目にし、これほど残酷なものだったのかと改めて血の気を失った。

 彼女は己の肩を抱きしめ、がちがちと震えていた。痛み、死。そして再生される肉体。

 まだ理解できていないのかもしれない。神子ミチルは、初めて、この『再生』を経験したのだろう。

 ただ、ショック状態で震えている。

 アリアは、なんと言葉をかけたらいいのか迷い、そして何もかけるべき言葉を自分が持たぬことに気づいた。

 いったい、何を言えるのだ。

「どうして、どうしてぇええええッ――!」

 自分を何かから守るように抱きしめ、焦点の合わぬ目で繰り返す。

 皆の注目が神子へと集まる。

 あまりの出来事に混乱していたが、ここに集まったのは。

 そう、気がついて、アリアは血の気がどっと下がった。

 異様な雰囲気に、一人が、ぽつんとこぼす。

「こいつが」

 駄目だ、その先は。

「こいつが、あの時の」

 決壊する寸前の、それは最後の一押しだった。

「こいつがあのときのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 憎しみと、恨みと、何もかもすべての感情を極限に煮詰めたら、人は、こんな形相で、こんな声を出すのかと。

 圧倒的な悪意に、ミチルが「ひぃっ」と尻を地べたについたまま、がくがくと震える足で後ずさる。

「や、止めて。わたし、あたし、あたっ」

 彼女は失禁していた。

 そして、彼らは。

 全ての元凶である彼女を前に。

 拳を振り上げ、襲い掛かるのではなく。

 ただ咽び泣いていた。

 言葉にならぬと、ただ、嗚咽する。

 あるいは、放心していた。

 多くの苦しみを味わった。

 多くの悲しみを味わった。

 しかし、そのあまりにもの絶望は、もはや怒りをもすら突き抜けてしまう。

 最後におとずれるのは、引き伸ばされ、限界まで酷使された感情の磨耗と消滅でしかない。

 憎むことも。

 うらむことも。

 ある意味、生きる活力がなければ、それを継続することは不可能なのだ。

 瞬間的な憎悪の高まりさえも、もう、彼らには、そんなエネルギーなど残っていない。

 たかが数十年しか生きていないアリアでさえも、恨み続けることは己自身を削りとる行為だと、気づいてしまった。

 更に長くの時を苦しみ続けた彼らが、それに気づかぬはずがなかった。

 これほどの犠牲。これほどの苦痛。

 それは果たして、この少女の幸運と、本当につりあっていたのだろうか。

 今この瞬間も、戦い続ける彼らの苦痛と恐怖、そして勇気、それらと本当につりあっているのだろうか。

「違う、違うの。あたしは、皆を。皆を救いたかったの。違うの、違うの」

 泣き続けるミチルに、もはや誰も関心を払わない。

 もういい、と一人が背を向け、また一人が背を向ける。

 ゴルドーと呼ばれたライオン男や、オルカという賢者の少年、黒い甲冑の騎士、彼らでさえも、戸惑ったようにして、遠巻きに見るその眼は、これまでの盲目な愛に揺らぎを感じさせるものだった。

「み、皆っ どうして、どうしてそんな目で見るの⁉」

「ミチル……」

「嫌っ そんな目で見ないで!」

 ミチルは悲鳴のように叫んで、己の側頭部に爪を立てる。

「見ないで! 酷いよ、私、みんなのためにっ 皆のためにがんばったのに! がんばったのに!」

 黒い甲冑の騎士が何か痛ましげなものを見る眼で、静かに一礼すると背を向けた。その後を、ハイエルフの青年が追う。

「どうして、どうして⁉」

 彼女はすがるように他の仲間をみやる。しかし、彼らは顔を見合わせ、「わりぃ……」とゴルドーが背を向けた。「ごめん、ごめんね、ミチル。でも僕」と賢者オルカもまた。

 酷い光景だった。

 彼らは神子のスキルの影響下にあったのだろうか? 果たして、白竜族の男はそうは見えなかった。逆に、フェリュシオンの皇子はスキルによる自由意志の抑制はあっただろう。その違いは分からない。

 しかし、彼らが彼らの意志で従い、見切りをつけたのだとしたら。

 そうでなくとも、そのスキルが解けた時、美津子という日本人女性を見る限り、洗脳中の記憶を失うわけではないようだ。

 ならば、この男たちのさまは一体何なのだろう。

 私だって立派な人間じゃない。

 でも、アリアは、ミチルよりも、この無責任な最低の男どもの首元をひっつかんで死ぬほど揺さぶってやりたかった。

 中途半端に投げ出すんじゃないよ。

 お前らも関わっているんだろう。覚えているんだろう。全部が全部操られていたわけではないんだろう。

 アーサー殿下は、武器を向けなかった。でも、お前らは簡単に暴力を選んだじゃないか。

 それも、あれも、全部、お前らより年下の少女のせいか。

 お前ら、見捨てて、謝って、罪悪感誤魔化して、尻尾巻いて逃げる気かよ。

 ふざけるな。

 もしアリアに、ほんの少しでも勇気と闘争心と元気があれば、実際ことに及んだかもしれない。

 この世界は『彼ら』のものだ。『彼ら』は己の為したことの責任を、少女に丸投げして、後片付けもせずに去ろうとしている。

 それは、ひょっとすると自身の鏡映しな同族嫌悪であっただろう。

 嫌な現実から目を反らす、という意味で、彼らは正しくアリアの同族であった。

「アーサーはっ アーサーはわかってくれるよね⁉」

 すがりつくように問われたフェリュシオン第一皇子のアーサーは、「そなたばかりが悪いのではない。しかし、事態はあまりにも」と首をふり、すまぬ、と告げる。そのまま、彼は去らずに留まった。何がしかの責任を、彼は感じているようだった。痛ましいものを見るように少女を見おろし、眉根を寄せて、考えている。

「……酷い。みんな酷いよ。皆自分勝手すぎる!! あたしは皆のためにっ みんなを救いたくて、それなのに、どうして。どうしてわかってくれないの。わかってくれないのぉおおおおおおお」

 嗚咽する彼女の元に、一人だけ、黒髪の少年が残っている。

 彼はそっとその肩に手をかけた。

 その感触に、絶望に濡れていた少女の頬に希望の赤みが差し、

「……あなたは残ってくれたのね、あなた、タ、」

 振り仰いだ目に、驚愕がよぎり、彼女を凍りつかせる。

「あ、た、たくまって、だ、だ、だれ?」

 一瞬、声をかけかねるままはたで聞いていた私は、何を言っているのかと思う。仲間ではないのか。下宿先に一緒に訪れていたメンバーの一員だろう。

 しかし、ミチルはその目に今度ははっきりと恐怖を宿していた。

「あなた、だれ? ど、どうしているの? おはなしのキャラじゃない、し、わたし、あなた、元の世界でも、え、いつか、らいたの? え、いつからそば、だってあなた、え、だってあたし、あたし、あなた、しらな」

 タクマという少年は、そう呼ばれていた少年は、なぜか表情が窺えぬ。

 アリアは、ミチルの異常なようすだけでなく、そのタクマと呼ばれていた彼の、尋常ならざるふんいきに気おされ、また周囲の面々が警戒に身構えるのを感じた。

 圧倒的プレッシャー。

 身体を折り曲げ、嘔吐したいようなその重圧を前に、

 ――礼を言おう。

 少年の口から中身が反転し、全ての因縁があふれ出した。

 まっくろで、汚泥のようで、ぐちゃぐちゃの、酷い全てが。




 ミチルという愚かな少女、彼女に与えられた絶大なる幸運と能力をもってしても、とうてい代価がつりあわぬ犠牲と絶望。

 そのエネルギーはいったいどこへ消えていったのだろうか。

 鈴木美千瑠、彼女の母である雪江を主軸とする、たくさんの人々の血と肉と涙で作られた四次元の魔方陣。

 その力が封じていたもの。

 多分、それは。

 今、目の前に。


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― 新着の感想 ―
やっと疑問に思ってた事の回答がわかるんですね。 まさか血族とはここまで理性保ってる皆さんだと逆に恨みたくても言いにくい、ミチルは頭がお花畑なのは分かってる事なのと勇者召喚系と思わせて実は詐欺契約させら…
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