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【挿話】その時、彼らは――魔界組珍道中編


 話は前後する。

 床に臥せっていた魔界のリュ皇子が、姉のドロテアに「軟弱な!」と引きずり出されて、人間界を珍道中していた頃だ。嬉々としてお供仕ったカロン侯爵はともかく、リュ皇子は鏡を見るたびに死相を見つけては胃の辺りを押さえる生活を余儀なくされた。

 そして現在。

 彼らは閉鎖空間に閉じ込められ、時間制限付きで脱出せよ、というミッション遂行中であった。

 なぜ、どうして、こうなったのか。

 ことの始まりは、ある女騎士と知り合い、彼女が持ちかけた依頼によるものだった。

 彼女は、己の主家と自身の一族に関わる因縁を解きたいのだと説明した。

 因縁の男。

 狂気の建築家ムラカミ。

 その活動期はおよそ百五十年前にさかのぼる。経歴も出身地も一切が不明の男である。

 彼は国を超え、大陸を超え、無数の家屋を建て続けた。

 しかし。この建築家の設計した建物に住んだ人々は、およそほとんどが莫大な成功と引き換えに、発狂や殺人など恐ろしい末路を迎えている。

 多くの惨事を巻き起こしたこの男を処刑したのが女騎士の主家と彼女の先祖らしい。

 彼等は、ムラカミの設計したα(アルファ)の館に足を踏み入れた。

 このαの館は、あまりの危険さに、各国共同の封印指定となっており、強力な結界に包まれている。

 館が人を呼び寄せず、人が館に足を踏み入れぬように。

 中のものを決してこの世に解き放ってはならぬために。

 だが、すでに女騎士の主家には、影響を受けた者が多発しており、女騎士自身も呪いのために子を産むことができぬらしい。

 このままでは主家も一族も絶えてしまう。

 彼等は、最悪だが最強の助っ人を得て、館の攻略に乗り出したのであった。

 封印を解除札で一時的に破り、女騎士とリュたちは館へ侵入した。

 ぐぅっと、圧力を伴うような異様な感覚がリュ皇子を包む。

 女騎士は青ざめた顔で呟いたものだ。

「ムラカミを主家と我が先祖は処刑したことになっているが、あの男は今も生きている――」

 彼は切っても突いても、首を落としても死ななかったという。

 ゆえに、彼女の主家と先祖は、男をばらばらにして、毒をもって毒を制すべく彼の建築物に封印したらしい。

 男のあまりの憎悪と呪詛に、多くの一族がこの時息絶えたという。

 事情を察したリュ皇子は、「最悪の悪手やないかー!」と頭を抱えたとか抱えなかったとか。

 気分が悪いのをこらえ、リュは館の重圧感の物理的な原因を探った。

 ビー玉を床に置くと、ゴロゴロと勝手に転がるくらいに傾斜していることが判明した。また、天井も角度や距離を計れば、かなり歪んでいることが分かる。故意に遠近を惑わすよう錯覚を利用した仕掛けが随所に施されていた。

 建物内にいる者の感覚を狂わせ、不快にさせるような仕様だ。

 更には、力場と館の設計、館内で死んだ者の魂を利用して、異界の生物を永続的に一定数召喚し続けており、徘徊する不定型なそれらを目にしたリュは、建築家ムラカミの滴るような悪意を感じ、ぞっとしたものである。

 また、書斎には、無数のおぞましい本が納められていた。特に異界の神々に関する写本は極めつけだった。なお、通常運転で、解読したリュが呪われた。

 その際、ともに攻略した女騎士とフラグが立ったような気もしたが、当然のごとく気のせいである。

 フラグはともかく、始まりの館であるα館を後にした彼らは、ムラカミという男の足跡を辿りながら、彼自身と対面することになる。

 話は長くなるので割愛する。

 最期ならぬ最後、αの館と双子の対になるΩ(オメガ)の館へと向かい、リュは写本の続きを通読した。

 ムラカミの知識の源であり、発狂館シリーズのはじまりの書である。

 この写本は死者の書とも呼ばれ、更にはテレポート機能まで付随していた。

 読み終わった瞬間、突如現れ、彼らを導いたのは、奇運の道化と名乗る男だった。

「来るべき時に備え、大幅にレベルアップできる迷宮をご用意しました!」

 男はそう言って、Ωの館から一転、三人の魔族をどことも知れぬ建物内に転送したのだ。

「時間制限内に脱出しないと、空間が畳みます! 俺を恨むなー! 恨むなら上司に言ってください! ごめんなさい!」

 無責任なことを言うなー! と弱冠一名は大いに抗議したものの、残る二名は不穏な空気に、うきうきわくわくを隠さず、舌なめずりをした。

 薄暗い空間で視界は悪く、しん、と静まり返った建物内。

 白い埃がうっすらと堆積し、廊下に沿って無数の部屋が並んでいる。

 廊下の窓に視線をやれば、外はのっぺりとした真っ暗な空間で、曇天に閉ざされていた。かろうじて広い運動場をぐるりと木々や塀が取り囲んでいるのが見てとれる。

 かえって白く見える広場には石灰質らしいラインで何か大きなマークが引かれていた。死者の書と同じで、この意味を理解してしまえば、あまり良いことにはならなさそうだ。

「あれは一体」

 リュは窓に顔面を近づけ、目を凝らしたが、幸いにも意味が分からなかった。ひるがえって、廊下に沿った部屋の引き戸式の扉には、それぞれ表示プレートで記号が記されている。

 人の気配は絶えており、部屋の中は、無数の机がぐちゃぐちゃに積み上げられ、椅子は引っくり返って四つ足を天井に向けていた。

 かと思えば、整然と並ぶ机と椅子は、主のいないままに何かをひっそりと待っている。

 前方には黒板と教卓。

 誰もいない。

「――が、学校、か?」

 古い記憶を掘り起しながら、びくびくとリュ皇子は、辺りを見回し、気づくと置いてきぼりにされていた。彼は慌てて、勝手に探索を始めた二人を追いかけた。

 突如、ぬしぬしと大股に歩いていたドロテアが足を止める。

「ぬう、なんだ、この部屋だけ、扉が立派だな!」

 校長室である。解読成功したリュ皇子は申し出た。

「姉上、お待ちください。まずは『聞き耳』をいたしますので」

「っつえい!」

 重厚な扉は一刀両断にされた。

「き、聞き耳を――」

 言いかけた言葉は空中分解して行き場を失った。せめて中の様子を伺わせて欲しいと彼は思ったが、思う間にも、この主従は、

「ぬわははははははー!」

「ふふふふふ、お供いたします、殿下!」

 と高笑いをしながら特攻した。忍ぶ、警戒する、という意味を二人は知らない。ご丁寧に襲撃のお知らせを大盤振る舞いだ。

 もうどうにでもなれ! と思ったかどうだか定かではないが、リュは涙目になって扉を押さえ、逃走経路を確保した。

 彼の鼻を、ねまったような腐臭が刺激する。扉の奥は信じられないような広さの洞窟であり、明らかに外観と異なる空間だった。どう考えても地底の大空洞である。

 洞穴内を、胞子が飛び交い、幻覚耐性のあるリュは、はっきりと目にしてしまう。

 ああ、中に、中に――

 リュは、何か、と目が合った。

 その本体は、おぞましい、灰色にぜん動する汚泥の(かたまり)だった。

 ぶくぶくと泡立つ不定型の巨大な水溜まりから、絶え間なく人型をした者が生み出されて行く。

 分裂繁殖しているのだ。

 生み出された『それ』は、悲鳴を上げながら、親から遠ざかろうとする。

 しかし、本体(おや)から突き出た胞子の触手に囚われ、引きずり戻された。

 収縮する灰色の不浄な水溜りは、身体中にぱくぱくと開く無数の口を持っていた。

 生み出された『それ』が囚われまいと狂ったようにもがき、無声の断末魔の悲鳴とともに呑み込まれていく。

 彼は理解する。

 捕食されている。この燐光を放つ巨大なプールのような水溜りは、絶えず産んでは、その子を喰らっている。

 灰色に膨張する塊は、自ら生み出した『それ』を貪っているのだ。

 分裂した人型の『それ』が、リュを見て、ぽっかりと口を開く。

 歪む。

 中の空洞はどこまでも暗く、口腔には一本の歯も生えていないのが、何故か分かる。

 『それ』は、ずるずると洞穴を這いずる。

 親から少しでも逃れようとしている。

 ほとんどは、『それ』を生み出した本体に引きずり戻されるが、逃れた数体は、恐るべき速さで成長していく。急速に膨張し成長する『それ』は、甲高く、尾を引く悲鳴を上げた――リュは理解してしまう。あれは、ああ、あれは――

 彼は一時的に発狂した。

「ふがいない奴だ!」

 一人発狂ラジオ放送を始めてしまったリュは、一定時間経過後に、ずるずると姉に引きずられている状態で正気にもどった。灰色の水溜り本体はともかく、あの生み出された人型を姉はカロンとともにぶった切ってぶった切ってぶった切ったに違いない。

 彼は、姉の暴力的勝利を疑うことすらしなかった。しかし、彼自身はとてつもない精神的ダメージを負っていた。

「あ、姉上ッ、あれは、あれはー!」

「うろたえるな、痴れ者が!」

 ガシ! ポカ! ではすまない。軽くドロテアは撫でたつもりだが、戦闘後で手加減を誤ったものか、リュは吹っ飛んだ。敵性生物より、身内に殺される。

「ぬぅう、不覚」

 やりすぎたドロテアは少しだけ反省した。彼女とて、病み上がりの弟を優しく可愛がっているつもりである。その優しさが時として彼女の弟を半殺しにする。優しさとは一体なんだったのか。優しさは自害したのだ。

 軽く吹っ飛ばされたリュは、幸運値がとても低い。

 もし神がダイスロールをしたら、安定の出目ファンブルというわけだ。

 リュは思った。

 あ、これ、死んだ、と。

「危ない!」

 この時、下の階の階段を駆け上がって飛び出した人物がいた。

 こけた頬から顎にかけて、髭をぼうぼうに生やし、ボロボロの旅装に、落ち窪んだ目をした男である。

 この男は、吹っ飛んできたリュを受け止めようとしたのだろう。その熱意は賞賛してしかるべきである。

 しかし、この男もまた不幸の星の元に生まれていた。

 何故か床が局所的に水浸しになっており、男はリュをキャッチしたまま、滑ってもろとも壁に激突。

 とりあえずリュは死なななかった。

 しかし、両者ともに踊り場で倒れ、生死の境を彷徨うのであった。

「――は! まだ、生きてる!」

 目を覚ましたリュは、暗黒の復活儀式をやり終えて、いい汗をかいているカロン侯爵と目が合い、グッと親指を上げられた。

 その傍に、項垂れ、反省どころか憔悴しきって今にも自殺しそうな勢いの男が座り込んでいる。リュが復活したのに気付いた男は、神速の土下座を展開した。

「す、まなかっ、た! 悪、気は、なか、った! し、かし、すま、なかった!」

 つっかえつっかえの謝罪は、まるで言葉が喉につかえて出て来ない風であった。

 事情を聞きだせば、この男、白竜族らしく、身内のいざこざでこの空間に迷い込み、体感時間で何十年も彷徨い続けているらしい。

 その間、リュたち以外に、人と会うこともなく、久々の会話に、吃音混じりのものとなってしまうことを、男は申し訳なさそうに詫びた。

 リュは不幸具合といい、身内のことといい、他人事と思えず、思わず貰い泣きに男泣きするのであった。

 つい、リュは愚痴を漏らしたことには、

「最初に入った部屋が神格(ラスボス)とか、おかしかろう!?」

「あれは、こ、ここの、長たるものの、部屋、なのだろう? こ、校長室、だった、か? だからでは、ない、のか?」

「校長先生は神格! もう嫌だ!!!!!」

 そんなこんなで、何度かリュとこの白竜族の男が主に半殺しの目に合ったり死にかけたり死にかけたり発狂したり正気に返ったり発狂したり魂と肉体が離れたり(どう考えても死んでいる)復活したりしながら、どうにか閉鎖空間を脱出。

 久々にお日様の光を浴びて、不幸組二名は泣きに泣いた。

 一方、ドロテアとカロンはツヤツヤと事後のように輝き、

「私より強い者に会いに行くぞ!」

 と叫んだ瞬間。



 ――今こそ、集うがよい!! 星ぼしよ!!!!!!!!!!



 彼らは強制的にルールを脳へと叩き込まれ、再び別の場所に召喚されていた。  



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