21
「――『浄化』!!!!!!!」
世界は白濁し、光に包まれ、
そして。
光は収束した。
「……っ、あ。 あ」
ごぼり、と口から血を吐き出す。
どうして、と問う。
背後から刺し貫かれ、その鋭い剣の切っ先が、容赦なく、ぐっと再度押し込まれる。
「あああああっ」
私は。
彼女を、そう、彼女を。
神子パーティのメンバーだった、影の薄い女を、呆然と見詰めていた。
彼女の髪は黒い。瞳も黒。きっと、間違いなく、同胞だった。肉体ごとこの世界に放り込まれた組の。
その目に宿るのは憎悪ですらない。
空虚で絶望に満ちた暗い目をして、剣の柄を握りしめている。
「み、美津、子さ、ど、どして?」
神子はわけがわからない、とばかり、喀血と共に尋ねた。
ぶるぶると震える腕で、美津子と呼ばれた女性は答えずに剣を押し込んだ。
「あああぁぁぁあああっ」
絹を裂くかのような悲鳴が虚空に響く。
彼女は、美津子は、蒼白の頬にただ静かに涙を流していた。
ああ。
人は。
これほど透明なまでに、空っぽの殺意を湛えることが出来るのか。
アリアは間抜けにも呆然とし、一歩も動くことができなかった。
憎悪などではありえない。
その境地にいたるまでに、一体どのような業が彼女に降り注いだのだろうか。
誰もが、言葉を発することができなかった。
動くことすらも。
異様な雰囲気に包まれる中、ようやく動いたのは、ライオン男だった。
その豪腕が、容赦なく女性を弾き飛ばす。
鈍く、骨と肉の断裂する音がして、彼女は地面に受身すらとれずなぎ倒された。
「このアマァッッツ! ミチルに、化け物の姿から救ってもらいながら!! 恩を仇で返すたあああどういうりょうけんだあああああああああああ!」
「ゴルドー、それどころじゃないっ 剣を抜いてくれっ 急速回復をかける!」
「お、おうっ」
しかし。賢者の少年は、勢いよく噴出した腹腔からの血に、顔色を失った。
「くそっ 回復を受けつけない! なぜだ!」
彼は必死の形相で回復呪文を唱える。
「くそがあああっ この女、殺す!」
ライオン男が絶叫し、更に彼女を痛めつけようとした時、
「……止めろ」
それを止めたのは、フェリュシオンの第一皇子だった。
「アーサーっ、てめえっ、なぜ止める⁉」
「……」
「てめえっ ことと次第によっては、お前をぶっ飛ば」
その喉もとに、フェリュシオンの第一皇子は剣を突きつけた。
「……ッ⁉」
ライオン男は、挑発はしたものの、まさかの事態に思考が硬直したらしい。
フェリュシオン第一皇子は、その目に酷く冷静な光を浮かべている。
「……疑問に思わなかった。そのことを、疑問に思う」
「ああん⁉」
「『大陸間盟主の環』。発動してはならぬ」
「はあっ⁉ 何を言ってやがる⁉」
噛み付くライオン男に、第一皇子の表情はあまりにも真剣だった。
「あれは、発動を前提とはしておらぬ。発動せぬことをこそ、最大の抑止力とする、見えざる均衡装置だ。発動した時は、人も魔族も泥沼の戦争しかない」
ゆっくりと、彼は剣を下ろした。
「我が妹の戦姫の血気盛んなことは以前よりのこと。あれが賛同し、声高らかに主張したとしても。私は。国王は。いなし、止めるべきであった。あるいは、そのはずだった」
しかし、と彼は恐ろしいまでに思いつめた目で続けた。
「なぜ疑問に思わずに。我々は賛同してしまったのか。また、各国はなぜ、受け入れた。魔族のたづなの取り方は心得ていたはずだ。お互いの領域を侵さぬ。デメルテの壊滅も、血みどろの報復戦を始める前に、調査を行うべきであった」
そして、なぜと、彼は自問するかのように。
「今、なぜ、そのことを。疑問に思うのか」
もう遅い。何もかも、遅きに失した。
その絶望と後悔の声色は、本物だった。
白雪が、美津子の治療にとてとてと走って駆けつける傍ら、不意に、鈴木がぽつんと呟いた。
「――EXスキル」
彼女の師匠である魔法使いがうなずく。
「で、あろう。ウィルドよ。お前のEXスキル、とんだダークホースのようだったな」
EXスキル『説得』
――交渉有利にはならない。
自らの言葉でもって、洗脳者へ直接に対話可能。
条件達成時、洗脳解除。
アリアのひとりよがりの私心に満ちた言葉は、届かなかったわけではなかった。
わずかな皹。
矛盾を感じる心に鎚を穿ち、何度も叩きつけ、やがて。
彼らは、疑問を浮かべ、彼らの心のままに、行動に移した。
その結果が。
美津子という女性。
ライオン男の言葉によれば、彼女は、『災い』の核だったのだろう。神子の浄化の力によって元の姿に戻り、そして意思を奪われた。
彼女は神子に感謝すらしたかもしれない。
それゆえ付き従っていたのだろう。
だが、正気を取り戻した彼女が、いの一番に行ったのは、その結果は。
神子を、己の剣で刺し貫くという行為。
アリアは喝采を上げる気にはまったくなれなかった。
むなしいとすら思った。
これが、終わり。
結局、いったい、誰が悪かったのだろう。
いったい、何を憎めばよかったのだろう。
いったい。
『A、A,A,AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!』
大地を揺るがすかのような、細く、高く、哀しい。
絶叫が響き渡った。
魔法使いが血相を変える。
「――何⁉ なぜ、奴ら『災い』がこの地に⁉ 神子が倒れ、均衡が崩れたからか⁉」
彼が慌てて指示を飛ばす傍ら、アリアは呆然とその悲鳴に耳を傾けた。
私は。
何もかも。
勘違いをしていた。
神子?
違う。
そうじゃない。
そうじゃなかった。
『災い』。
その哀しき存在。
宇宙の果てより来る者。
選定を受けてより、初めて、アリアはその悲鳴を耳にした。アリア自身のスキル固有の効果ゆえか、その声が痛いほどに聞き取れる。
アリアは、驚き、あまりの惨さに、ひざ折れた。
「……嘘」
なぜ、分からなかったのか。
なぜ、気づかなかったのか。
あれは、最初から。
泣いていた。
悲鳴を上げていた。
アリアは、彼女を知っていた。
知っている。
だってあのこは、
「……ゆ、雪江?」
雪、お前なの?
どうしてお前が。
私だけじゃなくて、どうしてお前が⁉
「いったいどうし」
誰かがアリアに声をかけた。そう思ったその瞬間。
大地から無数の『災い』が沸き出でた。
その触手は、我先にと神子を目指し、彼女のパーティメンバーに切り払われる。
それでも無数の触手が何度も何度も、狂ったように彼女を目指す。
ようやく見つけた、そういわんばかりに。
全ての『災い』の源。
それは、宇宙の彼方より飛来する。
その存在は、数千年前から、確認されていたと。
数千年も。
数千年も!!!!!!
知っているか。
私達は。
時代も。
場所も。
ばらばらに。
ばらばらにぃ!!!!!!!!
この世界にっ 投げ込まれっ
場所を選ばすっ
時にもとの肉体のままっ
死ぬこともできず。
死ぬこともできず!!!!!!
肉体は、どのような環境下においても、再生される!!
雪江。
雪。
私の、妹。
お前は。
まさか。
私だけじゃない。お前が、まさかっ
こんなの、ないだろう。
神様よ、お前が憎い。
お前を殺してやりたい。
ありがとう。
こんなに、こんなに、なんの躊躇もなく、憎める存在を。
許せない存在を用意してくれた。
お前を。
絶対に、私は。
――異界の陣営、その王将の屈服を認める。
――我らの勝利! ゆえに、大呪法はなれり。
――敵陣営の敗北により、罰則ルール適用、異界の神の力を一時的に抑えます。
――今こそ、集うがよい!! 星ぼしよ!!!!!!!!!!




