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「——ただいま」

 そう告げたユーリーは、そのまますたすたと歩いてきて、「触っていい?」と尋ね、アリア過去の呵責から明確に否定しないで、あーとかうーとか言っていると、了承と取ったらしい。砂漠で水を見つけた旅人のように、必死の仕草で、しかしどこか恐る恐る抱きついてきた。

 その上、人の肩口に顔面をうずめて無言で何か吸っている。

 心底、ぞっとした。

 きもちわるっと他の相手なら思うところだし、若干、いやかなり気持ち悪いは気持ち悪いが、さすがに幼少期の自分の所業もあってギリギリ耐えられないこともない。昔からこういうこともあったと言えばあったので、子供の頃のガリガリに痩せて陰気な顔をした小さなユーリーに抱きつかれているイメージだ。幼少期も、小さなユーリーにつきまとわれ、動物のように吸われていたアリアである。嫌らしいものではなく、両親から放置された子供が、執着を向けてくるそれだったのだと思う。でもアリアも結構酷いことをしたので、なんとも言えない。

 とはいえ、やはりいちいちふつうに動作の一つ一つが尋常でなく重い。怖い。なんというか、本当に重い。いまだに互いが成人した上で、本人の知名度を考えても、何でここまで激重感情を向けられているのか分からないし、おかしいと思う。思い出補正も何も、補正するまともな思い出などないわけである。放置子って、あるいはその成れの果てってこんなものなのかな、とますますアリアの目は死んでいった。

 そんな中、気づけば、ユーリーのパーティメンバー全員がお揃いとなったようだ。ずらりと早々たる一騎当千のメンバーが居並び、二人のしょうもない一方的動物ハグを見守っている。皆、ユーリーの奇行が落ち着くまで待ってくれるようだ。大人である。

 アリアは向けられた視線の意味を自覚し、心底いたたまれなかった。衆目監視の羞恥プレイでもこうはいかない。本当に自分たちにはそういうあれな関係はないので、と説明して回りたかったが、今はそれができる雰囲気でもないのは理解している。

 とにかく、いたたまれない。アリアは、ユーリーも空気を読んでほしかった。しかし、ユーリーの存在自体がもう封印されし呪物(アリアの幼少期の所業込み)のようなところがあって、恐ろしいので言えない。拒否ったら、いきなり勇者パンチ食らって潰れたトマトにされるかもしれないし、と本当はそんなに思っていないが、言い訳的に考えた。拒絶できない負い目を作っている自分も本当に駄目だ。

 そうした葛藤から、アリアの目は、死んだ魚のように濁っていった。もしかして抵抗する気が失せているのって、エンゲージなんとかかんとかとかいうマジックアイテム呪いの指輪のせいかな、なんかめっちゃフローラルな香りがするし、と霧がかった頭の隅で思う。早く終われ。

「勇者よ。今代の王将の口から抜けてはならんものが色々抜けている。そろそろ勘弁してやれ」

 魔法使いが見かねて、離すように口添えしてくれた。めちゃくちゃいい人だな、とアリアは心から感動した。

 ユーリーがしぶしぶ拘束をほどくと、アリアは体勢を立て直し、全力ですぐに距離を取った。

「あーちゃん、どうして」

 ユーリーが目を見開くのを無視し、アリアはとにかく急いで聖騎士殿の後ろに咄嗟に隠れた。「あらあら」と聖騎士は笑っている。すみません、あ、あとお帰りなさい、と挨拶してから、ユーリーに向かって、

「身の危険を感じたからだ! 近寄るな!!」

 威嚇してやった。もともと抵抗しても無意味な力の差があるが、自らの身体も裏切る状況は、奴との距離をとるのが唯一の防御方法である。

「んふふっ、リーダー駄目よ! キティちゃんはね、あんまりかまいすぎると、嫌われるのよ! あと、はっきり、イエ―ス! って言って貰わないと、幼馴染でも相手に触っちゃ駄目よ、メッ」

 聖騎士はまっとうなことを言っているが、アリアにもスリップダメージが入る。

「……わかった。ごめんね、あーちゃん」

 きらいになった? と眉毛を八の字に下げてしょぼんどころか、死にそうな顔をしているので、「今後ないようにして」とアリアは顔を背けた。

 どっと疲れていた。

「とりあえずまあ、皆、元気でよかったよ。それは安心した。おかえり」

 苦笑いをして声をかけると、ユーリーは青い目をパチパチとさせて、うん、とそれこそ子供のように頷いた。気持ち悪いし、重いし、怖いけれど――嫌いになれないのはこういうところだ。それにアリアも本当に子どもの頃、やらかしていたので。

 その後、初顔合わせとなる勇者パーティの回復役を見て、アリアは失礼な態度にならないように気をつけながらも、ぐうっと変な声が出そうで苦労した。

 猫妖精族(ケットシー)の女の子。白猫だ。彼らは二足歩行のそのまんま猫の姿をしている一族だ。身長は、成人しても人間の子供くらいにしかならない。ここまで見事な白猫ははじめて見た。翠の目は宝石のようだ。白い外套を羽織り、金の垂れ房のついたトルコ帽のような青い小さな帽子をちょこんと被っている。その手には、自分より大きな樫の杖を持っている。

 ああ、失礼に当たらなかったら、にくきゅう、触らせてくれないだろうか。だ、駄目だよなあ。

 かわいい。目が合うと、にこっと微笑み、ぺこんとお辞儀してくれた。

「はじめまして。白雪(パイシュエ)といいます。よろしくおねがいします」

「あ、う。こちらこそ」

 慌てて挨拶したが、どもった。呼吸が苦しい。かわいいなどというものを超越している。大陸が爆発する、とアリアはもはや完全に駄目な人だった。

「師匠。ただいま帰りました」

 一方で、鈴木が魔法使いに挨拶している。この二人、師弟関係にあるが、魔法の伝授の他に、何か別のものを継承している気がするアリアだ。

「状況は?」

 袖口に両手を入れた魔法使いが尋ねると、鈴木は報告する。

「はい。各地の『災い』狩りを行いましたが、数がかなり増えています。また、やはり『災い』は聖女パーティの痕跡を追っているようです。今も聖都へ続々と集まっているみたいですね」

 それから、と彼女は鞄をまさぐり、黒い包みを差し出した。

「なんとか、サンプルを入手しました。『災い』を聖女が浄化した結果、人に戻った例が報告されています。あるいは、人とならずに、光と消えた事例も。核となった人間は、異界の人間とおぼしき者から、この世界の人間まで様々のようですが、はっきりしたことは言えません」

「ふむ。やはり、『災い』はその性質から見て、『寄生生物』のようなものらしいな」

 魔法使いはうなずき、「せめて、浄化されたという人間に事情聴取できればな」と呟いた。

「それは難しいでしょう。浄化された人間は、全て聖女に骨抜きです。まず協力は取りつけられないと思います」

 鈴木は難しい顔で答えた。

 すると、魔法使いは、白猫の白雪に尋ねた。

「『浄化』は本来、神官、巫覡(ふげき)の領分だが、こちらの手で『災い』を人の姿に戻すことは難しいだろうか」

「それは、とってもむずかしいと思います」

 白雪は、申し訳なさそうに首をふった。

「前例がないことと、おそらく大神官クラスが何人も用意周到に準備して、それでもできるかどうかわかりません。この世界の本来の法則にあてはまらない異物だから、『災い』なのです」

「で、あろうな」

 魔法使いも半ば返答は分かっていたようだ。

「とりあえず、『寄生』の実態でもつかめただけよしとしよう」

 アリアは、そこでようやく口を挟んだ。

「『寄生生物』というのは? 以前、映像球の上位魔神があれは宇宙空間からやってきているらしいと言っていたが」

「まさしく」

 魔法使いが目を細めた。

「大本は、宇宙空間より飛来している。寄生生物の本体というべきか」

 アリアはそこで、まさか、と瞠目した。ばらばらだったピースが、ずっと無意識にいじっていたそれらが、いきなり目の前でつながって行くような錯覚。

 まさか。

 そんなこと。

 それじゃあ、あまりにも、

「ふむ。察したようだな。我らも同じ結論に――」

 言いかけた魔法使いは、はっと目を見開き、「ちぃっ」と舌打ちした。

「いかん! 奴ら、人払いの魔法が効かぬとは!」

 まさか、直接に!!

 そう魔法使いが言うと同時に、再びドアがノックされる。

 本来、ここに訪れるべき人物はどこにもいない。

 いい、とも悪い、とも言わぬうちに、扉が開かれる。


 そこには、小柄な黒髪の少女が立っている。

 背後には、威風堂々たるただものならぬ男達。


 少女は儚く、華奢で、庇護欲を抱かずにはいられないような、まるで精霊のような容貌だ。

 ああ、私は、彼女を知っている。

 桜桃のような唇が開き、透けるような白い頬にばら色がさす。

「会いたかった! ユーリー!」

 彼女は花が咲き零れるかのようにして大輪の笑顔を咲かせた。


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