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【挿話】 軟弱な!


 魔界。

 魔王の間である。

 各氏族の中でも、筆頭となる上位魔神たちがそこに集っていた。

「あたくしの。かわいい蛇人が汚らわしいカス! クズ!! 汚物! どもに皆殺しにされましたの。あたくし、溜飲を下げずにはおれませんわ」

 口火を切ったのは、蛇のような目をした九頭竜デボラ公爵である。いらいらと手元の扇で自らを扇ぎながらの言だ。高く高く天をつけとばかり鋭い三角錐のタワー状に巻き上げた緑色の髪が、その剣幕にあわせてざわざわと蠢き、零れ落ちる。その頭髪は、何千何万もの細い蛇であった。爬虫類嫌いには大変きつい光景である。

「最近の人間どもの調子の乗りっぷりはいただけませんなあ。まっことエレガントではありません。デボラ公に私は賛同しますよ」

 まっしろな髭をそよがせ、これは吸血公メルキオラ。ちなみに、その甥に当たる第一世代眷族が、勇者ユーリーのパーティに討たれているが、「強き者。その心意気やよし!」とまったく気にしていない。むしろ「グレイト!」とスタンディングオベーションしかねない賞賛っぷりを発揮した。

 一見紳士に見えるが、中身は良識人まっさおの武闘派である。

「くくくくく! 血が騒いで仕方ないわ。私が先陣切って、きゃつらを蹂躙してくれよう!」

 大変嬉しそうな、これはドロテア皇女。すでにその大剣を、場もわきまえずに振り回しそうなご機嫌具合だ。

「いいえ、皆様。お手だし無用ですわっ、あたくしがこの手で自ら! あの汚物どもを地獄の業火にこんがりくべてやりますのよ! あるいは生きたままで踊り食いをしてやりますわ! 九つの頭で手足をばらばらに引き裂いてやりますの!」

 デボラ公は手元の扇子でせわしなく扇ぎながらぴしゃりとはねつける。

「デボラ公。愉しみの独り占めはいただけませんなあ」

「我らに任されよ。主はたおやめ、任せるにはいささかものたりない」

「俺がやる! 俺がやるう! お前らいらん!」

「え、何、そいつら、つえーの? よっしゃ、俺行ってく、ふげっ」

「鳥公よ、抜け駆けは、許さぬ」

 誰もかれもが俺が私がワシがいや僕がと挙手して口々に主導権を握りたがり、まったく収拾がつかない。

 彼らに協調性と説いて、その心は? と尋ねてみれば、以下のように返ってくるだろう。

 協調性? それは食べ物ですか? それとも武器ですか? 何でもいいから、早くやろうぜ!

 魔族とはまさに超個人主義の集まりだ。そして限りなくはた迷惑で有害だった。

「よし! いいことを思いついたぞ!」

 ドロテア皇女が喜々として提案する。

「皆、好きに人間どもを襲撃すればよい!」

 おおっと超個人主義者たちは一斉にどよめいた。はっきり言って、一国の上層部の方針としてはありえぬレベルだが、その目に浮かぶ尊敬、きらめき、喜びは、ドロテアへと一心に向けられている。

「さすがですぞ!」

「殿下! なんというすばらしきお考え!」

「賛成っ」

「我も賛成!」

「わらわもさんせい~」

 大団円である。長命種の賢明さなど欠片もない。むしろ最初からなかった。ゼロに一をかけてもゼロ。ゼロに百をかけてもゼロ。もはや、魔界幼稚園開幕だ。

「陛下、よろしいですかな?」

 よぼよぼで、目が長く垂れ下がる眉毛で一切見えない宰相トロンプが尋ねると、

「よきにはからえ」

 トップからして自重しない。権力には義務が伴うが、果たす気がゼロ過ぎた。

 こうして魔族の「皆好きに人間たちを襲撃しようぜ! だってあっちが勘違いして先に手を出してきたんだもん! ヒャッホー! やるぜやるぜやるぜええええ」なムードが蔓延し、一番トップも許可した結果、人と魔族の戦端は開かれてしまったのである。

 この時、ストッパーになってしかるべき人物が一名いたのであるが、その時彼は度重なる心労のため重度の胃潰瘍を発症し、緊急手術を行っていた。

 後に彼――リュ皇子はことの顛末を聞いて、

「もうつんだ。これは無理ゲーだったのだ。無理。絶対無理だった。奴らには道徳、理性、協調性、何もかもが欠けている。あいつらに道理を説こうとしていた私が間違っていた。すまぬ、勇者よ。私は無力だ……っ」

 とそのまま首を吊ろうとしたため、その執事が慌てて止めに入ったという。

「殿下っ、ご心痛お察しいたします。おお、なんとお気の毒な」

 この老執事、リュ皇子の幼少より仕えており、その成長を見守ってきた。歳は関係ないと豪語する好戦的魔族ではあるが、リュ個人への愛情は本物で、いつも影から栄養ドリンクを皇子に差し入れしていた。彼はまず医者を呼んだ。

 宮廷医はリュ皇子に、魔族においてはほとんど例のない、罹患すれば不知の難病とされる『(うつ)』診断を下した。

「殿下、何とおいたわしい!」

 執事はさめざめと泣いて鍛錬に励んだ。実に魔界人らしい励まし方である。俺はもっと強くなるから、お前も早く元気になって戦おうぜ! という魔界流のたおやかさと恥じらいを感じさせる気遣いだった。執事の献身は誠、彼を七色の闘気が包む。愛を知らねば! 身につかぬ! 魔界の伝説の闘技を執事は身につけた! 

 リュ皇子の鬱は更に進行した。

 もうさっさとリュ皇子は出奔した方がよい。責任感を持っても、使い潰されるだけである。しかし、権力には義務が伴うという考えを、リュ皇子は末端の皇族ながら持っていた。悪徳企業から逃れられないループの完成である。

 更に、難病診断された病人の寝所を、姉のドロテアが急襲し、「軟弱なっ、我に続け!」と人間界に引っ張り出すのはまた別の話だ。その後を、カロン侯爵が喜々として追っていったのをある召使が目撃している。この珍道中は人間界で数々の騒動を引き起こすのだが、若干一名が毎度死にかけるため、割愛する。なお、この時、ドロテアは異世界の神話生物と肉弾戦を行い、大幅にレベルアップした。リュ皇子は削れてはいけないものが削れた。

 彼の胃潰瘍は完治していない。そろそろリュ皇子には死相が見えてきている。


 魔界側の事情とは、かくもお粗末なものであった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 業が、業がなにもかも悪いんや…… 当代本人が成した業ではないのが本当に不憫
[良い点] 魔族の皆様には笑えるけど、リュ皇子が不憫過ぎます。 [一言] がんばって、リュ皇子!
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