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「師匠!」

 驚いたように立ち上がったのは鈴木だ。

(お師匠様?)

 長老とともに現れた人物は、目深にかぶったフードを取った。青ざめた蝋面に、銀色の髪が零れ落ち、その眼光は鋭さだけではなく、年経たものだけが持つ叡智を宿していた。アリアは咄嗟に、この人物が若者なのか老人なのか分かりかねた。

「一体どうなさったのですか、しばらく実験のために隠遁されると」

 鈴木がかしこまっているので、本当に師弟関係なのだなと思う。

 彼は手を上げて鈴木を止めると、長老に礼を言って、こちらにあいさつしてきた。

「スズキよ、久しいな。そこのエルフも変わらず何よりだが、大股開きは止めろ」

「うっせー、俺が大股開いてると死人が出るわけでもなし、人のスタイルにケチつけんな」

 美少女ハイエルフ外装の陽一は、余計な世話だと一蹴した。鈴木の師匠――つまり本家本元魔法使いは、そう返されると思ったとばかりに肩を竦める。通常運転に挨拶代わりのやり取りのようだ。つまり、両者深い意味はないと見える。今度はアリアとユーリーの方を向いて、

「そちらのお二人にはお初にお目にかかる。私はアズール・ココという。そこのスズキに魔法を教えたので、師弟ということになる。ついでに、そのハイエルフとはただの腐れ縁だ」

 アリアは自分も名乗り、どうでもよさそうなユーリーにも挨拶させ、それから口を開いた。

「あの、あなたもこちらの世界へ連れて来られた方でしょうか」

「いや」

 と本家本元の魔法使いは否定する。

「私は、スズキたちのような直接の関係者ではないが、この世界での『選定者』の役目を負っている」

「『選定者』?」

 オウム返ししたアリアに魔法使いは説明しようとしたのだろうが、陽一が茶々を入れた。

「初対面だからって『私』とか言ってると、すんげー違和感あるぞ。悪評しか聞かねえ魔法使いのおじーちゃんよ」

「――分かった。お前にすぐさまルー氏族の若長の元に矯正送還される呪いをかけてやろう」

「止めろッ、あの口やかましい若殿様とは会いたくねえ!」

 話が見えないが、ルー氏族といえば、ハイエルフのいわゆる王家筋のようなものである。ハイエルフ自体が、かなり閉鎖的な氏族のため、そちらの『若長』ともなれば、とりわけ堅苦しい様式とは想像できる。今のところ、陽一の性格を考えるに、相性は悪そうだ。

 本人申告の通り、顔を合わせたくないに違いない。

「だったら口を閉じていることだな。この俺が、はぐれエルフを役所かエルフの里に突きだしたくなる前に」

 二人は応酬を始めたが、アリアはさきほどから、ルー氏族以外にも、引っかかって仕方なかった。

 アズール・ココ。悪評が高い。つまり……とアリアは、絵本のタイトルを思い出した。『邪悪な魔法使い』。

「――? え、あー、『アズール・ココ』って、古トリエステの大罪人の?」

 小さい頃に、本で読んだ覚えがある。まさか、と漏らした台詞は大変失礼なものだったわけだが、魔法使いは得たり、と頷く。

「本人だ」

「――え?」

 思わず鈴木と陽一を振り返ると、二人とも頷いた。

「そこの若作りジジイ、人間辞めちまってるんだよなあ」

「は、はあ……?」

「おとぎ話のとおり、冥府と取引して死霊王(リッチ)に転生したのさ。代わりに冥府の犬になることを条件としてな。今回会いにきたのも冥界の女王様のおつかいってとこだろ、陰険ジジィ」

「無礼なエルフ、説明ご苦労」

「俺ってば親切だからなー、ははは!」

 ひらひらと手をふってみせる陽一は余裕の表情だ。なんだかんだいって古い知り合い同士、気心が知れているのだろうか。

 いや、もしかしたら、表面上は普通に会話しているが、真面目に仲が悪いのかもしれない。

 ふたりともずいぶん付き合いが長いようだが、両者の背景を考えると、禍根のふたつやみっつあっても全然おかしくないのだ。

(ん? そういえば――)

 ある難攻不落の塔の歴史的攻略について、名も知られぬ魔法使いと、ハイエルフの乙女がメンバーにいたような気がする。彼女の名前はスズキ・イチローだったか。別人か。

(いや、三人目の鈴木一族なのか? ハイエルフで鈴木って、陽一さんしかいないんじゃ……)

 アリアは、じっと陽一を凝視してしまった。歴史の登場人物が目の前にいるのかもしれない。ことなかれ主義のアリアには、確認してもあまりいいことにはならなさそうに思われた。必要に駆られない限りは確認しないでおこうと結論する。無遠慮に詮索されて、楽しいと思うかどうかは、個人によるだろう。陽一については表面上のことしかわからないのだから、やぶをつついて蛇を出したくない。

「さて、無駄話はここまでだ。そこのエルフの言うとおり、俺は契約の元、冥界の犬のような役割を負っていてな。この世の均衡が乱れる時、中立たる冥府は善と悪の天秤の傾きを見定め、『代理戦争』の舞台を整えるために使者を現世に遣わす。これが『選定者』だ」

「代理戦争?」

「代理戦争については、人の世にも伝聞がある程度神話や伝説といった形で流布しているだろう。すなわち、law 〔ロー〕サイド、chaos 〔カオス〕サイドがそれぞれ代理の人間を立て、世界の命運を決める。これが神々の代理戦争と呼ばれるもの。

 両サイド代表の人間を、『英雄』、『呪われし者』と呼び、各陣営の点数のとりあい合戦を行う。

 この『英雄』と『呪われし者』を代表とする各陣営の人・物・場所を『星』と呼ぶ」

 アリアは必死について行くが、魔法使いはここで周囲をぐるり、と鋭く見回した。 

「本来『星』は秘匿される。しかし、こたび神々は異界の神の干渉に激怒している。

 お前たちのような『この世にありうべからざる者』を我らの世界に放り込み、ありうるべき運命を捻じ曲げ続けている。

 これは絶対に許されない。

 law 〔ロー〕サイド、chaos 〔カオス〕サイドの神々は協定を結び、新たな代理戦争を仕掛けることと相成った。

 陣営は、二つ。

 law 〔ロー〕サイド、chaos 〔カオス〕サイド共闘で構成される陣営。

 ――敵は、異界の神の陣営」

 緊迫した空気に耐え切れず、アリアは手を上げた。

「あ、あの」

「何か?」

「これって、私も聞いてしまってよい話なんですか?」

 何を言う、とばかり、魔法使いは目を見開いた。

「あー、ウィルドと言ったか」

 はい、とアリアは肯定した。アリアのこちら側での家名である。

「残念なお知らせだ。ウィルドよ、お前は『この世にありうべからざる者』の一員であるだけではない。

 我々共闘サイドの代表として、舞台に上がってもらうぞ」

「―――――――――――――――――――――は?」

 たっぷり間を取った後、アリアに言えたのはその一言だった。

「冥界の立法者より、共闘陣営の星々のリストを預かっている。本来秘匿されるが、目を通してもらおうか。俺の用向きはこの件でな」

 魔法使いは、卓の上にざっと巻物を広げた。

 アリアは目を皿にして見つめる。不思議な文字だ。羊皮紙のようでありながら、違う滑らかな素材に金色の炎と燃える美しい字が煌めいている。しかし今のアリアには、ほとんど目に入らなかった。

「わ、私の、私の名前がトップにあるんですが……」

「しかり」

 しかりじゃない。しかりじゃないだろう、そこは! とアリアは内心めちゃくちゃ反論した。

「なななななな何で私が。私村人なんですよ。拉致前も女子高生ええっと向こうでは普通の学生で、特別な才能は何も――」

 ものすごく動揺してしまった。

「うむ、それなのだが――かつての代理戦争におけるlaw 〔ロー〕サイド、chaos 〔カオス〕サイド陣営各代表もな、神々に見出されたという形とはなっているが、どちらかというと条件適合者の抽選みたいなものだと思ってもらいたい。今回は前代未聞の異界陣営に対抗する共闘陣営。おそらくは、条件として『異界の魂』、『異界の神への反逆』、この二つは欠かせぬもの。他の条件があるとすれば、異界陣営の代表に対する何か切り札的な能力を発現する可能性を秘めていた、など考えらえる。要するに、まあ、抽選結果だ。がんばれ」

(これは酷い)

 アリアは口を開け、どうにか閉じた。

(辞退したい)

 だが、とアリアは巻物に目を通して息を呑んだ。ユーリーの――幼馴染である勇者の名前がある。それだけではない。ユーリーの仲間、聖騎士ゴンザレスの名前も。

 アリアがリストの名前を目で追って行っているのに気づいたのだろう。鈴木が指さした。

「これ、私のこちらでの名前です。捨てたつもりだったんですけれど、こっちで記載されてしまっていますね」

「――『エルマ・ワーロック』」

「はい。でも、私の名前じゃないです」

 うん、とアリアは相槌を打った。あまりにもそれは『奪われて』しまった。だから、「そうじゃない」と言い続けるしかできない。

「うおっ、俺の名前もある!」

 陽一が覗き込んで、「うひー」と悲鳴を上げている。鈴木が陽一のこちらでの名前を読み上げた。

「すごく違和感ありますね」

 彼もしきりに首をひねっている。

「おう。自分の名前って気がしないなあ」

「そうですか。でも、陽一さんあちこちで偽名名乗っているし、二つ名もつけられているし、今更じゃないですか」

 鈴木が抑揚もなくコメントした。

「長く生きているとなー、本名名乗るとややっこしいことが多くてさ。偽名が有名になったら変えたりはしてんな。百年くらい前は『イチロー』名乗ってたんだが、アルルヤード魔法の塔攻略で有名になっちまってよ、やりにくいのなんのって」

 こっちのジジィは名前伏せやがってよーと陽一は恨みがましい目で魔法使いを睨む。

「目立つエルフのおかげだな。感謝する」

「嘘つけ。しっかし、このリスト、けっこう知り合いの名前多いなあ」

「確かに、そうですね……」

「それに、『異界の神を恨んでいる者』はどうやら全員載ってるみたいだ。あ、つっても俺の知り合いの範囲でね。意思疎通できない奴らもいるし。こりゃマジ異界陣営とバトルって感じだな、うはあ」

 げんなりした感じだが、陽一は覚悟を決めているようだ。鈴木も。そしてユーリーも。

 アリアは深呼吸した。

 昨晩、アリアは何と言ったか。

 鈴木は手を貸して欲しいと言った。アリアは何と答えたか。

(――逃げるのか?)

 散々、見えない『彼女』を恨んで、憎んで、想像の中、酷い目に合わせてきた。

 そこにいないから、絶対の悪にして憎めた。恨めた。そうすることで、この世界に放り込まれた理不尽に耐えられた。生きるための怒りの薪をくべ続けた。

 『彼女』を憎悪している内は、アリアはまだ向こうの世界の住人でいられたから。ここにいる自分は拉致されたんだと自分自身に言い訳できたから。

(でも、『彼女』が現実のものになったら、本当に私は――)

 想像が現実になったら尻込みしている。

 だけど、と思う。

 約束した。

 できることをする。限界を超えた無理も無茶もしない。

(でも、ここに私の名前がある。この世界の私の名前)

 こっちの人格神たちは、アリアにできると踏んだのだ。

 ありがたいこの世界の神々のおすみつきだ。彼らは、異界の神に戦争を仕掛けると言うのだ。こちらから手を合わせて参戦させてくださいというところを、『選定者』が丁寧に道を掃き清めて手を引いて舞台を準備してくださると言う。

(やれることを、やれるだけやろう)

「あーちゃん」

 ユーリーが隣に並ぶ。

 見上げると、ユーリーは本当に穏やかに笑った。

「だいじょうぶ。俺が全部殺す」

 目が死んでいた。

 全然大丈夫じゃないだろう! とアリアはまた内心思った。

(お前さっきまで空気になっていたのに、たまに喋るとどうして並々ならぬ存在感を主張するんだ……)

 もっと和やかな主張を聞きたい。アリアは背中からどっと汗がふきだした。

「う、うむ、勇者もこう言っていることだし、サポートは我々に任せろ」

 動揺したのは魔法使いもらしく、フォローかどうなのか分からない言い回しをする。

「チェスもそうだが、大将は前衛などせず、城内で果報を待て。ここというところで出てもらうことになるだろうが、序盤からどうこうという話でもない。まずは、寄せ手をくだすより、こちらから潰して仕掛ける」

 段々と魔法使いは調子を取り戻してきたらしく、説明を加えた。

「異界の神陣営の『星』を屈服させ、力を弱める。最終的に代理戦争のルール適用により、異界の神の力を削ぐのが目的だ。ついては、こちらの陣営の『星』には順次渡りをつける。問題なければ代表であるウィルドの潜伏先に送ろう。一度面通しは願いたい」

「面通し、ですか」

「ああ。本来、『英雄』や『呪われし者』は、各陣営の頂点に立ち、戦争間のみ、自らだけでなく陣営の者の特殊なスキルを解放できる。これは各自に固有のスキルが目覚めることもあれば、共通スキルの場合も多い。例えば『星』の間での通信などだな。情報面ではかなり有利になる。それには面通しし、『星』として選定を受託、『星盤』に彼らが刻まれる必要がある。代表の選定はこれから行うが、『星』を目覚めさせるのは、ウィルドよ、お前の仕事となろう」

「――め、目覚めさせる?」

「何、大したことはない。要するにお前が問うて、相手が『受諾』するという一連の問答だ。手続きはこちらでやるからそう構えるな」

「――はい」

 分からないこともあるが、要するにアリアは、神々という理事会からこの世界の共闘陣営という会社の社長をやれと言われていると理解した。社員は理事たちが目星をつけてリストを渡してくれたが、自分で雇用する必要があるのだろう。

「ウィルドよ、共闘陣営の代表として、この『選定』を受けてくれるか。説明が足りぬなら、いくらでも説明しよう。考える時間が欲しいというのなら、長くは待てぬが――」

 アリアは「いえ」と遮った。彼女は、急速に乾いてくる唇を噛み、答えた――



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