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 白い光をまぶたに受けて、アリアは目を覚ました。  

(ああ、朝日がまぶしい)

 ここはトンレミ村。勇者の故郷。

 ぼーっとした顔で、アリアは窓の外を眺めながら、その実頭を回転させていた。

(……昨日のできごとをまとめてみるか)

 勇者凱旋→我が家襲撃(二重の意味で)→我が家崩壊→色々→スズキさん、いや鈴木さんは同胞だった! →色々→長老宅の客間

 実に簡潔な説明だ。

 我ながらほれぼれとする、とアリアは思った。

(はは、まったく、ちっとも、 ひとつも、わけがわからん)

 そういう次第である。

 鈴木は泣き疲れたのか、あの後ばったんと倒れるように寝込んでいたが、現在寝台はからっぽだ。あの娘――推定六百歳ではあるが――は、小さい身体でずいぶん働き者だなあ、とアリアは感心を通り越して、余計なお世話にも心配した。

(さて、私はどうしたらいいだろうか)

 身なりを整えながら順次やるべきことを指折り数えて行く。

 昨日の今日の騒ぎだ、砂糖菓子の精霊な幼馴染一家のことも気になる。聖騎士殿がしっかり治療してくれたとはいえ、彼女の長女は大丈夫だろうか。様子見に一度顔を出して行こう。

 聖騎士殿にも礼を言いたい。長老にも一宿の礼を言わねばならんし。

 あとは、一度崩壊した家に戻って、使えるものは掘り出してくるか。

 それから、都市部へ――そこまで考えて、はたと目の前の壁を凝視した。別にシミがあったわけではない。

 思い浮かんだのは、こちらの、両親のことだ。

 ――むらから でたいと おもわない。

 これは、アリアが勝手に恨んで嫌って考えないようにしていた両親の呪縛で守りだった。真意を知った今、ほとほと我が身が情けない。本当に何も考えられない。

 ただ、都市へ出ようと思う自分がいる。

 では、この思考の切り替えというのは、呪縛が解けたためなのだろうか。アリアは元々村の外に行きたかったのか?

 ない。

 即座にアリアは否定した。アリアは都会志向のない人間である。上昇志向もない。しかし、自宅兼工房が崩壊した今、自営業は破綻、雇われるには都会に出るしかない。

 つまり、合理的判断というやつが働いたのだろうか。

(都市部に出た方が受注も多くなるし、壊滅的なダメージ食らった生活設計を立て直せそう! と現在の私の脳みそが判断しただけかもな)

 これまで、タブー制限がかかっていたものが取れて、選択枠が広がっただけの話だろう。

 鈴木は弁償すると言ってくれたが、個人の私有財産を保障しない大陸間勇者特措法適用範囲である。

(はあ、実際は請求できないんだよ。保険に入ってなかった私が悪いんだ。だけどな、地震保険より確率の低い災害について、保険かけられるほど余裕のある暮らしではなかったしな。リスク考えたら、優先順位下の下だったのに、まさか自分が被害にあうとはなあ)

 ――どうにかならんものだろうか。

 思案に暮れ、目の前の壁を穴が空くほどに見つめていると、扉をノックされた。

 何だろう、大変なデジャビュがする。

 アリアは半ば諦観めいて、「はい、今開けます」と立ち上がった。

 右手で扉を半開きにすると、案の定ユーリーがそわそわした感じで立っていた。

 アリアは半笑いした。日本人の得意な意味のない笑いだ。

「おはよう、何か用か?」

 アリアは何も奇抜なことを言っていないと判断したが、ユーリーは見るからにそわっそわしていた。凄く、何か言いたそうだ。しかしアリアの第六感は、イエローの信号を点滅させていた。

 ユーリーが手をにぎにぎすると、意を決したように口を開く。

「う、うん、あの、おはよう。あーちゃん、あの」

「昨日は大変だったな!」

 すまん、フラグ回避で遮ってしまった。仕方ないのだ。アリアは半笑いを浮かべたまま対応した。

 信号がレッドに変わりそうだった。そのなんだ、と内心矢継ぎ早に体勢を整える。

 昨日のことを聞きたかったし、先に質問してしまうことにする。アリアは少し身を引いて、下から見上げる形になってしまった身長差にちょっと愕然としつつも尋ねた。

「体、大丈夫か?」

 ユーリーはぽかん、と真顔で間抜け顔という器用な真似をしてみせた。多分頭の中が真っ白豆腐状態なのではないだろうか。こちらも目を反らして、吐き出してしまう。

「――ああいうものと、戦っているんだな」

 さりげなくという芸当は難しく、しかしユーリーは珍しく空気を読んだようで、「――うん」と子供のようにこっくり頷いた。

「その、痛いところないか?」

「ないよ」

「気分悪くないか?」

 ううん、とユーリーは横に首をふる。次の言葉を、辛くはないのか? とは言えず、呑み込んだ。さすがに分を超えた質問だと思った。

 ユーリーの真っ青で真っ黒な目が、次の言葉を待つように、まばたきすらせず、瞳孔を開いている。

 じっ、と身動きせずに注がれる視線に、アリアは気づかぬ表明代わりの笑みを貼りつかせた。

 普通の暮らしがしたい。災いにいちいち触れたくない。

 ――深く、直接に触れて、関わりたくない。

 そういう保身だ。

 だが、もう姿は大人なのに、小さい頃のユーリーがそこにいるかのように幻視する。猫背の痩せぎすの子どものつむじ頭を見下ろしているのだ。

 少しでも自分の罪悪感を薄めようと、勝手に舌先が言葉を紡いでいた。

「――良かった。ちょっとでも、異変、感じたら、周りに言えよ。専門家に説法かもしれんが、お前、我慢する性質(たち)だからな」

 身勝手で他人任せ、免罪符のために吐かれた台詞だ。今更心配しているだなんて、どの面下げてと思った。しかし、自虐したって、それこそ何にもならない。気づかぬふりが一番だ。それで嵐が通り過ぎれば万歳である。

 しかしユーリーは怒りもせずに、読み取れない真顔で俯いた。どうした。と聞く前に、いきなり、

「ひ」

 アリアの悲鳴だ。ユーリーは、人の手指をがしっと握り込んできた。

 あれ、とアリアは引きつる。

(いつの間に私部屋の方に? 何でこいつ勝手に入ってんの? これ昨日も同じようなことがなかったか?)

「――あーちゃん」

 ちょっと人間の喋る言語に聞こえなかった。自分のあだなだったとは思うが、何か違う濃密で直視できないものが塗り込められていた。多分怨念とかそういうのと似ていると思う。

「俺――」

「わ、分かった。分かったから、すまんかった。正直すまんかった」

 引きつった顔で、必死に言い募るアリアだが、ユーリーの耳に届いているのか激しく疑問である。

 覆いかぶさって来ないで欲しい、とアリアは心底思った。

(怖い。怖いんだってば。おい)

「俺、あーちゃんに、いわないと、いけないことが」

 大声上げよう、と思った瞬間だった。

「すみません、お取込み中でしょうが、ちょっと客人が」

 鈴木である。ナイスフォローでタイミングだった。二回目じゃないか。もう今年のフラグ潰しMVPは鈴木しかいない、とアリアは露骨にほっとした。それがユーリーにも伝わったのか、その手が動揺したように力がゆるみ、簡単に振り払われた。

「客人! それはぜひ、もてなさなければな!」

 勢い、アリアは普段なら回避するような面倒事に積極参加の意思を見せた。

 長老宅だが、全力を尽くさせてもらおう! 

 仰々しいまでに明るく言った彼女は、引き合わされた相手に顎を落とすことになる。




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