中間管理職達の幕そして――『魔界の皇子は胃潰瘍』&『商都デメルテの災厄』
自分で言うのもなんなんですが、この回が一番面白い気がするんですが、初稿連載時、一番怒られた回でもあります( ;∀;) よかったらブクマご感想お待ちしてます!
「カロン侯爵。任務御苦労だったな」
魔界の宮城一角。
淫魔族を母に持つリュ皇子の執務室である。
武闘派の多い魔界では珍しい、穏健派筆頭のリュ皇子の執務机には、書類が山ほど積載され、今なお増え続けている。
今も書類の高層タワーを裁きながらの面談であった。
「このような状態で卿には申し訳なく思う。今佳境でな、というか常にクライマックスでな。とりあえずくつろいでくれ」
視線を左右にすばやく走らせ、手元を動かしながらの言葉だ。
「いえいえ。殿下の胸中お察しいたしますよ。どうぞご遠慮なく」
「そうか。助かる。して、人の勇者殿の返答はいかに?」
「ああ、その件でしたらご快諾いただけましたよ。『災い』の追跡を続けて聖都に向かってくれるそうです」
本当にご快諾かどうかはかなり怪しいものがあるが、リュ皇子は思わず手を止め、「そうか」と安堵の息を漏らした。
和平会談。戦闘狂魔族の戦闘行為でぶち壊し。
各国へ使者を遣わす。武闘派魔族の戦闘行為でぶち壊し。
人間界に斥候を放つ。好戦的魔族の戦闘行為でぶち壊し。
繰り返し繰り返し三度の飯より闘いが好きで己の愉しみに打ち勝てないし勝つ気もありませんが何か? な魔族の戦闘行為でぶち壊しの憂き目にあって来た。
天井を見上げ、苦い涙を飲むリュ皇子に、カロン侯爵は陶然と言う。
「あの小さき人の魔法使い、なかなかよかったですよ。もう一度、今度は全力で闘いたいですねえ」
結局やらかしたのか、とリュ皇子はそのまま虚ろな目になった。
手元の書類は、そもそも人間の各国の被害状況や苦情などである。
確かに魔族は戦闘狂が多い。魔物にいたっては、理性などない。
だが、全てが我らのせいではないのだ。
ぺらり、と一枚の書類をめくる。
大陸各国連盟の宣戦布告紛いのそれは、
『闘神レの花見月を迎えたように、貴国におかれましては、輝かしい百花のますますご隆盛のことと存じます。最近、貴国の春爛漫のこと、色とりどりの花が領域を知らず咲き乱れ、我が国での破壊活動が目に余るものとなって参りました。何度も言わせないでほしいのですが? 何回目だ? ああ? いい加減にしねえと、こちらも堪忍袋の緒が切れると言ってるんだよ。手綱くらい取れよ。目に余るんだよ。そっちがその気なら、こっちも『大陸盟主の環』を発動して、マジ全面戦争も辞さないんだが?』
といった主旨のものである。
最後のあたり、ビキビキビキビキと、青筋が立っている幻聴が聞こえてしまい、リュ皇子は「ひえ」と変な声が出たほどだ。
しかも、一国から届いたわけではない。
聖都を擁する聖王国フェリュシオン。
魔法王国エレボス。
砂漠のトリエステ。
北方の武王国ドゥーガ。
大陸の四氏族と言われるこの四カ国を筆頭に、人間寄りの世界樹連のエルフ達からも抗議の書簡が届いている。
あとは、世界警察を気取る天空城の白竜どもから書面がきたら完璧だな……とリュ皇子の目はますます死んでいく。
そもそも全面戦争の危険を説いたとて、
『やったるぜ、ヒャッハー!』
な面々しかいない魔族では、もう最初からつんでね? もう私が何をしても終わりじゃね? と無理ゲーをやらされているとしか思えないリュ皇子。
味方など、生まれてこの方いたためしがない。
「おいっ、愚弟よっ」
バン! とドアが破壊される。手で開けられたのでも、蹴破られたのでもない。大剣によって破壊されたのである。
「カロンを勇者に差し向けたと聞くぞ! なぜ私を行かせぬ!? きゃつらなど、私が一撃で葬ってくれようほどに!」
剣鬼を母に持つ皇位継承権第四位、ドロテア皇女である。逆巻く火のような赤髪、燃え上がるルビーの瞳、己の身長よりも1・5倍はあろうという大剣をぶんぶんと玩具のように振り回している。
ちなみに、第一位と同腹であるが、皇太子は『俺より強い奴に会いに行く』といって長らく行方不明である。お前より強い奴ってマジいるの? と魔族としては弱い方の搦め手が多い幼き頃のリュ皇子の言葉は華麗にスルーされた。
あれが脳筋の筆頭だ……とはとても言えない。
「姉上……一撃で葬っては駄目です。私はあくまで、人の勇者に協力依頼を」
「ぬうん、血が騒ぐわ!」
最後まで言わせてもらえない。
「兄上のように、私より強い奴に会いに行くぞ! カロン、供をせい!」
「喜んで」
喜々としてカロンが引き受ける。さすがにリュ皇子は顔色を失った。
「喜んで引き受けるな! 姉上もおやめください!! 今微妙な時期なんですっ! ひっじょうに微妙な時期なんです! 止めて! これ以上は死ぬ! 過労で死ぬから!」
取り乱す弟に、「解せぬ」とドロテア皇女はどっかり椅子に座り、大剣を床に突き刺した。
器物破壊の得意な面々に囲まれ、もはやリュ皇子のストレス値は上がりっぱなしである。
リュ皇子、皇位継承権は淫魔族故に第十七位と低い。
しかし、魔界でもっとも働き、それこそ馬車馬のように働いて、報われぬ男である。
なお、淫魔族の特性として、性別反転容易であるが、女体である時、この姉に犯されかかって以来、死ぬ気で男性体を守り通している。
婚約者の少女もすでに姉に食われた。
もっとも魔界で不幸な皇族である。
◆◆◆
時はトンレミ村襲撃より、数日を遡る――某日、商業都市デメルテを『それ』が襲った。
「ひいいいいいいいっ」
「こちら青の門! 化け物がっ、化け物が大挙して攻めてっ、ぎゃあああああっ」
「いやああああ! たすけ、たすけぐぎゅっ」
悲鳴と怒声が満ちる。
そこはまさに地獄。
物言わぬ溶解し肥大化したオブジェたちがゆっくりとその威容を露にした時、聖国家フェリュシオンの要衝である商業都市デメルテの警報システムは一切鳴らなかった。
目視にてしかその警告を発し得ず、警備兵が気づいた時には、内臓のごとき触手にて腹を貫かれていた。
生き残った者が電子精による緊急警報を発したが、すでに時は遅く。
大挙して押し寄せた『災い』に、人々は蹂躙されるに任せた。
「ぐぎゃあっ」
「おかあさん、おかさーーーーん!」
悲鳴は絶えない。
そのさまを、上空より冷徹な目で眺めている者がいた。
深くフードを被り、その容貌は分からない。しかし、その周囲には青白い鬼火が漂う。
彼は何百年も前の人物だ。
生前は衆をもてあそび、禁術にふけり、死して後は冥界と取引して蘇った死霊王。
自らが筆頭魔術師を勤めた古王国トリエステにおいて、危険人物として暗殺されたが、蘇り次第襲撃し、王都を壊滅せしめた。
腐敗せし絢爛の魔術師などと中二病な二つ名で呼ばれ、今でもトリエステにおいては最大級の罪人、国家反逆者として恐れられる邪法の魔法使いアズール・ココである。
かつて、神々の代理戦争において、中立な冥界の使者として現世に遣わされた経歴を持つ。しかるに、見事その大役を果たして更に生者の世界にとどまることを許されたという。
今の世も冥界の目として、役目を負っているとも言われる。
カーシム・シルターンの『アルルヤード上位魔法の塔』攻略パーティにおいても、名を隠して参加していたとも一説があるが、真偽は不明。
その邪悪な性質・由来ゆえに、歴史にその名が褒め称えて残されることはほとんどない。
歴史の闇に埋もれた、故意に埋もれさせられた人物といって相違ないであろう。
「っち、『災い』どもが沸いてきおる。奴らめ、発生周期がこれまでと異なる上に大量発生とは解せぬが……どういうことか」
何がきっかけで、と思い悩む邪法の魔法使いに、
「奴らは! 俺より強いのか!」
喜々として声をかけたのは、炎のような赤い髪に、地獄の炎もかくやという赤い目をした筋骨隆々の男。人食いオーガを思わせるような容貌だ。
久しくその姿を魔界より消していたマッシモ皇太子である。
「黙れ、脳筋」
非常に冷ややかな目でアズールはマッシモを見やる。
「ぐぬう」とマッシモ皇太子は鬼のような形相で黙り込んだ。赤子が見たら火がついたように泣き出し、大の大人の男でも、失禁してへたりこむレベルの形相だが、アズールはふん、と鼻で笑う。
この戦闘狂、アズールには頭が上がらぬわけがある。
ふたりの出会いがしらは、マッシモがアズールに助けられるというそれだったのだ。
故国を出奔したマッシモは、栄養補給も忘れてひたすらに世界を彷徨い、死闘を繰り広げては、「我が覇道は止まらぬ!」と咆哮し、服を意味もなく破り、次の死地はいずこぞと突き進む内、砂漠で行き倒れた。
指一本動くこともままならぬ状態で餓死しかかっていたところを、劣等竜で飛行中のアズールに何か汚物が砂漠に倒れていると発見されたのがきっかけだ。嫌々ながら、星見もするアズールに、その宿星のために見捨てておけぬと救われたのである。
ゆえに、マッシモはこの魔法使いに逐一頭が上がらぬのだ。アズールはそのことを重々承知している。
彼は背後の鬼人を無視して手元の水晶球に目を凝らす。
「星は本来一つ。運命線がずれている……介入……異界の神? おいおい、今代の代理戦争ではないのか。何ゆえ異界の神が……星が一つ、二つ、三つ、四つ目が現れる? ぬう、やはり俺の占道では限界があるな」
そうして、彼は呟いた。
やはり、聖都。何かある、と。
「しかし、どこに警告したものか。ふとっちょ泣き虫サントス(伝説の大教皇)はもう死んだし、トリエステの美しき王女ももはや過去に身罷られた。話の分かる輩と言うのはなかなかおらんものだ。このままでは魔族と人間のドキドキわくわく大戦争だ。そこ、本当にドキドキわくわくした顔は止めろ」
凄惨な大戦争を妄想して、涎を垂らしそうになっていたマッシモ皇太子は、はっと目を瞬かせた。
「よいではないか。外法の者よ。これも神々の間引きではないか。何、我ら魔族は猛者揃いよ。人間など根絶やしにしてくれる」
「脳筋は死ね」
アズールは絶対零度の視線を突き刺す。
「このままでは冥界から苦情が殺到するわ」
彼は想像するだけでうんざりした。彼はいわば、冥界と現世の中間管理職のようなものである。冥府の御方から、無理難題を言われて奔走する羽目になるのは自分なのだ。
アズールは今一度、手元の水晶球に手をかざした。
生じる揺らぎの糸を観測し、読み取る。
「――運命線が本来の形にない。歪んでおる。歪められておる」
「ふむ?」
「『災い』はその一端よ」
きっぱりと、この死霊と邪法に通じた魔法使いは告げた。
「歪んだものは元に戻さねばならん。人と魔が協力してな。さて、不甲斐ない我が弟子も奮闘しておるが、あれは元々魔法を使うのに向いておらん。今頃どうしておるか」
◆◆◆
電子精。
精霊の一種。
番の電子精を使って、固定器による遠距離通話が可能である。
商業都市デメルテ青の門の緊急用の電子精の番は、聖都フェリシオネにつながっている。
緊急コードは直ちにフェリュシオン聖王の下に知らされ、今は円卓会議が開かれていた。
「なんということだ……!」
第一王子アーサー・フェリュシオンの沈痛な言葉に、面々は恐るべき報告を受けとって以来、痛いほど満ちていた沈黙の呪縛を解かれた。
デメルテは商業都市ではあるが、その要塞は類を見ない。また、各種冒険者ギルドがあり、この町を拠点とする冒険者の数も少なくない。
しかし、不意打ちとはいえ、彼らをして一切の抵抗ままならぬまま蹂躙されたと。
にわかには信じがたいが、電子精の音声からは、死に臨んだ人間の絶叫、悲鳴が聞こえてくる。それを耳にして、嘘であると断じることはできなかった。
「魔族め、もはや我慢なりません!!」
戦姫の名も名高いアーサーの妹であるクリスティナ王女が怒声とともに、円卓に拳を叩きつける。
「今こそ、『大陸間盟主の環』を発動する時!! こうなっては全面戦争するしかありませんわ!」
ここにリュ皇子がいたら、「ああ、脳筋どもの仲間ですね。よく分かります」と目から光を消して呟いたであろう。
「待て」
威風堂々たるその声の主は、聖王ブルーノー五世である。二人の父親でもあった。
「『大陸間盟主の環』には、それぞれ各国の同意が必要。古の血判契約書に各国代表者の署名が必要となる。あるいは、亜人や白き竜の方々の協力も仰がねばならぬかもしれん」
「しかしっ! 各国が協力体勢に同意するでしょうか? 今のところ、他国への被害状況も報告されていますが、一都市が壊滅など被害甚大なのは我が国だけ……」
更には、利害関係が絡む。
誰を使者に立てるのか。
「その役目、私に任せてもらえませんか?」
進み出たのは、小柄な黒髪の少女。人とは思えぬほどに『美しい』。まるで人が『美しく』『儚く』と形容した時、それは彼女のような形になるであろうと思わされるほどに人外の美貌である。
その背後に、同じく黒い髪色をした少年も控える。
おお、とその場に明るい空気が満ちた。
「聖女殿。貴女が……」
しかし、アーサーだけは悲痛な表情を覗かせる。
「ミチル。貴女にそんなことはさせられない」
少女のか細く折れそうな手を握り込むアーサーに、彼女――ミチルは、ゆっくりと首を横にふった。
「いいえ。私なら中立ですもの。行きます。ううん、行かせて」
しかし、としぶるアーサーに、
「いいじゃん。俺がミチルを絶対守るよ。あんたは心配すんなって」
背後から礼儀? それなにおいしいの? とばかり、茶化すような自身に満ちた野次を飛ばしたのは、もう一人の少年。
「タクマ。君は楽観視しすぎる。ミチルは戦ったこともないのだぞ!」
「あら、お兄様。だったら私がついていきますわ!」
名乗りを上げるクリスティナ王女。
「クリスッ」
アーサーは眉根を寄せて妹姫をたしなめようとしたが、
「よい。聖女殿のお言葉に甘えよう」
ブルーノー五世の鶴の一声で押し黙ざるを得なかった。
「大丈夫よ、アーサー」
ミチルは王子の手を華奢な手で包み込み、にこっと笑う。
「大丈夫。皆は私が守るから。皆、救ってみせる」
そう、彼女はつけ加えて。