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昔苛めていた幼馴染が勇者になって帰ってきたんだが 三人称  作者: ワシワシ/三月ふゆ


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 トンレミ村の夜はしんしんと深まろうとしていた。

 魔法使いのスズキと村の男たちが対立し、長老が仲裁した後である。

 村人たちが解散すると、アリアも含めた勇者一行は、村長宅で一泊することとなった。

「じゃあ、おやすみ」

 各自村長宅の寝室へと案内され、仲間に向かってナチュラルに就寝の挨拶をかまそうとするユーリーに、

「待て」

 アリアは服の裾を引っ張って止めた。きょとんとした風情のユーリーに、こちらも目が据わってくる。

「何を当然のように、人と同じ寝室に入ろうとしている。お前はあっち、聖騎士殿と同じ部屋だ」

「――そんな……」

 何を思いもかけぬことを言われたとばかり、絶望に染まるユーリーの顔。

 こいつ、本当に殴ってもいいか? とアリアはうっすら思ってしまう。返り討ちにあうのは自分の方だな、とすぐに考え直したが、一体ユーリーはどうしてしまったのか。昔から粘着質なところはあったが、こういう勘違いなことはしなかったような……気がする。いや、気のせいかもしれない。分からなかった。

 ユーリーがどういうやつか、などアリアにはさっぱり分からない。分からないことだけが、分かっている。

 納得のいかなさそうな煩悶の表情を浮かべるユーリーに、聖騎士ゴンザレスが人差し指を振る。

「そうよう、リーダー。未婚の男女が野宿でもないのに、寝室を一緒にするのはハレンチなことよ。こういうことは、きちんと手順を踏まなくっちゃ!」

 そこまで言って、ゴンザレスはアリアにも優しく言い聞かせるように告げた。

「あと、アリアさん? あたしが言うのもなんではあるんだけれど、あたしたち、場合によってはその……非常時には、一部屋にぎゅうぎゅうづめとか、野宿もあるから、ついそういう日常の感覚忘れちゃうのよね。ほんと、その感覚で言われたら、びっくりしちゃうわよねえ。あと、今夜は敵襲もあったし」

 それ以上は言わなかったが、アリアもさすがに悟らされる。

 言外に、まだ非常時下であると認識していること。そして、ユーリーが心配して番犬をしようとしている旨だ。

 アリアが理解したのを察したのだろう。下まつげの印象も深いウィンクをもらってしまう。

(あー……)

 結局、ユーリーの『心配性』に助けられた形ではあるのだ。

 いや、それとこれとは別だろう、という気持ちもあるが、恩は恩である。とりあえず相殺で手打ちするかとアリアは矛をおさめた。

 アリアが折り合いをつけている間、ユーリーは聖騎士殿の言葉に何か感じ入るところがあったのか、無表情に「……手順」と反芻した。

 ――怖い。

 アリアは若干どころか、ドン引いてユーリーと心の距離ならぬ現実の距離を広げた。

 やはり、ユーリーの情緒が、出奔する前よりおかしくなっているような気がする。ゴンザレスはそれを見て、思うところがあったらしい。

「でも……」

 と恥らうように彼は、身体をかき抱く。

「あたしも、心は乙女……リーダーと同じ寝室だなんて、本当はハレンチよね。きゃっ」

 ユーリーはにじり寄る動きを止め、無言で廊下の暗がりへときびすを返した。

「すみません」 

 アリアは、ゴンザレスがユーリーの言い訳をした代わりに、こうやって譲ってくれたのを感じた。泥をかぶってもらった形だ。しかし、再度ウィンクと、オーケーの指サインをもらって、アリアは苦笑する。自分は年を重ねたところで、この境地になれるものだろうか。 

「おい」

 ゴンザレスの影響を受けたものか。アリアは、ユーリーの背に声をかけた。

 ぱっと振り返るその頭に犬耳と臀部(でんぶ)にぶぶぶぶぶと高速で振れる尻尾が見えた気がしたが、おそらく目が悪くなったか、幻想だ。こちらがいたたまれないから、切実に止めて欲しいと思う。

(つまり……吊り合ってないんだ、色々と)

 アリアは一呼吸して、一気に吐き出した。

「今日は私の大事な幼馴染を助けてくれてありがとう」

 ぽかん、と廊下の暗がりにも印象的な青い目を見開くユーリーに、アリアの顔面に血が昇る。慣れない台詞に、動機とめまいがしてきた。

 それでも羞恥心に勢い蓋をして、半ば早口に続けた。

「それと、化け物に向かってこいなんて無責任にけしかけてすまなかったな」

 頭を下げ、顔を上げた時、ユーリーの目を見る。

「忘れないでくれ。お前も、私の大切な幼馴染だ」

 恥ずかしさで死にそうだった。

 偉そうな台詞だが、今更口調も変えられない。

(言わないと、伝わりはしない。言えるうちに言っとかないと、な……)

 そうは思うが、

(あー、駄目だ、震えて来た。消えたい)

 内心七転八倒してしまう。

 しかし、もっと恥ずかしいことを知っている。もっと苦しいことを知っている。

 素直に感謝できないこと。

 素直に謝れないこと。

 そして、大切な人に、大切な言葉を言えずに、二度と言う機会もなくしてしまうこと。

 どれだけ後悔しても、もう二度と、伝えることができない。いつでも言葉を伝えられるなんて、それはただの傲慢だ。いつその機会が奪われるのか、誰にも分からない。自分だけは関係ないなどありえない。もう今日と同じ明日が来ないなど、信じられないのに、それは嘘みたいな現実(ほんとう)だ。

 伝えたいのに二度と伝えられない。

 その苦しみは、羞恥心など遥かに凌駕して、なお続いていくのだ。

 ユーリーへの感謝は、言葉額面通りに綺麗なものじゃなかった。

 後悔と代償行為。

 だが、ユーリーは闇の中、不意に笑み崩れた。

 こちらがぎょっとするほどに、鮮やかな笑みだった。

 思わず、肩がびくっとしてしまう。

 何かとんでもないリアクションを起こすかと身構えたアリアに、ユーリーは静かに「おやすみ」とだけ言って寝室に消えた。

 沈黙がその場を満たし、緊張に強張っていた肩からじわりと力が抜け行くと同時に、

「っきゃああああああああああ!」

 ゴンザレスの器用にも黄色く野太い悲鳴が上がる。時刻が時刻のため、小さな悲鳴であったが、興奮が如実に表れてており、音量を超えて、現実のダメージ倍増となる悲鳴であった。

 アリアは完全に硬直していた。驚く前に、ゴンザレスが騒ぐ形になって、どう感情を逃がしたらいいのか分からなくなっていた。

 ゴンザレスは身を捩りまくって、

「すてきっ、はあん! 貴女はヒーローなのねっ、聞いていたとおりなのよ! 応援してるわっ、ぐ!」

 こちらに親指を突き立ると、乙女走りで同じく寝室に消える彼を、アリアは死んだ魚の目で見送った。

 騒々しい彼が去り、ほんの一瞬、アリアは自分の爪先に視線を落とした。

 贅沢に明かりを灯せる現代と違って、夜は本当の夜だ。ひたひたと寄せる闇の中に、何もかも飲み込まれてしまいそうだ。

 でも、自分の足元だけは見失わぬように。

 目の前のことだけでいっぱいだ。

(ユーリーは……私の手には余る)

 寒気に似たそれが背筋を走った。

(そういえば、心的疲労のあまり、聖騎士殿へきちんと礼が言えていなかったな。まあ、明日でいいか。改めてきちんと筋は通そう。もう私のライフはゼロだ)

「では、我々もそろそろ寝室へ行きましょう」

 スズキのスルースキルはかなりのものがあるようだ。完全に他人事で、けはいを消していた。あの二人と旅をしているのだから、当然なのかもしれない。

 自我境界は大事である。

 客室には、簡素なベッドが二つ。それぞれ腰をかけ、そうしてようやく。

「スズキさん。いえ、鈴木さん。話を聞かせてほしい」

 そう、ようやくアリアは切り出したのだった。



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