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昔苛めていた幼馴染が勇者になって帰ってきたんだが 三人称  作者: ワシワシ/三月ふゆ


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 トンレミ村を触手の化け物が襲撃し、勇者一行がそれを撃退した後。

 立役者である魔法使いの少女は、ぼろぼろの杖をつきながら、まっすぐにアリアを見た。

「私の名前はスズキ・ショーコ。字は、鈴に樹木の木。水晶の子と書きます。以前は日本人でした」

 下から睨み上げるような三白眼の魔法使いの少女の言葉に、アリアの頭は完全に思考停止していた。

 日本人。

 この不明瞭なファンタジー世界では、異常な響きを持つ言葉だ。

 アリアの脳内で撒き散らされる単語ではなく、目の前の魔法使いの少女の口からその響きを聞かされたことによって、より異常性が際立つ。

 魔法使いなど、まさにファンタジーの象徴。

 その象徴が口にした、現実的な、そしてこの世界では非現実的どころか存在さえ誰も知らぬその言葉。

 呆然とし、手指から感覚が失われていく。

 震えるアリアの唇が、「き、君は」そうもつれる舌で尋ねようとした時、

「おーい、何があったあああああああああ!」

「無事かっ?」

 さすがにこの騒ぎだ。夜半とはいえ村人たちは起き出し、恐る恐る戸外に出てきていた。男衆は手に鍬や鋤といった農具を武器代わりに構えている。カンテラの光が、ちらちらとこちらにやって来るのが見えた。

 魔法使いの少女、スズキは深く嘆息した。

「またの機会にしましょう。後始末が必要です」

「待っ――」

 無様に転げるようにしてすがりかけたアリアに、彼女は背を向け、肩越しに平淡な一瞥を寄越した。

「逃げも隠れもしませんよ。もっと落ち着いた場所で話した方がいい。一言ですむ話じゃありません」

 確かに。確かにそうではある。だがアリアは、その一瞬も待てない。ようやく。そう思い、涙腺が熱くなる。ようやく同胞に会えた。この世界に、日本人――地球人は、アリア一人だと思っていた。もしかすると、全ては自分の妄想ではないのか、とさえ思ったこともあった。

 それがようやく。ようやく!

 幻想ではない。

 妄想でもない。

 全ては、存在した。

 お父さん。お母さん。お兄ちゃん。雪江。皆存在した。

 彼らは、いたのだ。ちゃんといた。

 そして――奪われた。

 どくり、と心臓が嫌な音をたてる。

 呼吸が乱れ、手の平を結んだり開いたり足元がおぼつかなくなった時、

「何があった?」

 カンテラを手にした男衆たちが、現場に合流した。皆、居心地が悪そうに、表情を緊張させている。農具が鈍い光を放っており、一触即発の空気が嫌でも張り詰めた。顔色を変え、この惨状を詰問する調子の彼らに、スズキが、

「まずはどこか会合できるような建物は?」

 と冷静に尋ねた。

 アリアはタイミングを失い、また同じく勢いを奪われた男達の一人が、まごつくように口を開いた。

「あ、ああ。村長の家がいいんじゃないかね」

「では移動しましょう。全員入れないなら、代表者だけでお願いします」

「お、おう」

 気おされ、男衆たちは頷く。

 ふらふらとスズキが歩くのに、アリアは「その、身体は大丈夫なのか」と間抜けな声をかけた。

 彼女は、ちら、とこちらを振り返って、

「慣れています」

 一言だった。

(慣れていますとは、どういうことだ)

 慣れるものじゃないだろう、そういうのは。

 アリアは、魔法使いのそっけなさに、愕然とした。どう見ても満身創痍だ。それを、当たり前とする彼女自身への冷淡な態度に、アリアは言葉を失った。

 戸惑うというより、喉元まで何かつっかえるようなそれに、アリアが言葉を選びかねていると、

「大丈夫、あたしの乙女の祈りで処置済みよっ」

 聖騎士が声をかけてくれたが、そうだな、と思い、そうじゃないだろうと何かを飲み込んだ。

 彼らはプロフェッショナルだ。きっと、当たり前のことで、アリアが口を出すことではない。

 しかし、治っても、痛みは治らない。痛いと思った事実は消えないだろう。

 同時に、それを傍観者である立場の自分が言って、何の意味がある?

 彼らはこれからも、仕事をしなければならないのに。

 それでも、好き好んで化け物と戦い、痛みを受け入れる同郷人は、決して多くはないだろう。アリアなら、絶対にごめんだ。仕事の選択は、他にも探せばある。わざわざ、このような過酷なものを選ぶ必要性はない。

 スズキはなぜ、このような苦しい道を選択しているのだろう。本来、彼女には適性がないと聞いた。つまり、相当な無理をしてでも、自分をそこに押し上げているのだ。

 ――戦うために。

 アリアには、「それができてしまう」ほどの動機も、道義も、分からなかった。

「こっちだ」

 先導の村人が案内し、その次をスズキが追う。更に、警戒した男衆たちが、カルガモのように小さな少女の背中に着いて行く。

 一同は揃って移動することとなり、なぜかアリアもユーリーに手を引かれて村長の家へ向かうこととなった。

 頭がいっぱいで、そしてどうしようもなくもどかしくて、アリアはユーリーの手を強く握り返した。



「どういうことなんだっ? この村はずっと平和だった。それが、あんたらが来たとたん、この騒ぎだっ」

 口火を切ったのは、村の急先鋒の鳥頭だ。次々に追随する声も上がる。

「あんな化け物みたことがない! あんたらが連れてきたのかね?」

「昼間の爆音や家屋の崩壊もどう説明をつける?」

「一日のうちに何度もこんなことがあるなんて、考えられねえ!」

「どういうことか説明しろ!」

 口々に責任の所在を求めて怒声や罵声を上げる男達の姿は、アリアに正気の冷や水をかけた。

 最悪の空気に、一瞬互いを牽制するような雰囲気となった時、スズキが無言ですっくと立ち上がり、

「うるさいですね」

 空気が凍り付く。

 思わずアリアは青ざめて、ついでにつないでいたユーリーの手を振り払った。

「あっ」

 残念そうな声を漏らされ、アリアは空気を読む気がない人間二号に、こいつら間違いなく仲間だな、と思った。

「出て行けっ」

 一人が叫んだ途端、多くが同意して同じように叫ぶ。

「疫病神め!」

「何が勇者だ!」

 黙って罵声を受け止めていたスズキは、小柄な身体で、周囲を睥睨した。

 精神的に見下ろされていると感じたのか、何人かが顔面に血を上らせる。

 だが、彼女は鼻で笑った。

「ふん。いいでしょう。今すぐにでも出ていって差し上げます。リーダーも異存はないですよね?」

 話をふられて、隣に立つユーリーは透明な笑みで頷いた。

「ああ、問題ないよ。あーちゃんを迎えに来ただけだし」

 聞いていない。

 迎えにこなくていい。

 村を出ることにはなったが、お前らにはついて行かんぞ。

 アリアは顔面を引きつらせながら、内心全てノーを出していた。

(村人たちからの視線が痛い痛い。なんだこれは針の筵というやつか。止めてくれ)

 完全に、アウェイの空気である。

「ゴンザレスもいいですね?」

「んんん~、いいけれど……」

 小指を立てたまま口元に手を当てて、微妙に言葉を濁す聖騎士を、アリアは不思議な思いで見上げた。

「というわけで、我々は出て行きます。即刻に。ええ」

 スズキがまとめると、その場にほっと安堵するけはいが満ちる。

 いかにも、疫病神を追っ払えた、という雰囲気だ。

「あ、そうだ。一つ言い忘れていました」

 スズキがいかにも「今思い出した」とばかり、わざとらしくつけ加えた。

「昼間はともかく、夜の化け物はですね。ここに来ることが分かっていたので、我々はそれを追ってきたんですよ」

 え、とその場の空気が凍る。

「ああ、ちなみにあの化け物は一体だけじゃありません。この村が奴らの通り道になってしまったみたいで、今後もたくさん来るでしょうね」

 凍った空気にびしり、とひびが走る。

「でも、我々は去ります。あとは皆さんの問題なので」

 そう言いおいて、スズキはあごでしゃくってパーティメンバーを促した。

「ちょ、待ってくれ!」

 一人が椅子を蹴って立ち上がった。

「む、無責任じゃないかね?」

「そうだそうだっ」

「勇者なら、我々を守るのが義務だろう!」

 先ほどと手のひらを返し、逆に責め立てる彼らを見ていると、アリアは視線をそらしたくなった。

「はあ?」

 スズキは思い切り語尾を上げて、彼らを振り返る。

「出て行けといったり、守れといったり、ずいぶん勝手な人たちですねえ。私たちも暇じゃあないんですよ。他にやることは山ほどありますし、優先順位でいうと、そうですね。あなたたち、最底辺です」

 最底辺、との言葉に、男達は顔を真っ赤にして怒鳴った。

「なんてことを言うんだ!」

「さっきまで、中位くらいだったんですよ? だから私達は来ました。でも、あそこまで暴言を吐かれて、なぜ自分の命を張ってまであなた方を守らないといけないんですかね? 私たちも身体は一つなので、どうせ守るなら、他の村を守ります。さっきの言動で優先順位が最底辺に落ちたんです。こういうの自業自得というんですよね。自分たちでなんとかしてください」

 気持ちがいいほど白黒はっきりライン引かれ、男たちは怒るのも忘れて、唖然としている。

(……気持ち分からなくもないが……)

 彼らのやり方が、通用しない相手なのだと、ようよう男たちは悟り、青ざめ始めていた。これまでは、村の内なら、弱い者に怒声を上げ、不機嫌を演出すれば、たいてい相手側が遠慮し、折れてくれたのだ。スズキは、見た目だけは、小さい女の子である。男衆たちは、いつものやり方で通用すると無意識にタカを括ったのだろう。

 こう着状態に陥った場に、「まあまあ」とのんびりした声が仲裁に入る。

「すみませんのお、勇者ご一行さま。村の若いもんは血の気が多くていかん。どれ、皆ちっと口を閉じて反省せんかい」

 よぼよぼと曲がった腰で前に出て来たのは、村のご意見番の長老であった。今の村長は気が弱く、今回のような場面では不得手だが、この長老はなかなかの曲者である。

「魔法使いさまも。あんまり意地悪せんでくだされ。見てのとおり、若い衆は頭に血が上りやすくてのお。どれ、どれ。昼間すでに手を打ってくださったと聞いておりますぞい」

「……仕上げは明日の朝のつもりでした」

 どういうことだ。

 スズキは、あからさまに、「っち」と舌打ちした。

(おいおい)

 アリアは変な汗が出る。

 自分も村ではたいがい、「口の利き方がなっていない」扱いだが、スズキのそれは、はるかに上回る。理不尽な要求をされた時に、「受け入れない」ことが、どれほど生意気にうつり、疎外されるか。機嫌を取らない選択は、コミュニティ内での不利益と酷く癒着している。だが、スズキは、みじんもそのことを恐れていないのだ。

(ああ、そうか)

 そういう風に、スズキは生きてきたのか。

 アリアはふと、彼女の「道理」を少し垣間見た気がした。

 スズキが説明する気などまったくないと見て、聖騎士が「あたしから説明するわねん」と口を開く。男達が何人か、ぎょっとしたようだった。あからさまに、物笑いの視線を向ける者もいる。アリアも、人のことは笑えない。男たちだけではなく、アリアの中にもあったものだ。

 人はすぐに、外装だけで、簡単に「普通」と「普通でない」ものを差別する。自分を「普通」だと強固に思い込むことは、それ以外を、「普通でない」とすることだ。男たちにとって、アリアも、スズキも、聖騎士ゴンザレスも、「普通でない」。自分たちが「普通」の基準だからだ。そこから外れるアリアたちは、ただそこに自分としてあるだけで、嘲笑と冷笑していい最底辺の対象になる。

 アリアは、色んなものを仕方ない、としながら、結局迎合しきれず、逆らってきた。あきらめたくなかったからだ。

 自分を。

 自分自身を。

 でも、きっと、もう折れかけていたのだな、とスズキを見ていて、苦笑する。

 とんでもない奴が、やって来たものだ。

 なお、リーダーであるユーリーは、まったく説明する気など皆無である。ゴンザレスが、パーティーメンバーに代って村人たちに説明を始めた。

「この村にもともとあった魔法のシステムを一部破壊して、内容の書き換えを行ったのよ。これが完成すれば、化け物、あたしたちは『災い』と呼んでいるんだけれど、奴らはこの村を素通りしてくれるようになるはずだったの」

(それ……は、まさか)

 アリアが、思い当たる節に表情を変えると、スズキは前を向いたまま、また舌打ちした。村人たちに、懇切丁寧に優しく説明してやること自体、業腹らしい。アリアはやはり、内心苦笑するよりなかった。

「誤解のないように言っておきますが、無料(ただ)じゃありませんよ。料金はいただきます。そのことで、村長には話を通してあります」

 それで長老が知っていたのか、とアリアは納得する。

 あの気の弱い村長のことだ。すっ飛んでいって、相談したに違いない。

「お、おいっ! 金をとるのか!?」

 まだ批判の声を上げる男衆に、アリアは絶句した。

(何度もいうが、空気を読んでくれ……)

 喧嘩を売って何になるというのだ。

「あなた馬鹿なんですか?」

 スズキは冷ややかに言った。

「なっ」

「慈善事業に命をかけるほどこちとら安くないんですよ。正当な報酬は冒険者なら誰でもその権利を認められているところです。あなたがどうしても主張を通すなら、あなたの全財産、孤児院にでも寄付してきたらどうなんですか? 必要とするところに必要なものを持っている人が自分の身も省みず、全てを捧げろとあなたの主張はそういうことですよ。ほら、まずは自分からやってみせてくださいよ。なんなら村を守るために化け物に向かってこい!!」

 最後は臓腑の震えるような罵声だった。

 誰もが気おされ、黙り込む。

「ふぉふぉふぉ。魔法使い殿の言われることももっともじゃわい」

 しん、と水を打ったように静まりかえる中、長老の癖のある笑い声が響く。

「しかしそうはいうても、ワシ等が化け物相手に立ち向かったところで、単なる無駄死にじゃ。だから、ワシ等はワシ等のできることをそれぞれがなすしかない。ワシ等にできることは何かね? 剣を持つことかね? 徒手で立ち向かうことかね? 違うのう。できることといったら、命をかけて戦ってくださる方に、せめて同等に値するかも分からんが、報酬を差し上げることじゃないのかね? 皆が己にできることを、ちょっとずつ負担することは、そんなに嫌なことかね? ワシ等はまた稼げばいいが、勇者さんたちは、死んだらそれまでじゃ。そんな彼らにせめて報酬を支払うことは、どうしても嫌なことかね? どうかね、皆」

 長老の言葉は、みなの胸に染み渡ったらしい。

 誰も反対する声はなかった。

「よしよし、そういうことですじゃ。勇者ご一行さま。今夜はうちに泊まっていってくだされ。明日の仕上げ方、よろしく頼みますぞい」

 うまくまとめた長老、さすがである。

 男衆は解散し、寝室に案内されるにあたって、

「計画通り」

 という少女の独り言が聞こえたのは気のせいだと思う。

 そう思いたい。



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